第三十七話:戦いは終わり、宴が始まる
「勝った! 勝ったぞー! 我らが≪グレイシア≫は、百のモンスターに襲い掛かられてもビクともしない偉大なる城塞都市!」
「勇猛果敢にモンスターと戦った勇者たちに! 我らが街を守り抜いた狩人たちに!」
「そして我らが偉大なる若き領主様が≪怪物狩り≫の名を捨てて、遂には≪龍狩り≫のアルマンになられたことを祝して!」
「「「乾杯ー!!」」」
街を襲った災厄を打ち破って三日が経ち、緊急事態宣言がようやく解除され、≪グレイシア≫は改めて今回の勝利を祝して祭りを催すことになった。
まあ、小規模の宴自体は勝手にやってたようだが慰安を込めて……ということだ。
「おい、あれは何回目の乾杯だ? 既に何度か見たような気がするんだが……」
「タダ酒ほど嬉しいものは無いからなぁ……そりゃ、嬉しくなって何回だって乾杯ぐらいはするものさ」
「単に酔っ払い過ぎて記憶を失ってるだけじゃないか? 変な騒ぎを起こしたらそいつらにだけは酒代を請求するからな」
「へへへ、伝えておくよ。なに、何か問題をおこしたら俺様が直々に逆さ吊りにしてやるさ」
「本当に頼むからな、ガノンド。狩人の連中は荒くれ者が多い……折角、街を守った英雄になったのに喧嘩騒ぎでもしてこの祝宴で水を差されるのは勘弁だ」
「へいへい。それにしても英雄ねぇ……?」
ガノンドがニヤニヤとこちらを見つめる眼に嫌なものを感じて俺は口を尖らせた。
「……なんだよ」
「いえいえ、なんでも御座いませんよ? 我らが領主にして、偉大なる≪龍狩り≫のアルマン様」
「ぐっ、お前なぁ」
付き合いが長く、そう言ったことを苦手としていることを承知の上で揶揄ってくるガノンドに、俺は眼つきを鋭くするも相手はどこ吹く風だ。
「それにしても、全く剛毅なことをするもんだよなぁ」
「……はぁ。色々と狩人たちには無理をさせたし、市民たちにも不安をさせた。こういうのは必要かと思ってな」
祭り、という名のただの肉や酒などを振る舞ってのどんちゃん騒ぎだが、今回の酒や肉などの代金は全部ロルツィング家が持つことになっていた。
正直、勢いで言い過ぎた分もあるが今回の一件では大変な苦労を掛けたわけで、俺には領主としてその働きには報いる義務があるだろう。
ちょっと街の財布的にはキツイものがあるが、下手をすると滅んでいたことを考えれば出すべきところだと俺は考えたのだ。
「それに≪
――そう、つまりはこの宴は太っ腹に金を使ったように見えて、本当のところは控えている特需から目を逸らすことにあるのだ! 愚かな狩人や市民共はそんなことも知らずに俺に感謝の言葉をかけて……だが、開き直った俺は悪徳貴族、そんなことでは精神ダメージは受けない。
「ふっ、俺も悪になったものだ……。今回の戦いに参加した狩人の一時金はどのくらいがいいと思う?」
「……いや、お前がそれでいいならいいんだけどよ」
なんか変な方向に目覚めたな、とガノンドは呟いた。
俺はその様子に首を傾げたが、たぶんどのくらいの割合にするか頭を悩ませているのだろうと理解することにした。
公平感というのは大事だが、塩梅としては難しいからな。
とはいえ、狩人の一義的な所管はギルドなので投げる気満々だが。
「……城壁での方は酷い戦いだったらしいな」
「重軽傷者多数も前線を張っていた金級狩人の死者は七人で済んだ。お前さんのお陰さ」
「七人で……か」
「貴重な金級の狩人であるのは違いないが、あの状況で死者が一桁で済んだのは奇跡だぜ」
命の重さが前世とは違う。
そういうのをこんなふとした会話で感じる。
いや、俺自身もその報告を聞いて損害は軽微だと考えたあたり、この世界の住人になって来ているのだと思う。
「あー、あまり気にするなよ?」
明後日の方向を見つつ、そんなことを言ってくるガノンドに対して俺は少しだけ隠すように笑みを浮かべた。
案外、俺という存在は思った以上に見られていたらしいというのが最近わかってきた。
それだけこれまでは自分のことだけに精一杯で余裕が無かったということだろうか。
――レメディオスやゴースらにも……俺って、前世も含めれば十分大人なはずなんだけどなぁ。
本当に参る話だ。
俺は嘆息しながら答えた。
「問題ないさ。軽んじるわけじゃないし、重く受け止めるけど……それでも背負っていくさ。俺は領主なんだから」
「ふん……そうかい。それなら、まあいいさ」
若干、照れくさそうにボリボリと頭を掻き気を取り直すようにガノンドは話を続けた。
「まあ、なんだ。負傷者の治療も大体終わったし、壊された城壁の修復も……まあ、順調ではある。森の方も静かだし、間に合いはするだろう。しばらくは狩人たちも骨を休めることになる。そういう意味でも今日はちょうどいい祝宴になるな」
「森……か」
「気になるか?」
「まあ、ね。≪
とはいうものの、実際は相当の生態系の変化が起こる事を俺は知っていた。
何せゲームでもそうだったのだ。
中盤のボスとしての災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫を倒すことによってストーリーが進行し、≪
その事を考えて今の≪グレイシア≫はしばらくの禁猟期間を置いていた。
とはいえ、ギルドとも相談した結果で別に俺がごり押ししたわけではない。
ギルドとしてもそして現場に出ている狩人たちからしても、大型モンスターの大量死によって今までのパワーバランスが崩壊しているであろう今の森には不安があるのだろう。
「かつてないほどに一度にモンスターが死んでしまったからな。モンスター同士の勢力図が崩れ、深層からや他所の地域からもモンスターが流れてくるかもしれない」
「≪ゼドラム大森林≫以外から……ってことか」
「パワーバランスが崩れればそれを機に流入してくる奴らもいるだろうさ。どの程度の規模になるかは……わからないけど」
一応、ゲームのストーリーで出て来たモンスターについてはちゃんと覚えている。
だが、所詮はゲームだ。
「なるほどなぁ。依然として森はまだモンスターの魔境ってことか。いや、ある意味ではこれまでの常識が通用しなくなるかもしれないことを考えると、魔境具合は増したとも言える」
それは知識でしかない。
この世界は『Hunters Story』の世界にとても似ていて、入り交じった世界ではあるのだろう。
だが、それそのものではない。
確固たる一つの世界として生き続けている。
前世での知識なんてものは参考程度に留めておくのがいいのだろう。
『Hunters Story』の世界ではこうだったから……なんてのは結局逃げているだけだったのだ。
いつまでもそんなことのままじゃいられない。
「だが、まあ、何とかなるだろう。何かあればその時はその時で対処していけばいい。なに、偉大なるアルマン様がおられるのだから何とかなるだろう」
「言っておくがその時は存分に働かせるからな? ギルドマスター殿」
「おお、怖い怖い。というか結構、無茶振りされてる気がするんだがなぁ……俺」
「俺だけ大変なんて許さない。お前も道連れだ」
「ははっ、言うようになったな。まっ、なんだ。今日は目出度い祭りの日だ、気が滅入る話はこれまでにしよう。主役がこんな端の方に居ないでさっさと中央に向かったらどうだ?」
「いやぁ、どうにも目立つは苦手で……ガノンドの側に居れば絡まれないかなって」
「ちょっと見直したと思ったらすぐコレだ。おら、アンネリーゼも探していたぞ。さっさと迎えに行け!」
そう言うとガノンドは俺の背中にバシッと掌を叩きつけ、そして追い出すように押し出していった。
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