第二十二話:≪グレイシア≫を防衛せよ



「≪怪物大行進モンスター・パレード≫なんて……あり得ない!」


 俺の言葉にシンと静まり返った部屋に一人の狩人の声が上がった。

 それはまるで悲鳴の様で、だがそこにそれを笑う者は居なかった。

 誰もがそれが発生した場合の危険性を正しく認識し、現実に起きて欲しくないと否定したい気分になったのは同じだからだ。


 モンスターは人より強い。

 それはこの世界の絶対の理だ。


 それでも人類が対抗することが出来たのは、所詮はモンスターは個でしかなかったからだ。

 モンスターというのは一つの括りでしかなく、多種多様なモンスターたちは彼らの中でも弱肉強食の理のよう食物連鎖の中に居る。

 強きモンスターであればあるほど、彼らは群れを作らずに存在する。


 比べて人類は数が多く、弱いからこそ群れる。

 その群れで様々な挑戦を行い、協力し合い、助け合うことによって対抗してきた。

 集団の力こそ、人類の武器であると言える。


 数こそが武器。


 だが、その数をモンスター側が克服してしまったら?

 一斉に襲ってきた場合、人類はどれだけ対処が出来るだろうか。


 人はモンスターより弱い。

 それはこの世界の絶対の理だ。


 金級、銀級、銅級の狩人の等級。

 それらはおよそ上位、中位、下位のモンスターに対応している。


 では、金級の狩人ならば上位モンスターを必ず狩れるのか?

 そう聞かれれば……難しい、と答えることしか出来ない。


 金級であれば上位モンスターに対応できる。

 それは間違いない。

 銀級が中位、銅級が下位……それも間違いではない。


 だが、確実に狩れるのかと言われると……難しいと等級を決定しているギルドは答えるだろう。


 それというのも狩人の等級というのは、これまでの実績を考慮して決定するものだ。

 狩猟したモンスターの数、種類、こなした依頼クエストの数、難易度などを総合して勘案するわけだが、重要なのは狩人業というのは基本的に二人以上のチームを組むことを推奨されていることだ。

 不測の事態における生存率が全く違うため、当然と言えば当然。


 依頼クエストの大半をソロで行うゲーム主人公プレイヤーがおかしいのであって、決まったチームを持っておらず基本は一人で動くことが多いレメディオスも、依頼クエストの際に助っ人的な立場として混ぜて貰うことが普通なのだ。


 つまるところ、ギルドに定められた狩人の等級というのはあくまでチーム行動を前提にした者であってソロ討伐を基準にしたものではない、ということだ。

 自身より等級の低いモンスターなら余裕をもって倒せるだろうが、同じ等級の場合は……やはり、不安が残るというのが正直なところだ。


「しかも、≪黒蛇病≫なんて病気のせいでモンスターの危険度が上がっているんだろ? そんなの……っ!」


 そして、それが一番の問題に直結する。


 今回襲撃してくるモンスターは≪黒蛇病≫に侵されている。

 相手の攻撃力は上昇し、真っ当に戦うのは対応している等級では厳しい。

 ≪黒蛇病≫に侵されたモンスターは、下位ならば銀級。中位ならば金級が対処した方が確実なのだが……。


「……アルマン様はその≪怪物大行進モンスター・パレード≫が起こった際、どれほどの数のモンスターが侵攻してくると考えている?」


 ギルドマスターたるガノンドが厳しい顔をしながらそう問いかけてきた。

 俺はそれにハッキリとして返す。


「下位、中位モンスターを含めてまとめておよそ……最低でも百」


「百ッ!?」


 部屋の中に悲鳴が木霊した。



「ああ、百を超えるモンスターの群れの襲来を俺は想定している」



「そんなっ?!」


「どうあがいても数が足りないぞ!?」


「しょ、証拠は……何か証拠はあるんですか? そんな古文書の話だけじゃなくもっと明確な……」


「無い」


 俺はきっぱりとそう答えた。

 なっ、と息を呑んだ狩人に続けて言った。


「だが、これが考えうる限りの最悪だ。そして、そうならないという証拠も、根拠もまた……無いんだ」


 血反吐を吐くよう気分で俺は声を振り絞った。

 心底これがただの考えすぎであって欲しいと思っている。

 ゲームのストーリーのようなことは起きず、≪ドグラ・マゴラ≫も何処か別の遠いところへ去って、悲観的な馬鹿な領主の笑い話で終わってくれればどれだけいいだろうと。


 だが、冷静な頭の部分はそんな都合のいいことはあり得ない、と俺に囁いてくる。



「……………」



 重苦しい沈黙が部屋の中に満ちた。

 誰も声を上げずに時計の秒針が一周した頃、唐突にガノンドが声を上げた。


「よぉっし、わかった! つまりはこの≪グレイシア≫の危機! いや、ひいてはロルツィング辺境伯領全域の危機ということだな!」


 ガノンドの言葉は大袈裟ではなかった。

 城壁によって囲まれた城塞都市である≪グレイシア≫はロルツィング辺境伯領一の狩人を保有する都市であり、最大の防衛施設であり、大規模化した≪薬草農場≫を持つ≪回復薬ポーション≫生産拠点でもある。

 ここが健在である以上、ロルツィング辺境伯領に何かしらのトラブルが起ころうとも対処は可能だ。

 だが、もし万が一にでも≪グレイシア≫が機能不全を起こすようなことがあれば、ロルツィング辺境伯領全域はモンスター被害によって衰退していくのは目に見えていた。


「つまり、この≪グレイシア≫を守る事こそ、ロルツィング辺境伯領の全てを守ることに繋がるということだ! ふふっ、滾って来たなぁ!」


「ぎ、ギルドマスター……滾るって」


「なんだなんだ! 滾らないのか!? 燃えてくるだろうが! 敵が百を超えるモンスターの群れ……? 上等じゃないか、ここは狩人の街! モンスター相手に怯える者など居ない! ≪グレイシア≫は幾度の危機を乗り越え、今もここにある! 度重なるモンスターの襲来、襲撃を打ち破り、祖先は我々に繋いだのだ! 祖先に出来たことが我々に出来ないはずも無い!」


 ガノンドは豪快に部屋の空気を笑い飛ばすと、捲し立てるようにそう発破をかけた。


「そ、そうだ。ここは城塞都市≪グレイシア≫だぞ」


「モンスターたちが森から出て攻めてくるというのなら城壁の兵器だって使える……」


「ああ、あいつらのテリトリーからこっちのテリトリーに出てくるなら……やりようはある、か?」


 ガノンドの発破にあてられて、部屋の空気が徐々に温まっていくのを感じる。




「その通りだ! 確かにちょっとビックリはしたが……災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫、何するものぞ! ≪怪物大行進モンスター・パレード≫、何するものぞ! この≪グレイシア≫の歴史の一つとして後世に残してやろう!」



 ギルドマスターとしての覇気を纏い、そう宣言するとガノンドはギルド職員を呼びつけると次々に指示を出した。


「市民や狩人たちへ伝えるための準備を始めろ! 依頼クエストは全て一時中断、依頼クエスト中の狩人を呼び戻せ! 大城門の開閉に制限を! それと城塞兵器の稼働を何時でも使えるように手配を頼む! それから錬金塔と工房区にも使者を送れ! それと……アルマン様!」


 ガノンドがこちらに話を振ってくる。

 俺はそれに応えるように頷くと宣言した。


「≪グレイシア≫に緊急事態宣言をアルマン・ロルツィングの名において発令する。政庁にて対策本部を設立する、その総指揮権をギルドマスター・ガノンドに移譲する。こういう時のために備蓄していた≪回復薬ポーション≫も自由に使って構わない」


「はっ! ありがたく!」


 片膝をついてうやうやしく頭を下げるガノンドに俺はただ命じる。


「求めることはただ一つ……」




「――≪グレイシア≫を防衛せよ」




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