第二十話:災疫の足音
ギルド本部。
その中の大部屋の一室に幾人もの名のある狩人たちと共に俺は待機していた。
「……………」
重苦しい沈黙が満ちている。
集められた狩人たちは何れもこの≪グレイシア≫で名を馳せた上級狩人で、狩人たちを代表して集まって貰った。
最終的に他の狩人たちも知ることになる……というよりも、
この城塞都市の全てを挙げて対応する必要があるのだ。
どうせ全員知る羽目になるのだが、一先ずの方針も決めないままに公開できる問題でもない。
だからこそ、来て貰うしかなかった。
指示を出す際にそこまで頭が回る冷静さが残っていたのは俺としても意外だったが……。
「アルマン様……いったい何が……」
「……………」
上級狩人の一人として一緒に来て貰ったレメディオスが声をかけてきた。
アレクセイとラシェルは当然のようにこの場には居ない。
≪見習い≫に出来ることなど無く、何か言いたげな目で二人はこちらを見ていたが俺にはそれに応える余裕などはなかった。
「ギルドマスターや≪長老≫を呼ぶように指示していたことから察するに、なにか重大なことが起きているというのはわかるのですが……」
「≪長老≫……?」
「アルマン様が≪長老≫を?」
「ギルドに呼ばれたんだ。ギルドマスターはわかるが……」
レメディオスの言葉に部屋の中の狩人たちがざわめいた。
俺自身、深く事情を説明せずにギルドに要請して集めさせたので当然と言えば当然に彼らは事情を理解していない。
皆一様に戸惑ってはいたが領主である俺の緊急の要請ということで、何やら問題が起きていることは察していたのだろう。
大人しくこちらの様子を伺って静かに待っていたのだが、出てきた言葉が意外だったのか口々にそう言い合った。
「今、≪長老≫が確かめに行っている。帰ってきたら……事情を話すとしよう」
≪長老≫。
そう言われる人物がこの≪グレイシア≫には存在する。
別に≪長老≫という名前なのではなく、ちゃんと名前があるそうなのだが本人がそれを忘れてしまったため、皆その人物の存在のことを≪長老≫とだけ呼んでいる。
フードを被った小人の老人で、ボロボロになった王冠を常に頭の上に乗せているのが特徴だ。
≪長老≫はこの東の果てと呼ばれる地域に細々と生きていた≪森の民≫の末裔であり、嘘か真か年齢は二百歳以上と噂されている生き字引。
≪グレイシア≫にはおよそ五十年以上前から住みついており、この年齢まで生き延びていただけあって知識や経験も多く、その助言に助けられた狩人も多く街でも親しまれている存在だ。
この部屋の中の狩人の中にも若い頃にお世話になったものは多いだろう。
そして、それは
≪長老≫は色々な狩人としての成長に必要な要素を教えてくれて、そして何よりも『Hunters Story』のストーリーの進行にとって重要なキャラクター。
彼はその特殊な設定により、今は途絶えてしまった伝承や御伽噺に詳しく、それは未知のモンスターの正体を探る過程において重要な情報源になるのだ。
ガチャリとドアが開き、二人の男が入ってくる。
重々しい顔をした二人の人物。
一人はギルドマスターのガノンドであり、もう一人は件の≪長老≫だ。
言葉を発さずともその表情に嫌な予感を感じたのだろう、部屋の中がピリリッとした緊張感に包まれた。
「戻りましたぞ、アルマン様……」
そして、≪長老≫が口を開いた。
ゲームの時と同じく重大な危機を告げるべく、彼は言葉を紡ぐのだ。
「……どうだった?」
「……間違いありません。あの蛇が這った後のような黒き痣。あれは≪黒蛇病≫によるものかと」
「≪黒蛇病≫……?」
聞き慣れぬ言葉に狩人の一人が疑問の言葉をあげる。
それに応えるように≪長老≫は言葉を続ける。
「≪森の民≫の伝承じゃ。呪われし強大な力を持ったモンスターの話じゃ。そのモンスターは病を振りまく力を持っておった、モンスターのみにかかる病じゃ。その病にかかると黒き蛇の這った痕のようなものがそのモンスターに浮かび上がる……」
「それが≪黒蛇病≫? ……それで、浮かび上がるとどうなる?」
「……そのモンスターは凶暴さを増し、己の身など顧みないないほどに暴れ狂い、そして手当たり次第に周囲に襲い掛かると言われておる。それこそ、死ぬまでな」
「自らの身を顧みないほどに暴れまわる……? モンスターが?」
「そんなことをされたら溜まったもんじゃないぞ」
部屋の中の空気がざわめいた。
ここに居る狩人は誰もが良く理解しているのだ。
人類とモンスターでは圧倒的に生物としてモンスターの方が強いということを。
無論、それを理解した上で狩猟するために装備を整え、アイテムを駆使し、仲間との連携を、技術を鍛え、知識を蓄え、彼らは対抗してきた。
そして、その経験こそが教えてくれる。
もし、仮にモンスターが生物として当然の自己の身を守るという防衛本能を放り捨てでもして暴れた場合、その厄介さがどれだけ跳ね上がるだろうか……っと。
モンスターとて、生き物であるのは確かだ。
自身の生存、命こそを最も大切にする。
彼らにとって狩りとはあくまで生きるためにするもので、命を賭して続行するものではない。
常に余力を残して挑むものであり、ましてや自らの身を削ってでも行うものではないのだ。
だが、≪長老≫の言う通りの黒蛇病にかかったモンスターはそうではない。
≪狂暴≫状態。
ゲームでは名の付けられた特殊異常状態になり、モンスターは暴れまわることになる。
我が身を顧みない苛烈さのせいで防御力が下がる代わりに、攻撃力は激増する。
それが≪黒蛇病≫。
「言ってみればあと少しまで追い詰められたモンスターのように、病にかかったモンスターは皆暴れ狂うということよ」
「それは……」
ざわめきが大きくなった。
ここに集められた上級狩人ならば改めて説明されずともそれが危険なことがわかる。
追い詰められたモンスターほど怖いものは無い。
そんなものは常識、それに殺された同業者なんていくらでもいるのだ。
「その痕が残っていたとされるモンスター、下位のモンスターだったらしいがそうとは思えないほどの強さと迫力だったと……報告にもあった。幸い、かち合ったのは銀級のチームだったから問題なく狩猟できたようだが」
ガノンドがそう付け加えるとざわめきが強くなった。
「それは……だいぶマズいんじゃないか? 下位のモンスターでそれだったんだろ? じゃあ、中位のモンスターがかかったら……」
「安全を考えると金級が対応した方がいいんだろうけど……」
「いや、それもそうだが銀級のチームでも少し手古摺るぐらいに強かったというのなら銅級では……」
「待った。その前にそれにかかったモンスターは手当たり次第に襲い掛かると言ったよな。もしかしてモンスターの襲撃例が増えてるのって……」
「≪解体場≫のあの状態はまさか」
俄かに騒がしくなる部屋の中。
俺は口を開いた。
「――森の奥で何かが起こっている。恐らく、今の異変はその前兆だ。そして、その正体はその≪黒蛇病≫……いや、それを撒き散らしているモンスターだと俺は踏んでいる」
突如として口を開いた俺にピタリと喧騒が止んだ。
それを無視して俺は≪長老≫に続きを促した。
「……≪長老≫、貴方はどう思う」
「そのモノは病を振りまき、病に侵されたモンスターたちが殺し合う様を冷酷に、酷薄に見下ろし、そして全てが死に絶えた後、その屍を貪るという」
「そのモンスターの……名は?」
「――災疫龍≪ドグラ・マゴラ≫。伝承においてそのモンスターはそう呼ばれておりました。恐らくは彼の者の再来かと」
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