第三幕:Hello World

第二十九話:狩人は足搔き


「来たぞ! 来たぞー!!」


 降りしきる雨の音に負けないように声が響いた。

 その声に怯えが混じっていたことを笑う者など居ないだろう。

 昼間だというの厚い雲に空が覆われ薄暗い視界の中、森の奥から押し潰すようなプレッシャーが迫ってきているのをその場にいる誰もが感じていたからだ。


 蹄が大地を削る音、

 森の樹木を薙ぎ倒す音、

 嘶きに鳴き声、


 それらが一丸となってやって来る。

 本来、相容れぬモンスターたちが病に侵されその闘争本能の吐き出す先を誘導され、一つの群れとなって≪グレイシア≫に迫ってくる。



 ――≪怪物大行進モンスター・パレード≫。



 それは一つの災害となって襲い掛かってきた。



                   ◆



 大地を揺らし人など一飲みで呑み込んでしまう巨大な大蛇のモンスターが地を這い、≪グレイシア≫への城壁へと突撃する。


「火砲を放て! 弓矢もだ! ≪バージア≫だぞ! 取り付かせるな!」


 ≪腐食≫の毒液を持つ中位のモンスターに無数の城壁兵器の火砲と狩人から放たれた矢が襲い掛かる。

 その体躯をくねらせるような動きに翻弄されるも、ただただ愚直に前に侵攻するだけの動きに被弾は避けられない。


 砲弾が直撃し、

 矢が突き刺さり、


 ダメージを受けているはずなのに黒き蛇の痣を受ける大蛇は速度を緩めずに到達し、その毒液を城壁へと大量に浴びせようとして、



「ふんぬぅううううっ!!」



 横から飛び込んできたレメディオスの斧の一撃に、その首を跳ね飛ばされて遮られた。


「レメディオスさん!」


「はぁい! 良い判断だったわ! ただ強い奴より、ああいったののほうが厄介ね。優先的にああいったのを頼むわね!」


「はい、レメディオスさん!」


 レメディオスはそう言うと駆け出した。

 今、城壁の上で答えた狩人は誰だったろうか。

 恐らくは新人だろう、だがいい弓の腕をしている。


 あの腕前ならば大成するかもしれない。


 そんなことを思いながら、目の前の狒々の大型モンスターの背に自慢の戦斧を叩きこんだ。

 悲鳴が上がり、怒りに満ちた眼がこちらを向く。


「レメディオスか……助かった!」


「いいから、≪回復薬ポーション≫で傷を治しなさい! 時間を稼ぐわ!」


「わかった!」


 襲われて間一髪のところだった狩人が、一時戦線を離脱する様子を横目で見ながらレメディオスは笑う。


「さて……そういうことだから、少しお相手を交代と行きましょうかね?」


 狒々の大型モンスターは怒りの声を震わし、そして猛然と襲い掛かってくる。

 レメディオスはそれを冷静に見つめながら深く腰を落とした。



「……全く、怒りやすい男はモテないわよ!!」



 巨大な爪が横薙ぎに払われ、レメディオスをそれを掻い潜るように回避して一気に近づく。

 レメディオスは経験から知っているのだ。

 真なる生への活路というのは窮地の中にこそ存在する。


「せぇやぁ!!」


 その巨体が視界の全部を覆う程にまで近づき、自慢の戦斧の一撃を浴びせかける。

 ≪怪力≫のスキルによって重武装であるはずの戦斧はまるで軽やかに舞い、だがその威力は些かも衰えることもなく。

 むしろ、威力を増して襲い掛かった。


 鮮血が舞い、モンスターの怒声と共に更なる攻撃が襲い掛かる。

 本来の理性あるモンスターならば怯む一撃も、病に侵されたモンスターはお構いなしに怒りを原動力に反撃してくる。

 レメディオスはその攻撃をいなしながらも距離は取らず、あえて近距離で纏わりつくように距離を維持する。


 当然のことながらモンスターとの距離を保たなければ相手の攻撃に被弾しやすくなる。

 モンスターとの狩猟は削り合いだ。

 人を遥かに凌駕する生命力を持つモンスターを一息に殺すのは難しい。

 故に良い攻撃を入れたら距離を取り、そして隙を伺って再度狙うというのが基本的な戦術となる。


 だが、それはあくまでも基本というだけであってどのような状況でもそれが最適というわけではない。

 特にこのような状況では。


「レメディオス! 後ろだ!」


 何処からともなく飛んできた声に素早く反応し、レメディオスは横に転がるようにして真後ろから飛んできた攻撃を回避した。

 そこに居たのは蟷螂のような大型モンスターだ。

 鋭利で巨大な鎌による斬撃、気付かずにまともに受けてしまったらどうなっていたことか。


「やれやれ、右も左も前も後ろもモンスターなんて素敵ね! でも……うまく行ったわ!」


 だが、その蟷螂の大型モンスターの攻撃は窮地を察した仲間の狩人の警告によってレメディオスに回避され、それどころ纏わりついていた狒々の大型モンスターに直撃した。

 深々と自らの身体を刻まれて、当然のように怒り狂った狒々の大型モンスターは蟷螂の大型モンスターへと殴りかかった。


 レメディオスはこれを狙って、あえて危険を承知で纏わりつくように離れなかったのだ。


「アルマン様に聞いたことがあったけど、案外うまくいくものね。まあ、あえてやろうとは思わないけど」


 二体の大型モンスターを一人で狩猟する時、攻撃を誘導して二体をぶつけ合わせて疲弊させるという手段を聞いたことがあった。

 まあ、あくまでも緊急的な手段として冗談交じりで、だが。


 普通に考えて大型モンスターを二体も同時に一人で相手をする状況なんてまずあり得ない。

 そのような状況になればさっさと逃げるのが当然なので使うことはないだろうと思っていた知識だが、この状況にはピタリとはまった。

 ≪黒蛇病≫に侵されたモンスターはどうにも人間を優先的に狙うように誘導はされているようだが、やはり完全に制御下に置かれているわけではないらしい。切っ掛けさえあれば、高まった闘争心のままに相手が何であろうと関係なしに襲い掛かるのだ。


 レメディオスは巧みに立ち回り、潰し合わせるように戦わせ、大地にモンスターたちの血化粧を施していく。


「ふぅ……思った以上に大変ね。とはいえ、出来るだけ撹乱させて城壁への負担は減らさないと……さあ、行くわよ」


 そう言って≪白薔薇≫のレメディオスは戦場を舞うように踊った。


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