第二十三話:凶報


 ガノンドの怒号のような声が響き、多くのギルド職員、そして狩人たちが行き交う。

 迫りくる危機に対してショックが無いとは言わないが、それでも荒事に慣れているこのロルツィング辺境伯領の人々は容易にはへこたれない。


 抗えるのなら全力で抗う。

 俺はそんな彼らの姿がまぶしいと常々思っていた。


「何やら悩みがあるようですね。アルマン様」


 ぼんやりと彼らの様子を眺めているとレメディオスが話しかけて来た。


「なにか……ご懸念があるように思えますが」


 それも≪長老≫も一緒だ。


「別に……そうでもないと思うが」


「あら? そうですか? ですが、アルマン様ともあろう御方がそんな隅の方でじっとしているなど」


「指揮権はガノンドに渡したんだ。変に口を挟むと混乱するだけだろう?」


「それはそうかもしれませんね。ただ、私としては悩みがあるからこそ……などと思っていたり」


「……だとしたら?」


「単刀直入に尋ねましょう、アルマン様。此度の≪怪物大行進モンスター・パレード≫とやら、どう考えておるのですかな? 貴方の眼から見て、≪グレイシア≫の勝ち目は如何ほどか」


「……何故、俺に尋ねる」


「貴方ほどモンスターの見識について深く、そして都市のことを熟知した御人は居ませんもの。今回の災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫についての情報だって、アルマン様からもたらされたもの……貴方以外に正しく脅威を認識できる人は居ない。そうじゃないかしら?」


「…………」


 レメディオスにそう尋ねられ、だが俺は沈黙をもって答えることしか出来なかった。


「……そう」


「なるほどのぉ」


 そんな俺の様子に二人はそれぞれ察したように顔を少しだけ伏した。


「……厳しいとみているのですね」


「総力を結集すれば撃退することは出来なくは無いと思っている」


 希望的な観測を捨てて冷酷に分析した結果、この≪グレイシア≫に居る狩人、装備、アイテム、あらゆるものを総動員すれば、想定される百を超えるモンスターの群れとて勝率は悪くはないというのが俺の予想。

 だが、勝てたとして膨大な被害が出ることが避けらないというのが俺の気を重くしていた。


「防具や武具は壊れても修理すればいい。アイテムや≪回復薬ポーション≫も使い切った所で≪グレイシア≫さえ無事なら、後でいくらでも生産も補充も出来る。城壁も多少崩れても時間をかければ元通りだ。だが……」


 人は一度死んでしまえば修理も補充も出来ない。

 ゲームのように残機があるわけでも無く、ゲームオーバーになったからと言って気を取り直してリスタート……というわけにはいかない。


「…………」


「仮に防衛が出来たとしても、どれだけ甘く見積もっても三割は被害が出る」


「なんと?! それは……」


「甘く見積もって……三割だ」


 ≪長老≫は俺の言葉に厳しい顔を作ったが、レメディオスの反応は薄い。

 おおよそ、察してはいたのだろう。

 仮にただ下位、中位のモンスターの群れが攻めて来ただけならば、それが百を超しても余裕とまではいかなくとも対処は出来ただろうが……。


「≪黒蛇病≫による≪狂暴≫状態とやらを考慮すると……妥当な所ね」


「それだけの狩人が一斉にいなくなれば都市の機能は低下する。単純にロルツィング辺境伯領の危険度が増加し、安定していたモンスターの狩猟も難しくなる。交易ルート確保に狩人を回す余裕もなくなるし、それは今の物流の縮小に繋がる。そうなれば装備やアイテムの充足も難しくなる」


「狩人の仕事もやりにくくなりますな……」


「改善していた狩人の死亡率も悪化することになるだろう。そして、狩人の数が減れば負担が増加して……」


 負の連鎖というやつだ。

 ハッキリ言って良好に見えていた領内の運営が一気に暗雲がかかることになる。

 それに何よりも、だ。


「仮にこの≪怪物大行進モンスター・パレード≫を凌ぎ切ったところで、問題の根本的な解決に繋がらないということだ」


「≪ドグラ・マゴラ≫を倒さない限り、また同じことが繰り返されるだけってことね」


「ふぅむ……」


 そう、それこそが一番厄介な所だ。

 結局のところ問題の根幹である≪ドグラ・マゴラ≫が生きている限り、脅威の排除とは言えない。


 災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫は確実に狩猟しなければ、この≪グレイシア≫の将来は無いと言っても過言ではない。


 ――ゲームではただのフレーバーな設定でしかなったのに、現実になるとこれだけ脅威だとは……っ!


 俺は内心で歯噛みした。

 頭の中で何度も打開策を考えても思い浮かばなかった。


 それだけ≪黒蛇病≫という固有能力は厄介だった。


 ゲームでは所詮設定でしかなく、戦闘時においてエリアに存在する他の大型モンスターを≪狂暴≫状態にさせてプレイヤーに嗾けるのだが、ハッキリ言ってそれだけの能力でしかない。


 ぶっちゃけた話、システム的なエリア設定によって大型モンスターは同じエリアには最大二匹までしか存在することが出来ないので、戦闘中に≪黒蛇病≫で操れるモンスターは一体が限度となる。

 そうなると単に二体同時に大型モンスターの相手をする依頼クエストと変わらなくなるわけで、それならば一匹ずつ引き剥がして戦うなり、慣れてくれば攻撃を仕掛けてくる二匹の間を避けまくって互いに殴らせて倒す……なんて倒し方も生まれる程度には大した能力ではなかった。


 だが、現実に出てくればどうだ。


 ――当然のようにこの世界にエリア設定なんて都合のいい概念はない。そして、やつは今この時も≪黒蛇病≫をばら撒いて≪狂暴≫状態にしたモンスターを増やしている。


 今の森の中は正しく魔境となっているだろう


 殺戮と死が満ち、

 屍山血河を築き上げ、

 そして更なる血を求め怪物たちは群れを成してやって来る。


 恐ろしい力だ。

 ≪龍種≫において最弱の龍と言われた災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫。

 だが、実際にはその存在に相応しき災厄だ。



「最も確実なのは≪ドグラ・マゴラ≫自体を狩猟してしまうことだ。そうすれば≪黒蛇病≫も解けるはずだ……≪黒蛇病≫は奴が齎したものなのだから。だが、倒す手段がない」


「むぅ……」


「俺の見立てなら金級狩人ならば戦えば勝つことは出来るとは……思う。だが、やつは森林の中を移動しているだろう。モンスターのテリトリーで……しかも、今の極度の緊張状態にある森の中を彷徨って≪ドグラ・マゴラ≫を見つけ出し、そして狩猟する。まともに考えて不可能だ」


「確かに……普段の森の状態でも、手がかりの無い状態で一匹のモンスターを見つけ出すなど、よほどの運が無ければ……。人海戦術……という手段もありますが?」


「それこそ、ナンセンスだ。狩人を大勢入れてもモンスターを刺激するだけだ。大規模な衝突になりかねない」


「……………」


「やつらのテリトリーで衝突するより、まだ万全の準備を整えて≪怪物大行進モンスター・パレード≫を迎え撃った方が……だが、それでは結局のところ……被害も……くそっ」


「アルマン様……」


 考えがまとまらず、貴族として、領主としての取り繕いが出来なくなっていく。


「……すまない、少し疲れたようだ。ともかく、色々と考えてみる。この≪グレイシア≫を共に守ろう」


 俺はそう早口に言い切ると二人の顔を見ずに足早に去ることにした。

 弱みを見せたくなかったのだ。

 だからこそ、




「……なるほどね」




 背後で覚悟を決めたように表情を引き締めたレメディオスに俺は気付きもしなかった。



                  ◆



 そして、≪グレイシア≫に非常事態宣言が発令して三日目。

 対策本部が敷かれた政庁の議事堂に血相を変えて一人の中年の狩人が飛び込んできた。

 そして、叫ぶように声を上げた。



「大変だ! ≪白薔薇≫のレメディオスがやられた!!」




 その言葉を聞いた時、俺の中で何かがガラガラと崩れていくのがわかった。



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