第三十六話:いつも通りのやり取り、その幸福
雨粒が顔を濡らす。
泥塗れになった全身から力を抜き、大地にぐったりと寝そべりながら俺は息をゆっくりと吐いた。
「……あー、死ぬかと思った」
心底。
心の奥底から万感の思いを乗せて思いを吐露した。
――いやー、本当にスキル効果を積み重ねて≪
爆音と爆風と共に自身の身体が浮いた瞬間、俺は本当に走馬灯が見えた気がした。
何せ≪餓狼≫スキルの最大補正を得るためにHPを1まで自ら削ったのだ、普通に死にかけててそのまま地面に叩きつけられてでもしてたら死んでいた可能性が非常に高かった。
ここまでカッコ良く決めて、最後に自爆は勘弁して欲しいと必死で地面に着地するまでの間に、手を懐に突っ込んで≪
ある意味では≪ドグラ・マゴラ≫に突っ込む時より、必死だったかもしれない。
「あー、しんどー……≪
とりあえず、自分の攻撃で吹き飛んで地面にも叩きつけられて死ぬという大変不名誉な結末を脱し、改めて無事な≪
基本的にビビりで臆病な俺は当然回復アイテムについても妥協なんてしていない、通常の≪
「ぶっちゃけ、一番こっちの世界でクソなのはアイテムポーチないことだよなー。なんだよ≪
舐めてよし、飲んで良し、直接傷口にぶっかけても良しの何でも回復アイテムで、前世のこと考えれば魔法のような薬にそれ以上を求めるのは酷な気もするが、追及を続けないと死ぬ世界なので作らせたのだ。
濃縮することで薬効はそのままに全体量の削減に成功、濃縮瓶は元来の≪
つまりは濃縮瓶ならばこれまでの三倍の数を所持して狩猟に出かけることが出来るのだ。
――まあ、濃縮瓶の価格は通常の≪
因みに俺が今使用したのは≪
「金にあかせた高級アイテムを自分の安全のためだけにこっそりと持っている。これは悪徳貴族ムーヴというやつなのかもしれないな……」
うんうんっと頷きながら、俺には悪党の才能があったのかもしれないなと見つめ直す。
色々な意味で吹っ切れたような気分だ。
これまでの考え方が変わるぐらいの濃密な死線を掻い潜った自負が俺には有った。
「……よく勝てたもんだ」
身体を僅かに動かし俺はさっきまで居た場所に眼をやった。
そこには爆発の衝撃で手放し地面に突き刺さった≪黒棺≫とその横には頭部があったであろう部分が吹き飛んだ巨大な生物の死骸があった。
災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫。
そうかつてこの世界で呼ばれた一体の≪龍種≫、そのなれの果ての姿であった。
頭部を吹き飛ばされてなお威圧を放つ存在感。
だが、流石に生物の括りの中に入るというべきか動き出すことはなく、泥に塗れ、ただ雨に晒されている。
「やり遂げたん……だな」
達成感があった。
やり遂げたのだという実感があった。
それは確かに俺がこの世界で……アルマン・ロルツィングとしてこれからを生きていける糧になるだろう、そう思えた。
これは始まり。
アルマン・ロルツィングという男がようやく歩き出すための、
その始まり。
さて。
そんな始まりを迎え、差し当たりこれからどうするかと頭を巡らせて俺は一つの結論に達した。
「……とりあえず、誰か助けてに来てくれないかなぁ?」
仰向けになって振り続けた雨が小雨へと変わり、ゆっくりと雲が薄くなって日の光が隙間から降り注ぐ様子をぼんやり眺めながら、俺は真剣にそう思っていた。
身体自体はだいぶおおよそが治っており、動けるはずではあるのだが気力の方が付いて行かない。
≪
「一先ずは狼煙は上げたし……誰か来るとは思うんだけどなぁ」
起動して適当にそこら辺に放り投げた発煙筒が紅色の狼煙を今だに吐き出し続けている。
おおよその状況がこれで伝わってくれるとは思うのだが……。
「ダメだ……動く気力が起きない。やり遂げた達成感と緊張感からの解放、じんわりと染み渡って傷ついた身体が回復していく何とも言えない心地よさがあいまって……。よし、誰か来るまで動かないことに決めたぞ」
今まで色々と理性的にやって来た反動なのだろうか、俺は自身を臆病者で情けないクソ野郎であることを認めた分、怖かったことを素直に怖がれるようになってしまっていた。
溜め込むことは良くないよね、というのが今回学んだことだ。
――いや、本当に怖かった。でも、やり切った! 偉いぞ、俺! もー、今日は仕事やらない。領主特権で休むから。家に戻って母さんの作った料理を食べて、風呂入ってさっさと……。
そこまで考えて、さあっと顔が青ざめた。
血の気が引いていく感覚が嫌にはっきりとわかった。
――マズイ、母さんにどう謝ろう……絶対に怒ってる。説教されるために帰るとか言ったけど、やっぱり説教はイヤだなー。……でも、ほら、結局は≪ドグラ・マゴラ≫は倒して街を……ロルツィング辺境伯領を守ったんだし、そこアピールすれば……ああ、でも、実際の戦法についてはどうにか誤魔化して……。
高速で頭を巡らせれ如何にアンネリーゼの勘気に触れないように謝るべきか、俺は時間が経ちようやく現れた救助隊が来るまで没頭し、賞賛と崇拝の歓声を浴びながら台車に乗せられた辺りで最後の気が緩み、保っていた意識は泥のように落ちていき……。
◆
「…………」
「…………」
目が覚めるとそこには無言でこちらを見ているアンネリーゼが居た。
俺はすぐさま狩人としての周囲警戒術で以って、状況の把握を行うことにする。
――清潔でそれの広さがある一室で俺はベッド。何処か見たことのある部屋の様式、恐らくはギルドの施設の一つだ。俺の状態は着ていたはずの装備一式無くなってて、病院服のような服を……恐らくは医療施設のどこかだろう。逃走には不向きだ。この状態で外を出れば品位的な意味で……っ! そして、俺とアンネリーゼ以外の唯一の第三者ゴース! 本来ならば味方をしてくれてもいい間柄で期待するべき相手だが……っ!
だが、ダメっ!!
ドワーフの如きいかつい小男はアンネリーゼのすぐそばで、冷たい床の上で正座をさせられていた。
俺が意識を取り戻したことに気付いたのかゴースはこちらに顔を向け、そしてその厳めしい目つきでアイコンタクトを送ってきた。
――「ごめん、喋っちゃった♪」
――クソがぁっ!!
あらん限りの罵倒を内心で言い放ちつつ、俺はゆっくりベッドから抜け出すと礼儀正しく自ら床に正座で座り姿勢を正すと謝った。
「母さん……その、心配させてごめ――」
ぱんっと言い終わるより先にアンネリーゼの手が俺の頬を叩き、
「アルマンのばかっ!」
そして痛みが広がるよりも早くに俺は抱きしめられ、
「お帰り、アルマン」
「……ただいま、母さん」
いつも通りのやり取りに、俺はようやく全てが終わったのだと力を抜くことが出来た。
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