第三十一話:災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫を討て
最初にその姿を見た時、思ったのは……。
ああ、思った以上に怖いのだな。
そんな感想だった。
ゲームでの知識なら、その龍は所詮ストーリーイベントでやられる最弱の龍。
口の悪い言い方で最弱の龍なんてネットの世界で呼ばれていた龍。
だが、実際に向き合ってみればどうだろうか?
≪黒蛇病≫をばら撒く能力が恐ろしいとか、そんなレベルではない。
対峙すれば嫌が応にでもわかってしまう。
これは正しく
俺はこれと戦わなくてはならない。
打倒しなければならない。
狩猟しなければならない。
誰かに強いられたわけではない。
俺が俺としてあるために。
俺が俺としてこれからもいられるために。
「お前がこの大侵攻の際、その光景が見える範囲に現れることはわかっていた」
俺は訥々と語り始めた。
それに意味があるのかはわからない。
だが、語る。
「冷酷にして残忍、それがお前の性格だ。だからこそ、その光景にほくそ笑むためにお前は見える位置に現れるんだ。ゲームでもそうだった……。大進行が発生し、
≪ドグラ・マゴラ≫は何も答えない、ただ俺を窺うように見るだけだ。
当然と言えば当然だ、≪龍種≫に人の言葉など分かるはずも無い。
「だから、お前を見つけられるチャンスがあるのはその時だけだと思った。設定通りの性格ならば……そうなるだろうと。ただ、肝心の場所まではわからなかった。単純に東門の戦いを見下ろせる場所というだけなら複数あったからな、だが勇敢な狩人が手掛かりをつかんでくれた」
俺はそう言うと握りしめていた手を開いた。
そこには一輪の花の残滓があった。
「レメディオスが見つかった時、その身体には紫黒色の鱗粉のようなものが付着していた。お前の鱗粉なのだろう? ≪ドグラ・マゴラ≫……。そして、ヤツが最後まで握りしめていた花……これは≪ポワポワ≫。非常に生息域が限定された花でな、森の中でも一部しか生息を確認されてない」
≪ドグラ・マゴラ≫は何も答えない。
ただ目の前に居る存在を俺を低く唸るような声を上げながら見定めている。
「恐らく奴はお前と戦ったのだろう? そして、≪
俺はゆっくりと背負っていたソレを下ろした。
巨大な棺のような形をした、ソレを。
「それでも……まあ、当たりは当たりだ。俺の運ってのも捨てたもんじゃないってことだ」
独白が終わる。
それは過去の自分との決別。
そして、これからの言葉は――未来への誓い。
或いはこれからの己への誓いだ。
「俺の名は――アルマン・ロルツィング。帝国より辺境伯の爵位を賜り、この東の果ての領地を任された……ロルツィング家の正統なる後継者」
「母であるアンネリーゼ・ヴォルツの一人息子。≪グレイシア≫を貴族として治める者、唯一の領主である」
「我が領土に、民に、財産に、害をなそうとする存在。災疫の龍≪ドグラ・マゴラ≫よ。お前もただ生きているだけなのかもしれない。ただ、そういう生態だっただけで俺たちと同じく、何も変わらず今を生きているだけの存在かもしれない」
「――だが、関係ない」
「俺は俺の使命と大儀でもって害するものを一掃する。我が領地を領主として守り抜くために、穏やかに生きるために貴様を狩る。命を奪う」
「……狩猟を始めよう」
俺はただそう宣言した。
≪ドグラ・マゴラ≫は答えるように低く唸り声を上げた。
◆
雨音に紛れるように遠くに微かな喧騒が聞こえる。
大勢の人と大型モンスターがぶつかり合って争う、もはや戦争染みた規模の戦いの音。
十年という月日を共に過ごした≪グレイシア≫という都市への信頼感はある。
それでも逸る心が抑えきれない。
狂乱するモンスターの群れの力は強大だ。
一分一秒でも長く戦いが続けば、それだけ被害も多くなるだろう。
犠牲になるのは見知った顔の人物か、あるいは見知らぬ顔の誰か。
――どっちでも同じことだ。
アルマン・ロルツィングにとって、どちらも守るべき領民である以上はその価値は等価だ。
誰であろうと被害があっていいはずも無い、可能な限り≪
そして、≪
――確実性を取るなら、ゲームのような攻略手段を取るべきなんだろうな……。
その特殊な力で猛威を振るっている≪ドグラ・マゴラ≫も、ゲーム内では所詮はストーリー上の中ボスのような立場でしかない。
故に攻略が行き詰まらないように開発側が用意した明確な攻略法というのが存在するのだ。
≪ドグラ・マゴラ≫は≪龍種≫というだけあって体力や耐久は高いのだが、その実、致命的に≪雷≫属性に弱いという弱点が用意されていた。
故に攻略サイトなどではサブのモンスター
ストーリー時で作れる武具の攻撃力だとだいぶ粘られてしまうが、≪クロ・ジガル≫素材の≪雷≫属性武具で挑めばわりとあっさり倒せてしまう。
それがゲーム内における災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫の強さだ。
――確実性を考えれば上級狩人を二、三人一緒に連れてきて、それでみんなで≪雷≫属性武具で囲んで叩く……それが一番なんだろうけど。
俺はどちらも選ばなかった。
一人でここへはやって来たし、
持ってきた武具も――≪雷≫属性武具ではない。
理由はある。
一人でやって来たのは単に防衛線から人員を急遽抜けるほどの余裕がなかったというのもあるが、一番の理由は≪ドグラ・マゴラ≫と一対一で戦う構図を作りたかったからだ。
ゲームでもそうだったが≪ドグラ・マゴラ≫には≪黒蛇病≫に侵されたモンスターをある程度操ることが出来る力がある。
こちらが複数でくれば奴もまたモンスターを呼び寄せる可能性があった。
乱戦になってしまえば短期で決着をつけるのは難しい。
そうなると上手く削れたとしても仕留め損ない、情勢が不利と判断した≪ドグラ・マゴラ≫が逃げ出す可能性もある。
これが一番の懸念される想定だった。
ゲームと違い、モンスターは当然のことながら追い詰められれば逃げ出すこともある。
当然と言えば当然のことなのだが、これが≪ドグラ・マゴラ≫の力の性質が組み合わさると問題になるのだ。
≪黒蛇病≫は主となる≪ドグラ・マゴラ≫が生きてさえいれば、ずっとモンスターを侵し続けるのだ。
つまり、≪ドグラ・マゴラ≫が逃げ出したとしても≪
撃退ではなく、確実に狩らなければならないのだ。
ただのモンスターの狩猟ならば最悪逃げられても妥協でき、次の機会を待つということもできるが≪ドグラ・マゴラ≫相手にはそれが許されない。
確実にここで仕留める必要がある。
だからこそ、俺は≪雷≫属性武具で攻めるという方法は選ばなかった。
確かに弱点属性武具で攻め立てれば効率的にダメージを与えられるのは確かだ。
だが、あくまで効率的にダメージを与えられる……というだけであって、やはり相手は≪龍種≫だ。
今、≪グレイシア≫にある最強の≪雷≫属性武具に≪スキル≫や何やらを全部加算させてダメージを増加させても、流石に一息で倒せるわけではない。それなりに時間は要してしまう。そうなれば≪ドグラ・マゴラ≫も不利を察して逃げ出すなり、≪黒蛇病≫に侵されたモンスターを呼び寄せるなり、何らかの行動を取られる不確定要素は常に付きまとってしまう。
だからこそ、俺は≪黒棺≫を持ってきたのだ。
巨大な三メートル近い漆黒で長方形をした武具だ。
ずっしりと重く、狩人として前の世界とは比べ物にならない身体能力がある今の自分ですら扱いづらい重量。
重装武具に分類される武具だ。
――自分でも正気じゃない……ことを考えているとは思う。安定度を考えればやっぱり≪雷≫属性武具で攻めた方がいいに決まってる。でも……それはどうしても時間がかかる。狩猟に手間がかかればそれだけ不確定要素が起きる可能性は増えるし、何より時間がかかればその分、犠牲も増えることを許容しなくちゃならない。
それは。
――……ああ、とても嫌だな。俺は思っていたより強欲だったみたいだ。
≪
被害を減らすためには可能な限り、早く、そして確実に仕留める必要がある。
「――勝負だ、≪ドグラ・マゴラ≫。ロルツィングの領主として何一つ奪わせるつもりはないぞ!」
だからこそ、
「ぉオオオぉぉオオオっ!!」
俺は、
「……来い!!」
こちらが武具を構えた瞬間、応えるように咆哮を上げ、放たれた≪ドグラ・マゴラ≫の黒紫色のブレス。
エネルギーの奔流となって一直線に向かってくる攻撃に対して、
何の防御行動も取らずに真正面からその攻撃を受けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます