第二十四話:災厄の足音は近く


 ≪グレイシア≫の中央区にある≪大医院≫。

 その一室で俺は職員の一人と言葉を交わしていた。


「それで……レメディオスの状態は?」


「幸い、≪高回復薬ハイ・ポーション≫の投与も間に合いましたので一命は……ただ」


「わかっている……しばらくは休ませておいてくれ」


「それから彼がこんなものを手に握っていたのですが……」


「……そうか、すまない。助かった」


 俺は職員から受け取るとそれを懐へと入れた。

 レメディオスの顔を見たいところだが、意識を失っているとのことで後に回すことにした。

 この非常時、領主としてやるべきことは沢山ある。


「いえいえ、そんな……。アルマン様」


 背中を向け去ろうとする俺に職員は問いかけた。


「日に日に、運び込まれる狩人が増えています。それに街の様子もピリピリとして……大丈夫、ですよね?」


 俺は答えた。


「ああ、勿論だとも。共に協力して≪グレイシア≫を守ろうじゃないか。≪グレイシア≫はこんな危機なんかでどうにかなるほど軟じゃないさ」


「そ、そうですよね! ええ、そうですとも! アルマン様! 俺も出来る限りのことを頑張ります! みんなのために! ≪グレイシア≫のために!」


「ああ、頑張ってくれ」


 俺は振り向きもせずにそう答えたのだった。



                    ◆


 足取りが重い。

 無理を言って時間を作って≪大医院≫にまで行った帰り。

 この足の重さは徹夜気味な連日の疲れだけではないだろう。


「……レメディオスの馬鹿め」


 レメディオスの重傷の原因は彼の独断専行が原因だった。

 本来、今の森の中は普段の生態系も弱肉強食の理も崩壊した魔境だ。

 生半可な狩人では行って戻る事すら困難。


 それでも調査をしないという手段はこちらにはない。

 森でどんな変化が起きているのか、≪怪物大行進モンスター・パレード≫が起きるとしたらどのタイミングなのか、それは調べる必要があった。

 あるいは――謎に満ちた災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫についてのなにか手がかりが掴めるかもしれない。

 そんな淡い期待もあったのかもしれない。


 とにかく、俺たちは腕利きの金級狩人でのみ構成されたチームで森の調査を許可することにしたのだ。

 そしてレメディオスはそれに選抜された一人だった。


 選抜チームは順調に森の調査を終え、帰り際になって不可思議な聞いたこともないような声を聴いたという。

 その時はチーム内でも意見が分かれたそうだ。

 詳しく調べて報告するか、あるいはこの情報だけ持ち帰るか。


 とはいえ、≪怪物大行進モンスター・パレード≫も近く、貴重な戦力である金級狩人は無理をしないように厳命されており、大部分はこのまま無理をせずに街へと帰還する側に流れたが、レメディオスは頑として譲らずに声の主を探すことを主張。

 最後にはチームから離れてでも追うと言い捨て離脱してしまったという。


 時刻にしてそのおおよそ二刻後、別のチームが川岸に倒れ込んだレメディオスを発見。

 そして、街まで回収し……今に至る。


 レメディオスと共に調査を行っていたチームには別に苛立ちはない。

 彼らは正しい選択をした。

 チームとしての和を乱し、独断で動いたレメディオスこそ責められる側なのだ。

 それは間違いない。


 では、そんな行動を誰がさせたかと言えば……。


「俺……だっ!!」


 きっと間違いではない。

 俺があんなことを言ったからせめて≪ドグラ・マゴラ≫の手掛かりを掴もうと、レメディオスは無理をしてしまったのだ。

 そう思うと胸が苦しくなる。


 友人が死ぬところだったのだ。

 脚も重くなろうというものだ。


 貴族たらんと、領主たらんと、常に意識して伸ばしていた背筋は丸みを帯び、覇気を失いないながらも歩みは止めない。


 やるべきことは沢山あるのだ。


「アルマン様、大丈夫なのでしょうか? 街がどうにもピリピリと……」


 沢山、沢山あるのだ。


「大丈夫ですよね? アルマン様がいらっしゃれば」


 俺は貴族で。


「アルマン様ー、なんか怖いよー」


 皆から頼りにされる領主で。


「アルマン様! 俺も戦います、モンスターなんかいくらでも倒してやる!」


 だからこそ。


「貴方にご加護をアルマン様」


 俺は。


「儂はもう長く行き過ぎた……だが、孫にはまだまだ生きて貰いたい。長生きさせることが出来るのなら、こんな命は惜しくはないのだが……」




「ああ、大丈夫だ。≪グレイシア≫の民よ、皆の力を合わせてこの難局を乗り越えようぞ。ここは歴史名高き城塞都市≪グレイシア≫、モンスターなんかに負けたりしないさ」




 笑顔を作り、そう答えるべきなのだ。



                   ◆



 吐き気がする。

 吐き気がする。

 吐き気がする。


 俺は堪らず、大通りからそれ人目を避けるように横道を使い、政庁へと戻ることにした。


 俺にやるべきことがある。

 貴族として、領主として、立派に果たすべき義務がある。

 だからこそ……。


「おい!!」


 のろのろと足を進ませようとして、自身へとかけられたであろう言葉に俺は振り向いた。

 そこに居たの二人の少年と少女。


「アレクセイ……それにラシェル……」


「大丈夫なのかよ……ここ」


「アレクセイ! アルマン様にそんな言い方! ……でも」


 二人の子供は口々に俺に尋ねた。


「街は全体がピリピリしてるし、≪集会所≫のおっさんたちもみんな顔が怖くて……受付もしまったままで」


「レメディオスさんに頼ってみようと思って……そしたら、入院してるって話を聞いて」


「本当に……大丈夫なんだよな? ここは……≪グレイシア≫は! 俺たちはもうここ以外に行くところなんて……」


「アルマン様……」


 不安そうにそう俺に尋ねてくる二人の子供。

 返せる言葉なんて一つに決まっている。




「勿論だとも。アレクセイ、それにラシェル。この程度で揺らぐほど軟じゃないのさ、この≪グレイシア≫は。そして、俺も居る。だから――大丈夫だ。皆で乗り越えよう」




 そう言った瞬間、俺は本当に笑みを浮かべられていたのだろうか。

 それだけが心配だった。


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