第二十一話:災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫


「災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫……っ?!」


「災疫龍……つまりは≪龍種≫ということか?」


「≪龍種≫……それは中々物騒な存在が出てきたわね」


 ≪長老≫の放った言葉に室内に於けるざわめきが最高潮に変わった。

 それも当然であろう、≪龍種≫とはモンスターの頂点。


 伝承や伝説の中に存在する、この世界における脅威なのだから。


 災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫。

 それは『Hunters Story』のストーリーの進行において登場するであり、最初の≪龍種≫としての敵。

 ゲーム主人公プレイヤーが狩人としての階級を上げる過程、中位である銀級から上位である金級に上がるための試験を行う時期にこのイベントは発生した……


 ――それなのに何故っ!


 俺は苛立ちに歯噛みした。

 本来ならばこのイベントが発生する前にまだいくつもイベントが起こるはずなのだ、ゲームの仕様通りならば。

 銅級から銀級に上がる時とか、それ以外にも小さな……だけど終わらせないとストーリーが進行しないイベントや依頼クエストだってあったはずなのだ。

 それにゲーム主人公プレイヤーが来るはずだった≪ドルマ祭≫からも一週間も経っていないのだ。

 時間的に見ても……。


 ――いや、明確に時間経過があるゲームじゃなかった……確かに。


 俺はそう思い直した。

 思い出してみれば別にそういう描写もなかったし、そもそもそれ以前の段階で色々と俺自身が介入しているのだ。

 あり得ないというのは、ただの勝手なこちらの思い込みでしかない。


 ――それにそうだ……思い返して見れば予兆はあったんだ。≪リードル≫……≪リードル≫の不猟だ。≪ドグラ・マゴラ≫の≪黒蛇病≫を引き起こす鱗粉に敏感で、やって来るのを察して一帯から逃げ出す……そういう設定があったじゃないか。


 そんなことを思い出しても今更だ。

 或いは本来ゲーム主人公プレイヤーが解決するはずだったトラブルや依頼クエストを俺が気付かなかっただけで、誰かが済ませたから早まったのかと思いをはせるも……。


 ――……って、そうじゃない。そうじゃないだろう! 重要なのはなぜこうなったかなんてことじゃない、この事態をどう対処するべきか……ということだ!


 俺は冷静に災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫の情報について整理する。


 まず≪ドグラ・マゴラ≫は『Hunters Story』における最も強いモンスター種の≪龍種≫のモンスターだ。

 とはいえ、あくまでもストーリーで倒せる敵、しかも別にラスボスというわけでない。

 上位への壁となるモンスターとして登場するだけあって、それなりに強くはあるが理不尽な強さというわけではない。

 ≪龍種≫なだけあって体力が無駄に高いが、単体の強さにおいては恐らく金級のチームであたれば問題なく倒せるというのが俺の目算だ。


 問題があるとすれば、ゲーム的な強さではなく設定上におけるだ。


「災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫は特殊な鱗粉をばら撒くことで、それを浴びた大型モンスターを≪黒蛇病≫へと侵すことが出来る」


「アルマン様……?」


 不意に口を開いて喋り始めた俺に部屋の中の注目が集まった。

 俺はそれを無視して話を続ける。


「≪黒蛇病≫に侵されたモンスターは闘争本能を過剰に刺激され、≪狂暴≫状態という特殊な異常状態になる。≪長老≫の言った通りに自らの命すら頓着しないほどの攻撃性を得る代わり死にやすくもなる。災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫はこれをばら撒くことで一帯に混沌を生み出す」


「混沌……」


「≪黒蛇病≫に侵されれば下位のモンスターとて中位のモンスターを殺し得るほどの攻撃力を発揮する。それが手当たり次第にばら撒かれればどうなる? そこで成り立っていた弱肉強食の食物連鎖の全てが壊れていく。闘争本能のみで死ぬまで暴れ続ける≪黒蛇病≫に侵されたモンスターが、大森林の中で成り立っていたバランスを壊していくんだ。もはや、元の秩序に意味は無くなる。そして、深層からやって来たその混沌の波に追われるように……」


「そうか、なるほどね。表層に現れたやつらは逃げ出してきた奴ら。追われるようにやって来たということね。それにしてもアルマン様、お詳しいのですね」


「古い文献で見たことがあるんだ。帝都の方でな。確証が得られなかったから≪長老≫にも確認を頼んだが……。重要なのはここからだ」


 レメディオスに尋ねられるが俺は堂々と嘘をつき誤魔化すことにする。

 情報を隠しておける段階では無いしどうせ調べようにもないことだ、そういうことにしておいて話を進める。


「≪黒蛇病≫の発生が確認された以上、≪ドグラ・マゴラ≫が居ることは間違いない。恐らくは深層に近い部分にやって来たんだと思う、そしてそこでは≪黒蛇病≫による壮絶な殺し合いと生態系の大崩壊が起きた。その結果、奥から追い立てられるようにモンスターがこっちに流れている……そこを考慮するとこれでは終わらないだろう」


「もっと大勢のモンスターが表層に現れるかもしれない。そうお考えですかな? ふむ、大変な危機の様ですじゃな。街の危機じゃ、どれ儂も持っている古文書を解析して何かお役に……」


「いや、それはいい。その……なんだ。帝都で似た古文書の解析分はもう読んだから内容は知っている」


「えっ、そうなの? そっか……。って、あれ? 儂、アルマン様に古文書を見せたことありましたかな?」


「……いやー、あったと思うよ? うん」


 俺は首をかしげる≪長老≫から若干の目を逸らしながらも押し通すことにした。

 ≪長老≫が古文書を解読するイベントを待つ余裕がこちらにはない。

 なのでさっさと言ってしまうつもりだが、そうなると≪長老≫がやることは完全に無駄骨になるので流石に止めないと可哀想な気がしたのだ。

 活躍の場を奪ってごめんね。


「あれー、そうだったかのう?」


「そうだ、間違いない。……では、話を続ける」


 俺は咳払いをして話を続けることにした。

 正直に言えば気が重いが言わないと始まらない。



「……恐らく、今までの出来事はまだ予兆でしかない。モンスターが続々と表層に上がってきているのも、大森林全域がピリついてモンスターたちの気が立ち、狩人に襲い掛かっているのもただの予兆だ」


「何が起こると考えているんだ」


 気が重そうに口を開いた俺の様子に部屋の中の誰もが息を呑み、ガノンドが代表として尋ねてきた。


「古文書には災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫によって滅ぼされた古代の都市についての話が有った。冷酷にして残忍、命を奪うことに愉悦を覚える≪ドグラ・マゴラ≫は多くの命がある場所に引き寄せられる習性がある。そして、やつには≪黒蛇病≫に侵されたモンスターをある程度、操ることが出来る力もあるとか……。あくまでも凶暴化した意識に指向性を持たせる程度のものだが、この力によって一夜にしてその都市は滅んだという」


「多くの命がある場所に引き寄せられる習性……≪黒蛇病≫に侵されたモンスターを操る力……一夜にして滅んだ都市……まさか!?」




「ああ、やつは≪黒蛇病≫に侵され狂暴化したモンスターの群れをその都市にぶつけて滅ぼしたんだ。そこに住んでいた人々は勿論、病によって死ぬまで暴れ続けさせられたモンスターの骸の山を作り、それを食して眠りについた」


「それが……目覚めたというのか!? そして、またそれが引き起こされようとしていると!?」


「俺は……そう睨んでいる。モンスターの群れによる襲撃……≪怪物大行進モンスター・パレード≫の発生を」



 それが本来のストーリー。

 そして、イベントだったからだ。


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