第三十三話:恐れを呑み込み、踏み越えよ


「ゴース!! ゴースは何処!」


 大工房の扉が勢いよく開け放たれたかと思うと、そんな声と共に一人の女性が騒がしく飛び込んできた。


「な、なんじゃ!? 城壁での戦いで何かが……っと、アンネリーゼではないか」


「ゴース、良かったここに居たのね!」


 疲れが出て微睡みかかっていたゴースが物音に飛び起きると、そこに居たのはアンネリーゼだった。


「ああ、ゴース! アルマンは……アルマンはどこ!? 私の息子は……!」


「アンネリーゼ……お前さん」


 普段、人前では息子の顔を潰さないために落ち着いた振る舞いを崩さないアンネリーゼの慌てようにゴースは目を丸くした。


「アルマンが居ないの……何処にも! あの子は……あの子は……本当は戦えるような子じゃないの。わかってた……わかってたのよ! 繊細で自信がなくて……でも、優しい子で……本当はもっと前から言うべきだったのに、あの子は何でもできて……だから……っ!」


「…………」


 よほど慌てて雨の街の中を駆け巡ったのだろう、息子であるアルマンに似合うと言われてそれ以来好んで普段着にするようになったメイド服も、その楚々とした華やかさが見る影もない有り様だ。

 立派に育った息子が居るとも思えないほど若く幼い容姿も相まって、それはまるで道に迷って泣き喚く少女のようでもあった。


「私が……私が守ってあげるんだ。今度は……だから……わふっ」


「とりあえず、これで拭いておきな。ここは工房だぞ? なんて状態で入ってきやがる」


「あっ、ご……ごめんなさい」


 一先ず、ゴースは傍にあった綺麗な布をアンネリーゼの顔に放り投げてそう言った。


「相も変わらず……か」


 奇妙な親子だと思った。

 十年前、初めて会った時から変わらない二人への印象だ。


 親になろうとする母親と子供になろうとする息子。


 親子でありながら変に気を使い、

 それでもおっかなびっくりとなれるように努力を重ねる。


 不可思議な関係であった。

 噛み合っているようで、微妙に噛み合っていない。

 何とも……いじらしいとでも言えばいいのか、形容しがたい親子の関係。


 ゴースはずっと気にしていたし、見守ってもいた。


「……アルマン様はここには居ない。アンネリーゼの察し通りに一度現れたのは確かだ。装備を整えに、な」


「そ、そんな……じゃあ、やっぱり城壁に」


「いや、そっちでもない」


 アルマンの不在を告げたとたんに飛び出していきそうになったアンネリーゼ。

 ゴースはそれを眼で押し留め話を続けた。


「えっ、それじゃあ……どこに」


 困惑した表情を浮かべ尋ねてくるアンネリーゼに、ゴースは少しだけ苦々しげな顔をするも言わないわけにもいかない。

 ゴースは重々しく口を開いた。



「……アルマン様が行ったのは城壁じゃない。≪ゼドラム大森林≫だ」



「そんな……だって、今は≪怪物大行進モンスター・パレード≫が……」


「それを止めるためにアルマン様は災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫を討伐する気だ。……居場所を捉える見当はついているらしい」


「無茶よ! だって、≪龍種≫なんでしょ?! 御伽噺に出てくるようなモンスター……こんな災害みたいなことを引き起こして……そんなの……い、いえ、でも狩人が大勢でかかることが出来れば……」


「いや……アルマン様は一人で行っちまったよ」


「っ、ゴース!!」


 ばしんっと大工房の中に乾いた音が響いた。

 半ば無意識の行動だったのだろう、ゴースの言葉に反射的に放たれたのはアンネリーゼの平手打ちだった。

 ゴースはそれを甘んじて受けた。


「……必要なことだった。別にただ危険をおかしたわけじゃない。勝機を……最善の結末を求めた上でのリスクを伴った行動だ」


 だとしても、子を思う親の怒りは受け止めなければならない。

 ゴースはそれだけは確かなことだと思っていた。


「そんなの……そんなの死にに行くようなものじゃない。なんで止めなかったの!?」


「……リスクがあるのは否定はしない。俺はアルマン様が持っていったあの装備に関して説明を受けている。その運用方法もな……。だからこそ、絶対に大丈夫だなんて口が裂けても言えない。死と紙一重、全てが上手くいくか……あるいは失うか」


「だったら……っ!」


「だが……それは狩人にとって当たり前のことなんだ、アンネリーゼ。全てを得るか、全てを失うか……死という恐れを身近に感じ、それを踏破してこそ真の狩人……。アルマン様は自らの誇りと願いのために、ただ一人の狩人として決意をもって狩猟へと赴いた……止められるはずも無いだろう」


「…………」


「酷な言い方になるかもしれないが、信じて待つより他はない」


「ゴース……、貴方には出来るかもしれないけど私にはそんなこと……どうにかなってしまいそう」


「俺もそこまで得意というわけではないがな。ただ、慣れているというだけだ」


 ゴースはそう言葉を区切り、最後に言葉を付けたした。



「ただ、まあ……親をこれだけ心配させたんだ。その分は後でしっかりと説教をしても罰は当たらないさ」


「……そうかもね」




                  ◆




 ――



 そんなキャッチフレーズだった、確か。

 シンプルで耳に残るフレーズだった。

 俺はたぶん、だから『Hunters Story』というゲームを購入しようと決めた。

 琴線に触れたのだろう、病院の一室でただ朽ちていくだけの自分にとって。


 生きるために狩る。


 俺はそうだ死にたくない。

 もっと街の人と交流したり、やりたいことだっていっぱいある。

 そして何よりも親孝行をしなければならない。

 そのためには生きて帰らなくてはならない。


 生きるということは逃げることじゃない。

 生きるということは立ち向かって乗り越えること。



 狩猟とはつまりそういうことなのだ。



 だからこそ、弱気になりそうな心を塗りつぶし咆哮を上げる。


「ぁぁァアアァアア!」


 槍のように迫る≪ドグラ・マゴラ≫の尾。

 掠りでも死んでしまう身体を叱咤して、飛び込むようにして掻い潜る。


 成功。


 俺は確かに≪ドグラ・マゴラ≫の攻撃を回避して、そして尚且つ懐に飛び込むことを成し遂げた。


 ――これで手順の第二段階に成功。あとは……っ!


 痛む身体。

 だが、それ以上に沸き上がる力のままに俺は武具を構えた。


 俺は知っている。

 もう十年近く色々と実験を行っているのだ。

 効率の良いダメージの与え方も『Hunters Story』での戦闘システムがこの世界でどこまで適応されているかも大体の理解は出来ていた。


 プレイングでダメージを増加させる方法は二種類存在する。

 まずは単純に弱点部位と呼ばれる場所を攻撃すること。

 そして、もう一つは相手の攻撃後の瞬間にこちらの攻撃を叩きこむことによって≪カウンター≫を発生させ、ダメージ量を増加させることが出来る。


 ――狙う場所は当然、頭部! モンスターの基本的な弱点部位、そしてそれを≪カウンター≫で攻撃する。


 想定した中の攻撃でも一番回避してからの≪カウンター≫を発生させやすい攻撃だった。

 このためにわざわざ俺は一人でやって来た甲斐があるというものだ。

 仮に複数で囲んでいる状況だったなら、≪ドグラ・マゴラ≫のヘイトが何処に向くか分からず≪カウンター≫を狙うなど困難を極めただろう。

 そして更に。


 ――≪逆撃≫


 ――≪飛燕≫


 二種類の≪スキル≫が発動する。

 ≪逆撃≫、≪呪狼≫防具一式の≪基礎スキル≫。

 効果は自身がダメージを受けた場合、次に攻撃をした時に相手へのダメージを加算補正する。受けたダメージ量によって、効果補正は大きくなる。


 つまりは相手モンスターへ与えるダメージが一撃だけ強化されるスキル。


 ≪飛燕≫、≪追加スキル≫の一つ。

 効果は≪カウンター≫発生時のダメージ量を増加補正して加算する。


 つまりは≪カウンター≫強化スキル。


 ≪根性≫でHPを1にして耐え、

 ≪餓狼≫を発動させて最大補正を得る。

 そして、相手の攻撃を避けて≪カウンター≫を発生させて、≪逆撃≫が発動中の状態で≪飛燕≫を加算させる。


 本当にこの≪呪狼≫防具一式はその運用において、見事なまでに無駄のない≪追加スキル≫が発生して構築された。


 だが、まだ足りない。

 この状態で≪ドグラ・マゴラ≫の弱点属性である持っている中で最高の≪雷≫武具で攻撃しても、恐らくはその一撃はしのいでくるだろうというのが俺の予想だ。

 つまりは相手は行動を出来る余裕を残すわけで。


 


 だからこそ、俺はを持ってきたのだ。

 確実に≪龍種≫を一撃で討つために。

 俺は静かにを上げた。





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