第三十話:怪物は見下ろす


「矢が尽きた! 交換を!」


「弾倉、急げ!!」



「「は、はい!!」」



 モンスターと上級狩人の狩り合いとなった城壁前の戦場。

 それと比べても劣らないほどに城壁内部も混迷を極めている。

 怒号が響き合い、狭い内部通路を人々は忙し気に行き来し合っている。


 ≪グレイシア≫を囲う城壁の上部には内部通路があり、≪大砲≫や≪バリスタ≫などの兵器を並べて城門を守ることが出来るようになっている。

 その中で≪見習い≫でしかないアレクセイとラシェルは必死に作業を行っていた。

 二人がやっているのは≪バリスタ≫の矢を補充する作業だ。


 ≪バリスタ≫とは言ってしまえばボウガンのような絡繰り弓を、大型モンスターにも十分な効果が出るように大型化させた矢の大砲とも言える兵器。

 絡繰り仕掛けによって発射されるため、上級の狩人の弓の一撃を誰でも最大三十連射放つことが可能という強力な代物だ。

 ただ、誰にでも使える利便性の代わりに複雑な機構をしており、最大装填数の三十発を打ち終わった後は改めて矢をセットし直し、絡繰り仕掛けを決められた手順通りに作動させて発射可能状態にする手間が必要となる。


 そのため、発射準備が完了した≪バリスタ≫は射手の元に運ばれ、打ち終わった≪バリスタ≫は後方に回されて発射準備を急いで行うという手段が取られていた。

 アレクセイとラシェルがやっているのはその手伝いだ。

 引っ切り無しにやってくる≪バリスタ≫にただただ無心で矢を補充する。


「くっそー、終わらねー!」


「文句を言うのは後! ほら、次が来たよ! 私たちは私たちでやれることをやらなきゃ!」


「うむ、その意気じゃよ。嬢ちゃん。ほれ、こっちは終わったぞい」


「わぁ、≪長老≫さん、凄い作業が早い」


「ほっほっほっ、まあ、無駄に歳を重ねてはおらぬわい」


 その言葉を証明するかのように≪長老≫は滑らかな動きでアレクセイとラシェルが二人がかりでやっている作業を手早く終わらせると近くの者に声をかけた。


「ほれ、持って行くがいい」


「ありがてえ、流石は≪長老≫だ」


「年の功というやつよ。このような危機じゃ、年寄りだからといって大人しくてはおれんわい」


 そう優しげな顔をすると≪長老≫は周りを鼓舞するかのように勇気づけ、≪見習い≫でしかないアレクセイとラシェルにも目を配って手助けをした。


「ほれ、そこはきゅっと締める。そして、弾倉にはカチッと音がするまできっちり嵌めるのじゃ」


「ぐっ、こんのっ!」


「ほほっ、上手い上手いのう」


「このくらい余裕だっつーの!」


「生意気じゃのう」


「もう、アレクセイったら……」


 ラシェルは≪長老≫が≪長老≫と呼ばれ、皆から親しまれている理由がわかった気がした。

 だからこそ、ラシェルは少しだけ甘えたくなったのかもしれない。


「≪長老≫……大丈夫なんでしょうか」


 弱音だ。

 吐くべきではないことなどラシェルだって痛いほどわかっている。

 城壁内も目の回る忙しさではあるものの、城壁の外で戦っている狩人とは雲泥の差だ。

 城壁の外で大型モンスターたちの群れの中を縦横無尽に駆け回り、戦っている上級狩人の皆に比べれば何と楽なことだろう。


 言うべき言葉では無いとわかった上で、それでも出てきた言葉を≪長老≫は穏やかな顔で受け止めた。


「大丈夫じゃ。この≪グレイシア≫はこんな危機何度も乗り越えてきた。そして、ここには大量の頼もしい狩人たちもおる。そして何より……」


「何より?」


「アルマン様がおられる」


 それは≪長老≫の本心からの言葉だった。


「けっ、行方不明の奴になにが出来るってんだ。逃げたに決まってるんだ。貴族なんて……貴族なんて……」


「アレクセイ!」


「……逃げれたらどんなに楽だったじゃろうな」


「≪長老≫さま?」


「そんな器用なことが出来るのであれば苦労はしなかったわい。アルマン様はきっと……きっと……のう」




                  ◆




 人が戦っている。

 モンスターが戦っている。


 互いに死力を尽くし、生きるために殺しあっている。

 降りしきる雨の冷たさにも負けない闘志を剝き出しに、凄惨とも言える生存競争を強いられてぶつかり合っている。


 を起こした元凶である≪ドグラ・マゴラ≫は……。

 災疫龍という名を付けられたその生き物の形をした災厄の一つはただ眺めている。


 森の表層にある高く切り立った丘の上。

 ≪グレイシア≫の東の門の前で起きている一際大きな殺し合いをただただ睥睨している。


 黒き巨躯の身体。

 蛇のように長い首、長く細い尾。

 前脚には身体に比して小さく鋭いかぎづめ、それに対して後ろ脚は強靭に太く逞しい。

 そして二対の巨大な蝙蝠のような羽根は動かすごとに、まるで黒い靄の残滓を残す。


 それこそが災疫たる≪黒蛇病≫の病の源。

 ある世界においてはウィルスと呼ばれる存在の塊だ。


 病に侵された者はただ死に絶えるために暴れ続け、そしてその闘争すらも≪ドグラ・マゴラ≫に誘導され、最後には骸を晒し、餌へと成り果てる。

 それが≪ドグラ・マゴラ≫の狩りのやり方だ。


 病に侵し殺し合わせ、骸を食らう。

 単に骸を作るだけならば≪黒蛇病≫に侵されたモンスターたちを互いに殺し合わせれば事足りる。


 だが、足りない。

 そんなことでは足りない。

 より多くの骸を≪ドグラ・マゴラ≫は欲する。


 故にこのように群れとして多くの命がある場所へとぶつけ殺し合わせる。

 何故かといわれればだからといい表す他ない。


 ただ災疫龍であるが故に。

 苦しみもがいて死んでいく命を見下ろしながら、全てが終わった後に≪ドグラ・マゴラ≫はようやく動く。



 残飯を漁るように血を肉を骨を噛み砕き、飲み干していく。



 そのはずだったのに。


「ああ、やはりここだったか……」


 気づけば一人の男が≪ドグラ・マゴラ≫しか居ないはずの場所に現れた。

 降りしきる雨の中、ただ一人だけで男はその場に現れたのだ。

 モンスターの頂点とも言われる≪龍種≫の前に、



「災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫。初めまして……というのはこっちからするとどうにも奇妙な話だけど。それでも、改めて……初めまして」



 アルマン・ロルツィングは辿り着いた。



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