第十七話:アルマンの獣狩り


 目の前には巨大な猪としか言えない大型モンスターが居た。

 名は≪オル・ボアズ≫。

 小型モンスターの≪ボアズ≫の群れの主であり、リーダーでもある≪獣種≫の大型モンスター。

 ≪ボアズ≫も前世の世界の基準で言えば大きな生き物と言ってもいいが、この世界における大型モンスターという分類は成人した大人よりも大きいというのが最低の基準だ。


 故に目の前の≪オル・ボアズ≫も恐ろしいほどの体躯を誇っている。

 前世での基準を当てはめるならば軽自動車ほどの大きさをしているというのがわかりやすいだろうか。

 そんな大きさの猪と対面する。

 仮に前世の世界に居た時の自分なら恐怖で動けなくなっただろうな、という感想は恐らく間違いではない。


 だが、この世界で狩人としてモンスターに立ち向かうならばこの程度の大きさ、小さいなと思わなければやっていけない。

 特に何も思わず手に持った槍を構えた自身に、随分と毒されているなと俺は内心で自嘲した。



 ≪オル・ボアズ≫の咆哮が轟いた。



 蹄を鳴らし、大地を揺らし巨体を以って突進してくる。

 目の前の敵を獲物と見定め、自らの群れに害をなした外敵として速やかな処理を行うべく大地を蹴った。


「狩りの基本は観察だ。究極的に言って……突き詰めれば狩猟とはどれだけ危険を冒さずに、相手の隙を付けるかに尽きると俺は思っている」


 荒々しい野生の闘志を放ち、巨体をもって唸り声を上げて迫る光景は脚の竦む威圧感だろう。

 だが、俺は軽やかにその巨体の突進を回避する。

 ギリギリまで引き付けて……ではなく、余裕をもって早過ぎず、かと言って遅すぎもせず。


「モンスターの攻撃には一定の法則がある。人だって好む型がある様にモンスターもまた攻撃する際には好みのパターンがある。そして、どんな攻撃にも隙というのは生まれる。強力な攻撃であればあるほど、それは顕著になる。まずはそれを見極める」


 回避すると同時に無造作に槍を突き出す。

 ≪オル・ボアズ≫と交差すると同時に突き出された切っ先はその体表を浅く傷つけるだけに留まる。

 軽く放たれたそれは重厚な肉の鎧に包まれた身体を穿つには弱すぎて、


「ぶるぉおおおおおっ!」


 だがしかし、≪オル・ボアズ≫の敵意ヘイトを集めるには十分過ぎる。


「隙というのも色々あるから一概には言えないが、今回の相手の場合ならやはり動きの単調さだな。巨大な牙を振り回したりもするが基本的な攻撃は突進攻撃なのは見てもわかるだろう。そして、ちゃんと観察すれば突進攻撃を行う際に後ろ脚を沈める動作をするのも何回か見ればわかるはず。あとは相手が突進をしてきたタイミングに合わせて――」


 猛り狂ったように迫る≪オル・ボアズ≫に対して、俺はあえて踏み込み交差するように一閃。


 血飛沫が上がり、獣の悲鳴が上がった。


「――カウンターを合わせてダメージを与える。これを繰り返す」


 血風が舞う。

 何度も突撃を敢行する≪オル・ボアズ≫は俺は淡々と作業のように、避けてすれ違いざまにカウンターとして槍で刻む。


「隙が出来れば逃さず狙う。でも、狙い過ぎるのも良くない。欲張らず安全を確保しつつ、攻撃を仕掛けて――」


 俺が≪ホーンスピア≫を一閃するごとに≪オル・ボアズ≫の体表を切り裂き、肉が削がれ、鮮血が舞う。

 そして、怒りに狂った≪オル・ボアズ≫が向き直る頃には俺はまた既に距離を取っていた。


「――ダメージを蓄積させていく」


 手玉に取られていてる屈辱からか咆哮をあげ、そして変わらずに突進を仕掛けてくる。


「とはいえ、作業になり過ぎるのも問題だ。慣れたと思うと気付かぬ内に集中力が落ちていて隙を晒して手痛い一撃を貰うなんてこともある。余裕が出てきたら無理をしない程度に色々なことを模索して試してみるのもいい。例えば今の調子で傷つけて行けば何れは無理なく倒せるかもだが、どうしても時間はかかる。だから、少しダメージを増やす工夫を一つ試す」


 当然のように≪オル・ボアズ≫の突進を避けようと俺は左方向へと飛んだ。

 ただし、斜め前で交差をするようにではなくただのサイドに。

 しかも、ワンテンポタイミングを早く敢えて跳躍する。


「ダメージを増やす工夫は色々あるが一番手っ取り早いのは弱点部位を狙うことだ。モンスターがどれだけ強くても弱い所というのは絶対にある。とはいえ、狙う場所は気をつけるべきだ」


 横へと逃れた俺を追うように≪オル・ボアズ≫の前脚は深々と大地を抉り、それを軸に巨体を傾けて強引に曲がりながら突っ込んできた。

 あの巨体、あの速度での速度を維持しての旋回追撃。

 初めて目の前で見た人間は度肝を抜かしたであろう、モンスターがモンスターと呼ばれる所以とも言える条理を無視した攻撃軌道。


「一般的に顔、頭部などはどのモンスターも弱点である場合が多いが狙うのはお勧めしない。弓矢とかなら別だが近接武器でそこを狙うということは、正面からモンスターと相対するということだ。それだけリスクも高い。牙などでの噛みつきや種類によってはブレスもある。そうなると現実的ではない。だから、モンスター一体一体それぞれの弱点をちゃんと把握する必要がある。≪オル・ボアズ≫の場合は……」


 俺はそれを眺めながら旋回軌道の内側に飛び込むように跳躍し、そしてその軸足となっていた側の前脚を深々と切り裂いた。


「ぶるぉおおおおおおっ!!」


 ≪オル・ボアズ≫は悲鳴を上げ踏ん張りがきかなくなった前脚のせいで、自身の突進速度を殺すことが出来ずに大地へと転がった。


「個人的にはここが狙い目だな。脚を狙うのは狩りのコツの一つではあるけど、≪オル・ボアズ≫は巨体による突進攻撃を何度も使う習性から酷使している分、後ろ脚よりも随分と脆い。旋回時の軸となっている部分は特にね。更に旋回攻撃をやっている時に潰してやると自重と自身の突進力のせいで、自爆気味に完全に足を潰すことが出来るからおすすめだ。これで相手の武器だった突進を封じることが出来た」


 よろよろと立ち上がろうとする≪オル・ボアズ≫だが、その姿に先程までの覇気はない。

 完全に潰れてしまったのだろう前片脚のせいで立つことすら困難な様子だ。


「こういう風に弱点を上手く付ければ少ない労力で大ダメージを与えられる場合もある。……とはいえ、こういうのはあくまで上級者向けだ。余裕が出てきたら試すことであって最初は、相手の動きを見る、イケそうだと思った時だけ攻撃する。無理をしない。それを鉄則に慣れるんだ」


 俺は慣れない指導に少し喋り過ぎたかなっと恥ずかしく思いながら、ラシェルとアレクセイたちの方へと振り返った。

 何故か二人は俺を蒼い顔で見ていた。

 やはり、初めての大型モンスターは怖かったのだろう。



「とりあえず、コイツは今から殺すけど。これで少しは指導に能う力があると認めてくれただろうか?」



 コクコクと二人は言葉も発さずに高速で頭を上下に動かした。



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