第十九話:不穏な風
何事もなく街へと帰りつき、≪集会所≫で受付を済ませると俺たちはそのままある場所へと向かう。
そこはギルドの保有する地区の一部、大勢の人が行き交う巨大な建物だった。
≪解体場≫という施設である。
「≪解体場≫……ですか?」
「まあ、名前の通りよ。その名の通り、モンスターを解体するための施設ってわけね。狩猟された遺骸はここにまず運び込まれるの。大型モンスターって巨大過ぎて人の手で解体するには重労働過ぎるからねぇ。さっきの≪オル・ボアズ≫を想像すればわかると思うけど、大型の機具なんか使わないとやってられないってのはわかるでしょ?」
「なるほど……、さっきの≪オル・ボアズ≫もここに運び込まれるんですか?」
「そうなるね。帰り際に狼煙のようなものを上げただろ?」
「ああ……なんか変な色と臭いがした……」
「あの煙を頼りに、さっき受付に行った時に頼んだ解体屋が地点に班を送って遺骸を回収する手はずになっている。解体屋ってのは……まあ、その名の通り、狩猟された遺骸を回収する仕事をしている人たちでな。専属の狩人と一緒に班で潜って回収して持ち込んで解体するわけだ。個人で持ち帰るには大きすぎるからな」
「なるほど……」
「それで解体したモンスターの素材や値段の一部が後日狩人に渡されて、残りは解体屋やギルドがって感じかな」
「狩猟したのに全部は貰えねぇのかよ」
「解体屋が居なければそもそも回収できず放置されて、他のモンスターに亡骸は食われるか腐り果てるかのどちらかしかないわねぇ。まあ、あっちからしても阿漕な真似はしないわ。狩猟をする狩人が居なければ仕事がなくなるんだし、共存共栄ってやつよ」
「けっ、そうかよ」
アレクセイは相も変わらず態度は悪いが素直に質問するようになった辺り、だいぶ改善はしているように思える。
俺はその様子を少しだけ笑うとまた色々な知識を二人の新人狩人に伝えていく。
何というか新鮮な気持ちだ。
――確かにいい気分転換にはなったのかな。
そんなことを考えながら今日の新人研修の締めとして、俺は≪解体場≫の奥へと向かう。
狩人としてやっていくなら解体屋の連中と顔を合わせておいて損はない。
「この先が一番大きな区画だ。回収されたモンスターの遺骸はここに一旦集約されて、それぞれ……んっ?」
ふと、何か生ぬるい風が俺の頬を撫でた。
「あら……何か騒がしいわね? まあ、いつも騒がしいといえば騒がしいのだけど」
レメディオスがそんな呟きを漏らした。
「わあ、モンスターがあんなに」
「すげぇ、見たこともないやつも……」
アレクセイとラシェルはそんな声を漏らしながら目を輝かせている。
それは仕方ないことだろう。
大迫力のモンスターの遺骸が集められ、並べられている光景は圧巻の一言だ。
その間を大勢の人々がめぐるましく行き交い、大型機材の音が鳴り響く騒がしい様はいつも通りに見えるが……。
――なんだ?
どうにも違和感を覚え、そして気づいた。
「……今日は多いな」
「ええ、そうですね。いつもより」
「えっ、何か変なんですか?」
「いや、単にいつもより運び込まれているモンスターの量が多いな……っと。ここまで満杯になるのは珍しくて……。ああ、きみ少し良いか?」
俺は近くを通っていた≪解体場≫の忙しそうにしていた雇われ人の一人に話しかけた。
相手は迷惑そうな顔をして振り向くが、相手が俺だと気付くと慌てて姿勢を正した。
「あ、アルマン様でしたか! お久しぶりです、何かご用でしょうか!」
「ああ、ちょっと顔を出しに来たんだが……なんだ、今日は随分とモンスターが多いな? 何かあったのか?」
基本的にモンスター狩猟は
別に
命懸けなのだから出来るだけ報酬が多いのを求めるのは自然なことだ。
よって
≪解体場≫はそこから需要を推測してシフトやら人員を調整して余裕をもって仕事をしていたはずなのだが……。
俺には明らかに今の≪解体場≫はキャパオーバーしているように見えたのだ。
「ええっ、実は今日に限って
「ああ、あるわね。別に珍しいことではないけど、偶然に重なっちゃったのかしら? ご愁傷様」
「大変ですよ、本当に。≪解体場≫としては来れば来るほど嬉しいと言えば嬉しいんですけど、こうも一気に来るのは――」
男の愚痴に近い言葉を聞き流しながら、俺は狩猟されたモンスターを見た。
嫌な予感がする。チリチリとした感覚が働く。
突き動かされる焦燥感にかられるままに見渡して気づく。
「……中位モンスターもチラホラといるな」
「あら、ほんと」
「あいつらはどこで討伐されたんだ?」
「えっと……たしか表層の部分で。迷い込んで来たんですかね?」
「表層……」
≪ゼドラム大森林≫は大まかに表層、中層、深層など区分が存在する。
非常に大雑把ではあるが奥に行けば行くほど、上位のモンスターが存在し、表層……つまり、≪グレイシア≫に近いほど下位のモンスターばかりとなる。
中位のモンスターは主に中層に存在。
無論、迷い込んで表層に出てくる事例は別段それほど珍しくもないが……。
「それでもこの数はおかしいわね。一匹や二匹ならいざ知らず、同時期に複数匹も……」
「それは……確かに。出会ったのが銀級の狩人のチームだったから良かったものの……森で何かが?」
「どう思いますか、アルマン様。……アルマン様?」
不穏な空気が漂う。
俺はレメディオスの声には返答をせずに柵を乗り越え、そして直接にモンスターの遺骸を確認する。
――まさか、冗談だろ……?
ある一つの不安が俺の心には浮かんでいた。
それを否定するための材料を探す。
あってはならない。
信じたくない。
――だが、だとしたら……っ!
俺の必死の願いも虚しく、声が上がった。
「うわっ、なんだこれは……っ! 変な……痣? まるで蛇が這いずり回ったかのような……黒い……何かの病気か?」
それは俺にとって最悪の言葉だった。
だが、聞いたことのある言葉でもあった。
ただし、それはゲームの中で……という話だが。
「……≪長老≫を呼べ」
「えっ、アルマン様……?」
「≪長老≫を今すぐここに呼べ! そしてガノンドもだ! 早く!」
「は、はい!!」
すぐ側に居た若い作業員に怒鳴り声を上げ、そして俺は天井を見上げた。
「最悪だ……順番通りじゃないのか畜生っ!」
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