第十八話:≪怪物狩り≫の名


 ≪オル・ボアズ≫を倒して二人は俺のことを認めてくれたようだった。

 その後の新人研修については比較的にスムーズに進み、二人に再度小型モンスターを倒させたり、基礎的な知識を実地で教えたりと、予定していた分を終えることに成功した。


「いやー、認めたというより二人とも驚いちゃったんだと思うですけどね。アルマン様の狩猟は独特ですから」


 俺がそんな感想を漏らすとレメディオスはそんな風に答えた。


「えっ……何か変だったか?」


 基本的にソロで狩猟に出ていることが多いし、立場が立場だから皆黙っていたのだろうかとショックを受け、俺は街へ帰るための荷造りをしているラシェルに尋ねた。


「そ、そんなことありません! アルマン様、凄かったです! あんな大きなモンスター相手にひらりひらりと戦って……かっこよかったです!」


「そ、そうかな?」


「そうだよね、アレクセイ!」


「……まあ、そこそこ動けることは認めてやらないでもない」


 同意を求められたアレクセイは本当に渋々とだがそう答えた。


「もう、アレクセイったら……」


「ほほほっ、良くも悪くも効率的過ぎる戦い方ですからね。狩人の戦い方というのはもっと荒々しいものだと思っていた新人には目の毒でしょうよ」


「そ、そうです! なんていうか感激しました。まるで手玉に取るように立ち回って」


 ラシェルはそう言ってはくれるが物は言いようだと俺は素直に思う。

 やってることはちょっと削っては距離を取ってちょっと削っては距離を取っての繰り返しだ。

 残機のあるゲームの時ならもうちょっとアグレッシブに攻め立てることが出来ていただろうが、単に万が一の反撃が怖くて追撃が出来ない情けないだけの男だ。


「ええ、流石は≪怪物狩り≫の二つ名に相応しき流麗な狩りでした」


「か、怪物狩り?」


「アルマン様の二つ名よ。この≪グレイシア≫でアルマン様以上にモンスターと戦い、そして記録を取った御人は居ないわ」


「記録……?」


 不思議そうに顔を傾けるラシェルに対して、俺は懐から記録水晶を取り出した。


「これは?」


「古代文明の遺産でね。狩猟の記録を映像として残すことが出来るアイテムなのよ」


 『Hunters Story』では狩猟依頼クエストの記録を取り再生することが出来る設定が存在していた。

 ゲーム上の設定で動画配信等のための機能だったんだろうが、何故かこの世界ではそういう設定になってアイテムになっていたのだ。

 いや、古代文明設定は確かに『Hunters Story』内に存在していたので、俺が知らないだけでフレーバーテキストでそういう設定となっていたのかもしれない。


 とはいえ、詳細は不明だ。

 だが、機能は使えるので有効活用させて貰っている。


「そんなものがあるのか……」


 アレクセイも不思議そうに記録水晶を見ている。


「ギルドの倉庫で埃被ってたようなんだけどね。アルマン様はこれを利用してモンスターの生体記録を収集することを思いつかれたのよ」


「生体記録……?」


「ああ、この記録水晶は映像とかを残すことが出来る。狩猟の際の映像を記録し、そのモンスターの癖や弱点、行動パターンを残してそれをみんなに伝えられたら助かるだろう? 少なくとも何も知らずに初見で戦うより少しでも知っている状態で戦う方が楽だ」


「一応、モンスター研究所自体は前からギルドに部署はあったんだけどね。基本的には狩猟された後の遺骸を解剖したり、文献や狩人の証言から調査でそれほどの精度じゃなかったのよね。それが映像記録になったお陰で大助かりってね! 流石はアルマン様」


「俺としては何故こんな便利なものがあったのに、今まで使わなかったのか理解に苦しむんだけど」


「それはまあ、アルマン様が来るまでは領内にそこまで余裕もなかったから予算も切られていたらしいですから……その関係かしらね。まっ、貴方たちも時間が空いた時はギルド本部の資料室に行くことをお勧めするわ。そこには今まで集めたモンスターの情報を纏めた図鑑やモンスターとの狩猟記録が残っているわ。為になるわよ?」


 レメディオスの言葉にラシェルは素直に返事を返し、反してアレクセイの方は何かを考えこむように逡巡し、そして口を開いた。


「なあ、さっきアンタはソイツ以上にモンスターと戦ったやつは居ない。記録を取ったやつは居ないって言ったけど……」


「レメディオスさんに、アルマン様でしょ! もうっ!」


「うるせえな……で、どれくらい戦ったってんだ?」


「そうねえ、具体的には覚えてないけど恐らくアルマン様が記録に残した戦闘記録は百は軽く超えるわね。戦った大型モンスターの種類もこれまで知られてなかった新種を含めて、確か六十種を超えていたはずよ」


「ひゃ、百!? それに六十種って……」


「ええ、凄まじい数よね。そりゃ、狩人として狩猟を始めるようになってからは内政の傍ら、ソロで深くまで潜っては戻ってくるのを繰り返していたらそうもなるでしょうけど」


「領主の仕事をしながらそんなに……? しかもソロってことは一人ってことですよね!?」


「そうよー? アルマン様が凄いのは観察眼の鋭さよ、どんな新種のモンスターでもすぐに行動パターンや癖、そして弱点を見抜いてしまうのよ。そしてそれらの記録を持ち帰り、共有することで他の狩人たちは大助かり。≪グレイシア≫の狩人の死亡率が減った要因の大きな一つと言ってもいいわ」


 俺のことを褒め称えるように二人にそう説明するレメディオス。

 だが、その賞賛はいささか的外れだ。

 別に狩人のことを思ってやったというより、自分の都合で狩人の数が減る要因を改善して総数を増やしたかっただけだ。


 その一環。

 それにはこれが手っ取り早かっただけという話。


 どんな有能な狩人でもモンスターとの戦いには事故は付き物。

 初見のモンスターとの戦いなどは特に困難を極める。

 それを避けるにはモンスターの情報が多ければ多いほど良い。

 そして、一番この世界でモンスターのことについて詳しいのは自惚れではなく俺だ。

 だからこそ、その情報を共有するのが手っ取り早くはあるのだがゲームどうこう、前世がどうこう等と言えるはずも無い。

 頭がおかしくなったと思われるのがオチだし、仮に信じて貰えたとしても口頭で伝えるには限度というものがある。


 そんな風に悩んでいた時に見つけたのが記録水晶だった。

 俺はそれで実際に映像として記録して情報を共有させるのが一番早く、そして確実であると思いついたのだ。

 だからこそ、暇を見つけては俺は潜ることをルーティンとしていた。


「誰よりも多くのモンスターとただ一人で戦い、そして必ず生還する。それこそが≪怪物狩り≫の二つ名に相応しいアルマン様の偉業よ。だからこそ、畏敬と尊崇の念をこの≪グレイシア≫の狩人たちから集めている御方なの」


 まるで化物を見る目で俺の方を見る二人。

 俺は居心地が悪くなって訂正する。


「いや……大したことじゃないんだ。持ち上げられているだけで、≪怪物狩り≫なんてそんな大層な……ソロを好むのは勝てないモンスターと遭遇してしまった時、身軽に逃げやすいからという情けない理由だし」


 実際に狩猟討伐はそれほど多くはないのだ。

 狩猟自体が好きなわけでも無く、あくまでもモンスターの情報を集めたり≪スキル≫を試してこの世界における仕様を確かめたり、あとはゲームの設定とどれくらい違うのかを調べるための散策が主で、確実に勝てる相手じゃなければまず討伐をしようとはしないチキンプレイヤーなのだ。遭遇戦の場合は大抵の場合は逃げ腰で、ハッキリ言えばそんな立派な二つ名を付けられても困ってしまう。


「ほほっ、逃げる時にキッチリと逃げ切るのも実力の一つでしょうに。勝てない相手を見極める力もまた狩人としての力の証。数多のモンスターと対峙し、戦い、記録を残し、こうして生還する。狩人として誇るべき実績でしょうに……相も変わらず、謙遜が過ぎますねぇ、アルマン様は」


 最初からゲームとしての知識があるからこその判断力なので、どうにも俺としては自分だけズルをしている気分になるのだから仕方がないのだ。

 悪いことをしているわけではないが褒められるのは据わりが悪くなってしまう。

 俺は話題を終わらせるように口を開いた。



「まあ、なんだ。そういう性格なんだ……。兎にも角にもこれで新人研修は終わりにしよう。街に戻って……ああ、そうだった。≪オル・ボアズ≫の遺骸の処理もあるし、最後に解体屋の所を覗いて終わりにしようか?」




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