第三十五話:立ち昇る狼煙の色は紅で


 初めにを察したのはレメディオスら、城壁の外の前線で戦っている狩人たちだった。

 雨音やモンスターたちの咆哮、狩人たちの武具の剣戟の音に紛れ、何か奥の方で音が鳴り響いた。

 それはまるで遠雷の如く、一瞬だけ気を取られるもここが戦場であることを思い出し、気を取り直すようにして狂乱する怪物たちと向かい、


「……なに?」


 そこで気付いた。


 モンスターたちは依然として暴れている。


 身近な狩人たちへと攻撃を仕掛けるモンスター、

 城壁兵器による砲撃を受け、怒りを露わにして城壁へと向かって行くモンスター、

 モンスターに挑みかかるモンスター、


 その様子はついさっきまでと変わりがないように見える。

 だが、確かにレメディオスらは肌に感じる気配が何か変わったような気がする。


「何が……っとぉ!? いや、考えてる余裕なんて無かったわね! とりあえず、戦い続けないと!」


 レメディオスはその違和感の正体を探ろうと思考を巡らせるも、当然のように猿のようなモンスターに襲い掛かられて慌てて回避することで難を逃れる。

 何かが起きた気がするが、前も後ろも右も左も大型モンスターに囲まれている状況には変わらない。

 余計なことを考えているほど余裕がある状況ではないのだ。


「とりあえず、今は生き残ることが最優先! 何か起こってるなら上の連中が対処をするはずよね。目の前のことに集中しないと!」


 そうやって思考を打ち切り、レメディオスはただの一人の狩人としての意識へ切り替える。

 少なくとも現状では何も変化は見えず、絶望的なモンスター相手の消耗戦を強いられている状況は変わっていないというのに。



 何故だか、レメディオスの勘は確かに希望というものを感じていた。



                  ◆



「おい、見ろ! 何か様子が変だぞ……!」


「ああ、なんだ? モンスターたちの様子が……」


 前線の狩人たちから遅れるように変化を察したの城壁兵器である≪大砲≫や≪バリスタ≫を只管にモンスターへ撃ち込んでいた射手たち、そして観測手たちであった。

 兵器群が並べられている場所は城壁の上部であり、攻撃範囲を広く維持できるように高く作られている。

 当然、主戦場となっている城壁外の様子を広く見ることが可能であり、だからこそその変化に一番に気付くことが出来た。


……」


 下位モンスターである≪獣種≫モンスターに≪ブルード≫という犬に似たモンスターが居る。

 同種の小型モンスターの群れを率いて狩りをする習性を持ち、戦い終えて弱ったモンスターや狩人を狙って襲う、狡猾にしてある意味では臆病な性格のモンスターだ。

 不意打ちや待ち伏せなどを得意とし、真正面からの戦いなど群れを率いても居ない状態でやるわけがない。

 更に言えば周囲には自身よりも上位の大型モンスターがひしめき合っているのだ、≪ブルード≫がさっさと逃げ出す選択をするのは決しておかしくはない。


 おかしくはないが、


「やつらは……≪黒蛇病≫に侵されたモンスターは操られていたんじゃなかったのか?」


「いや、さっきまでは確かにやつらも……だが、急に。……あっ、見ろ! 他にも逃げ出すモンスターたちが」


 見ればチラホラと段々と森の方に逃げて行くモンスターたちの姿が見えた。

 その習性から臆病や知能が高いと言われている種類のモンスターたちであることに気付く。

 反面、前線で残って暴れ続けているモンスターはどちらかというと闘争心に優れ、獰猛さが高いモンスターにわかれ始めていることに上から見ていた彼らは気付いた。


「一体どうなって……」


「それになんだか弱くなってきてないか? あいつら……」


「確かに」


 更なる変化はモンスターたちの暴れ具合だろう。

 まるで自らの命など惜しくないとばかりに、槍が刺さろうと剣で切られようと全てを怒りに変えて暴れ続けていたモンスターたち、その圧力というべきものが消え失せていた気がした。

 無論、その戦場にいるのはどれもこれも大型モンスターでしかも獰猛にして勇猛。

 油断すれば狩人とてあっさり殺される存在が大勢いることに変わりはないのだが……。


「潮目が変わったな」


「ギルドマスター!?」


 動揺する彼らの元に現れたのは前線本部から様子を伺いに来たガノンドだった。

 慌てて振り向いた彼らにガノンドは檄を飛ばした。


「何かが起こったことは間違いない。このチャンスを逃すな! 一斉射撃でモンスターの群れを分断させ、前線の狩人たちを支援するんだ! 奴らの攻勢が弱まった今なら、一騎当千の上級狩人たちはモンスター相手に連携してあたる隙さえ作ってしまえば各個撃破に出来る! 直接狙う必要はない! とにかく分断を最優先で攻撃を始めろ!」



「「「は、はい!!」」」



 奇妙な前線での動きに困惑が広がっていた空気は一変し、ガノンドの指示通りに砲撃が開始される。

 モンスターを削るのではなく、その行動を制限するかのように切り替わる城壁からの支援攻撃。

 前線の狩人たちの戸惑いは短く、意図を察したようにバラバラに個人で動いてモンスターたちを攪乱させることに終始していた狩人たちは即席で連携を取ると、無慈悲に多数で一つのモンスターに襲い掛かり確実に仕留める動きへと変わった。


「す、すげぇ……なんであんなにあっさり、ギルドマスターの声が聞こえてたのか」


「ほっほっほっ、そんなことはあるまい。この乱戦の中じゃぞ?」


「そ、そうですよね。だったらなんで……」


「常に周囲に注意を払い、最善の生存への道を模索する。一流の狩人というのはそういうものよ。あれが最善であると判断したのじゃろうて」


 空気が変わったことに興味を引かれ、戦場の様子を覗き込むようにして見ていたアレクセイとラシェルに≪長老≫は諭すように答えた。

 そして、チラリと傍に立つガノンドへと目をやった。


「空気が変わったのう?」


「ええ、恐らくは……」


「理由は?」


「わからん、だが……話の通りだとするとこれは」


 明らかな異常。

 いや、異常だったものが正常に戻ったからこその光景というべきか。

 ならば、何故正常に戻ったかと考えれば一つだけ浮かぶものが≪長老≫にはあった。


 災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫を討つことが出来れば、やつの放っていた≪黒蛇病≫によるモンスターの暴走も収束する。

 そう実際に口に出した人物、そして行方不明になっている人物。


「もしかするとこれは……」


「あるいは……だが……」


 恐らく、ガノンドもそのことについては頭を過っているのだろう。

 だが、このような状況下で不確かなことを言うべきではないし、≪長老≫にしてもガノンドにしてもまさかという気持ちもある。

 良くも悪くも内面としてはとても臆病であることを付き合いの長い二人は知っていたからだ。

 だが、そんな二人の葛藤もラシェルの放った一言によって終わりを迎える。


「あれ……? アレってなんだろう?」


「あん? どうしたんだよ」


「ほら、あっちの……森の方になにか煙みたいのが立ち昇って……あっ、あれってアレじゃない?」


 そう言ってラシェルが指差した方角には確かに立ち昇る煙のようなものが見えた。

 ただし、ただの煙ではない。

 本降りでないにしろ雨が降っている中に立ち昇っている煙はただ何かが燃えているというわけではないことを示唆している。


 そして何よりも普通の煙と違って明らかにがついていた。


「新人研修の時に教えて貰ったでしょ! 連絡が容易に取れない場所で連絡を取り合うための特殊な色を変えられる発煙アイテムをこっちの狩人は使うんだって! っていうかアルマン様が≪オル・ボアズ≫の時も使ってたじゃない。あの狼煙を上げておけば解体場の人たちがそれを頼りにやってきてモンスターの遺骸を回収してくれるんだって」


 狼煙の色は――


「確か色によって意味が変わるんだって……えっと、確か紅色は――」



「――「我、狩猟ニ成功セリ」だ」



「……え?」


 ラシェルの言葉の続きはガノンドが引き継いで答えた。

 何故だが穏やかな気持ちであった。

 見守っていたはずの存在がいつしか自分の想像をはるかに超える成長をしていた……自らの節穴を恥じるべきか、嬉しいようなそんな不思議な感傷。


「ふっ、全く……驚かされるな。やれやれ、俺も耄碌したものだ」


「そうでもなかろう、若人というものは何時だって急に成長するものよ」


「そうだな、恥ずかしいからそういうことにしておこう。我らが領主様は偉大だったってことで一つ」



「「えっ? えっ?」」



 何かを納得したかのように頷き合うガノンドと≪長老≫に困惑する二人の≪見習い≫狩人。


 その様子に≪長老≫は笑みを浮かべた。

 ≪見習い≫狩人が≪見習い≫のまま終わらずに未来を迎えることが出来るであろう喜びに。


 ガノンドは表情を引き締めた。

 ギルドマスターとしてやるべきことを完遂して全てを終わらせるために。




「さァて、野郎ども! 気を引き締めてモンスターたちを殲滅するぞ! ≪大砲≫を撃ちまくれ! ≪バリスタ≫もだ! 敵モンスターが一定数まで減ったら、城門を開けて一気に数で押し潰すぞ! この≪グレイシア≫に向かってきた愚かさをモンスター共に教えてやる!」




 絶望さえあった≪怪物大行進モンスター・パレード≫にも、確かに終わりが近づいていた。

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