第二十八話:さあ、狩猟を始めよう
小柄な男は溶鉱炉の前に座りながら、その熱をものともせずに槌を振るった。
文字通りの意味で寝る間を惜しんで、一振り二振り、防具に武具の修繕、調整などとやるべきことは沢山あった。
自身の働きが狩人を生かしも殺しもする。
ここで働く者はそれをよく理解していた。
「大親方! ここにある分は……」
「張ってある通りだ! 調整は済んだ……持っていけ!」
鍛冶屋のゴースはそう大声で答えた。
「うっす! おい、これは北門の方に持っていくように……! 大親方も少し休んでください」
「ああ、わかってる。とりあえず、やれることはやった。しばらくは寝かせて貰うさ」
ここしばらく籠り切りで節々に痛みを感じる身体をパキパキと音を立てて伸ばし呟いた。
恐らくそう遠くない内に始まるだろう、という確かな確信がゴースにはあった。
奇妙な確信だ、この≪グレイシア≫という脅威にほど近い城塞都市で、かれこれ六十年以上も生きてきたからかもしれない。
狩人でもないのに何かしら大きなことが起こる前兆というのは不思議とよく当たるものだった。
「まっ……だからといって、やることは変わらないがな」
「……? 大親方、何か言いましたか?
「いや、何でもねぇ。それよりもそっちの南門も早く持って行ってやれ、ギリギリになっちまった」
「あっ、はい。ではこっちは俺たちが……」
「頼んだぜ、一番危ないのは東門だろうが他が安全って保証はないんだ。折角、作っても間に合わなかったら意味がない」
「わかっています。そちらは何とかするんで大親方は休憩を……他の奴らにも言っておきますので」
「ああ、鍛冶屋の仕事は一旦はここまでだ。あとは……色々終わってからがまた修羅場になるだろうからな。英気を養うように言っておいてくれ」
頭を下げて調整が終わった装備やありったけの弓矢や砲弾を詰め合わせた木箱を運び去っていく弟子たちを尻目に、ゴースは大きな革張りの椅子へと深々と腰かけた。
数刻もしない内に運び出され、人もいなくなり、大工房内はガランとした静けさだけが残った。
「…………」
一人残ったゴースは無言でグラスに火酒を注ぐとそれを一飲みした。
≪グレイシア≫の男は危機に敏感でならなくてはならない、だからこそゴースは近づいてくる危機を正しく恐れ、出来る限りのことはしたという自負はある。
あとは天に任せるしか……いや、狩人に任せるしかあるまいと達観していた。
それが鍛冶屋としての分というものだ。
自身は最良の仕事をした。
ならば、後は信じるのみ。
心配事といえば終わった後の修羅場になるであろう忙しさのみ……。
「いや、一つ……あったな」
何処かいつも卑屈そうな男であった。
誰よりも努力を行い、実績を出し、信頼も置かれているというのに。
身体だけが大人になったような子供のような男のことを思い出した。
「あやつは……大丈夫なのかのう?」
この≪グレイシア≫における鍛冶屋の纏め役のようなものをしている都合上、どうしても忙しく会う機会はほとんどゴースには無かった。
最後にあったのは街の有力者を集めて諸々の事情の説明を行った際にチラリと遠目に見た時だ。
蒼い顔をしていた。
街が滅びるかの瀬戸際なのだから顔色が悪くて当然なのだろうが、ゴースとしてはあの見栄張りの貴族領主が顔色を隠せないで居たことの方が重要だった。
優秀であった。
聡明であった。
努力家であった。
だが、誰よりも臆病であった。
子供が頑張って片意地を張って偉ぶっているだけなのだと、古い付き合いのゴースは理解していた。
だからこそ、ゴースは彼のことを坊と呼ぶのだ。
そして、
ギィィイイッ。
不意に扉が開き、一人の男が入ってきた。
振り向いてその男の顔を見た時、ゴースはただ予感した。
どうやら、坊と呼ぶのは今日で最後になりそうだ。
そんなことを漠然と考えた。
◆
大工房への扉を開くとそこに居たのはゴースただ一人だった。
ここまでの道のりに人が居なかったことを考えると、色々と駆り出された結果なのだろうと俺は推察した。
それに不都合はない。
ここには取りに来ただけ、ゴースが居れば事は足りるのだ。
「ゴース……」
「あ、アルマン坊?! どうして、ここに……昨日から行方がわからないってギルドの職員がここに顔を出したぞ」
「昨日……? ああ、そうか。母さんが……」
「うん? アンネリーゼがどうしたって……?」
「いや、何でもないんだ。今は、な。それよりも状況は把握しているな?」
「ああ、≪
何かに気付いたようにハッとなったゴースはこちらを向いた。
俺はそれに対してただ頷いて返す。
「――装備を取りに来たんだ」
「そうか、そういうことか。しかし、済まねえなぁ。使えそうな性能の良い装備は大体、東門の方へ送っちまった」
「問題ない、俺が欲しいのはそっちじゃない」
ゴースの返答は想定の範囲内だった。
ゲーム内と違って、当然のようにこの世界では防具や武具をいくらでも大量に保存することが出来るわけではない。
いや、手間をかければできなくもないが質の良い防具や武具を自分のためだけに並べて置いておくなど愚の骨頂だ。
だからこそ、俺はモンスターを狩猟して新たな素材で防具や武具を一式揃えて性能を確かめた後はさっさとギルドに寄贈している。
自分が寄贈したものについては優先的に使える権利があるので維持管理を任せれば、使いたい時に使えるので楽といえば楽なのだ。
「……待て、じゃあお前は何を取りに来た」
故に、俺が寄贈せずにゴースに預けたものは少々特殊過ぎる嫌いのあるものばかり。
「――≪黒棺≫と……そしてあの預けていた≪呪狼≫防具の一式を頼む」
「≪黒棺≫……じゃと!? それにあの≪呪狼≫防具の一式じゃと!? 何を考えておる、それらは……いや、お主、何と戦う気じゃ!?」
慌てたように問い詰めるゴースに俺は答えた。
「知れたこと――災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫を狩る」
「……死ぬ気か?」
「違うよ、ゴース。俺は――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます