第三十二話:狩猟を行うということ



 灼けつくようなエネルギーの波濤をただ受ける。


 防御するわけでも無く、無防備に。

 吹き飛ばされないように耐えるのはダメージを抑える為ではなく、僅かにでもダメージをするために。


「…………が、ぁっ」


 ≪呪狼≫防具シリーズは中位層の防具だ。

 中位基準の相応の防御力しかなく、≪ドグラ・マゴラ≫の攻撃力は相手にはやや不安が残る防御力。

 しかも、ブレス攻撃は≪ドグラ・マゴラ≫の技の中でも強力な攻撃だ。

 それを一切の回避行動、防御行動を取らずにあえて吹き飛ばされずにその全てを受けたのだ。



 その有様は必然。



 熱い。体中の体液という体液が沸騰しそうな熱さだった。

 全身が焼き爛れているかのようだ。

 骨の幾つかも折れ、肉はズタボロに抉れ、眼も耳も一部の機能が壊れたようだ。

 まともに動いていないことがわかる、世界の認知が歪んでいた。

 呼吸器も焼かれたのかただ息を吸って吐くという動作すら痛みが走る。


 立っているのがやっと。

 意識を失っていないのが奇跡。

 殆ど死んでいるようなダメージを受けながら――


 それでも、


 ――≪根性≫


 スキル発動。

 その効果は超過ダメージを受けても一度だけHPを1だけ残して耐えるというもの。

 それがこの≪呪狼≫防具一式の追加スキルの一つ。


 それは単体ではそれほど意味の無いスキルだ。

 言ってしまえば狩猟中に事故をして相手のモンスターの攻撃を受けた際の申し訳ない程度の保険のスキル。

 1しか残らないので回復アイテムで回復する前に掠りダメージでも受けてしまえば意味が無いし、毒などの継続ダメージを受ける状態異常を受けていた場合は意味を為さなかったりもする決して強いスキルではない。



 だが、ゲーマー……廃人と呼ばれる人種はそんなスキルも有効に活用する術というものを見つけてくる度し難い生物だ。



 ――≪餓狼≫


 HPが瀕死へと近づき、ゲームだったならば赤ゲージになっているであろうほどに追い詰められて、≪呪狼≫防具一式の基礎スキルが発動する。


 効果は、瀕死になればなるほど攻撃力を増加させるスキル。

 HPが零に近ければ近いほど、自身の基礎攻撃力を補正するというもの。


「ぐ……おお……っ!」


 当然のことながら≪根性≫が発動した以上、限界のギリギリまで追い詰められている。

 疑いようもなく、死の一歩前。

 ともすれば、次の瞬間には死んでいてもおかしくない。

 理性ではなく、生き物としての本能がそれを俺に嫌が応にも突きつけてくる。


 それに対して湧き上がるのは、生きとし生けるものの根源とも言える純粋なる感情だけ。


 死にたくない。

 死にたくない、死にたくない死にたくない。

 生きていたい、まだ終わりたくない。


 ただ、それだけ。

 理智ではない、本能の暴走。


 恐怖であり、悲哀であり、逃避であり。

 それらは純然たる攻撃意識へと変化する。


 己が生きるためには、

 ここで終わらないためには、

 目の前の敵を打倒するしかない。


 その確信が吹けば消えるような生命に力を与える。


「ぁぁあああ……っ!!」


 マグマのように煮えたぎったエネルギーが全身を駆け巡った。

 ≪餓狼≫スキルの最大攻撃補正が俺の身体へとかかったのだ。


 あと、ほんの少しの怪我で死ぬ、そんな紙一重の状態。

 だからこそ生命とは生きるために足搔く。


 俺は有り余る力のままに≪ドグラ・マゴラ≫へと向かって突撃した。


 回復はしない。

 ≪餓狼≫はその時のHP残量から随時攻撃力の補正を行う。

 故に≪回復薬ポーション≫による回復を行ってしまえば、攻撃力の補正も意味がなくなってしまう。


 だからこそ、最大の攻撃力を維持するにはこのまま突撃するしかないのだ。


 ――ゲームならともかく、現実でやるとは思わなかった……。いや、廃人ほどじゃなかったからゲームでもやったこと無かったけど……!


 HPを1だけ残す≪根性≫スキル。

 そして、HPが低いほど攻撃力を乗算する≪餓狼≫スキル。

 その二つを組み合わせることで攻撃力を跳ね上げるコンボは所謂実用性皆無のロマンコンボとして有名な組み合わせだった。

 何せ、攻撃力は跳ね上がるもののHPが1しかなくなるためほんの僅かな行為で死ぬのだ。

 まともな運用など出来るわけがない。

 少なくとも廃人とか言われる人種のモンスター狩猟のタイムアタックに使われるぐらいが精々。


 だが、それでも今の俺には必要な力だった。

 危機に瀕した生命の爆発的な力が俺の体内で駆け巡る。


「っ、だぁあああ!!」


 咆哮と共に俺は踏み出し、一気に≪ドグラ・マゴラ≫の元へと突き進む。

 ボロボロの死に瀕した身体から生まれているとは思えないほどの力が、俺の身体をただの一つの放たれた矢のように突き進ませる。


「るぉォォぉオオオっ!!」


 まともにブレスを受けた俺が無事で、尚且つ動いて向かってくるのに意表を突かれたのか、≪ドグラ・マゴラ≫は一拍置いて咆哮を上げると迎え撃つように己の尾を槍にように突き出した。

 真っ直ぐに貫こうと迫る、その一撃の迫力足るや否や。


 今の俺はかすり傷で死にかねない状態。

 目の前に迫る一撃はほんの少し対処を間違えれば死ぬことになるだろう。


 ――だが、それが何だというのだろうか。


 思えば俺は本当の意味で狩猟をしたことはなかったのかもしれない。


 前世の記憶、ただ一人、俺だけがこの世界で持っている情報アドバンテージを活かし、傍目からは称賛されるような行いでも十分に安全を確保した上での行いだった。

 それは別に恥ずべきことでは無いし、卑下するようなことでもないのかもしれない。


 でも、≪長老≫がある日言っていた言葉がどうにも耳を離れない。



 ――「狩猟とは人とモンスターの生命のぶつけ合い、でございます……」



 俺は一度でも己の命を剥き出しにして戦ったことはない。


 一つの判断ミスで己の生命を失い、

 一つの恐れで仲間の生命を危機に晒し、

 一つの闘志で敵の生命を奪う、


 そんな戦いに身を投じたことはない。

 思い返して見れば新米の狩人ですらやっていることを俺はやったことはなかったのだ。



 だからこそ、俺は今……この瞬間に狩人になりたい。



 紙一重の生と死の合間。

 その恐れを踏み越え、相手を狩り生き残る。


 それこそが狩猟の本質。

 命のやり取り。

 狩人としての在り方。


 ふと、俺はこんな時になって思い出した。

 『Hunters Story』のゲームのキャッチコピー。


 ――あれは確か……。


 その言葉を思い起こし、深く、そして力強く。

 俺は踏み込んだ。

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