第十六話:故に是を乱す者は死罪とする


 アレクセイはラシェルの様子を眺め、そして自身に渡されている支給品の≪回復薬ポーション≫に眼を落としていた。


「本当に≪回復薬ポーション≫だ。……これがタダ……購入もウチの領の半値……」


 どうにもカルチャーショックを受けているように見える。

 そんなにも衝撃を受けるようなことなのだろうか。


「まあ、慣れてしまったアルマン様にはピンとは来ないかもしれないけど他領とは違ってだいぶ特殊だからねぇ」


「そうか……他領に赴くことなんてまず無いからな。話には聞いてはいたが」


 ≪回復薬ポーション≫の流通を制限できる余裕があるというのは、このロルツィング辺境伯領の領主の身からするととても羨ましく思える。

 などと思っていると注意しておかないといけないことがあったのを思い出した。


「ああ、そうだ。二人とも≪回復薬ポーション≫についての注意点があるんだが聞いてくれ。言った通り、この領内では≪回復薬ポーション≫は安価で流通しているんだが、だからといって≪回復薬ポーション≫をこの領外に持ち出して売って儲けようなんて考えないこと」


「領外に持ち出して……ですか?」


「ああ、先ほども言った通り、例えば君たちの地域と比べればおよそ半値で買える。だからこっちで大量に買って、持ち出して売れば差額で儲けることが出来るだろう? だが、それでは本来出回って領内の狩人のために作ったはずの≪回復薬ポーション≫が行き届かなくなってしまう。わかるね?」


「な、なるほど」


「それじゃあ、意味がないからね。ロルツィング辺境伯領内では≪回復薬ポーション≫の無許可の売買、そして領外への流出などは重罪となっている」


「じゅ、重罪……」


 脅すような言葉にラシェルの顔は青ざめ、そしてアレクセイも同様に様子が挙動不審になった。

 どうやら釘をさしておく必要性は有った様だ。

 俺はレメディオスに僅かに視線で合図を送った。


「ええ、実はだいぶ前にやらかしたやつらが居てね。あの時のアルマン様はそれはもうお怒りになってね。関わった商業組合や個人など全員を徹底的に調べ上げて鉱山送りにされたわね」


「鉱山送り……」


「その事件を教訓に改めて刑罰を制定した。これらの罪を犯した者は死罪も十分にあり得る。だから気をつけるように……ね?」


「は、はいィ!」


 こくこくと頭を上下させるラシェルと平気そうに取り繕っていてるが冷や汗をかいているアレクセイの様子に、俺は十分釘をさせたようだと満足する。

 別にただ単に脅して怖がらせたかったわけじゃなく、必要性があったからの行為だ。


 レメディオスが言った通りに数年前にやらかした連中が居たのだ。

 やはり同じように他領から来た狩人で、≪回復薬ポーション≫の価格の差と安定し始めてきていたキャラバン交易に目を付けて一儲けを思いついたらしい。

 最初こそ小遣い稼ぎのつもりで始めたそれは儲けが出たことで味を占め、段々と規模が大きくなり商業組合の一部を抱き込んで組織的なものまで出来そうになった所で、俺は流通する≪回復薬ポーション≫の量が減っているという報告を受けて気付くことに成功し、犯行を最小限に抑え込むことに成功したのだ。


 あの時のことを思い出すと今でも腹が立つ、折角手間暇をかけて作った流通網を一部の金儲けのために無茶苦茶にされては叶わない。

 しかも、下手に安い≪回復薬ポーション≫を持ち込んで他領の市場を荒らせばその領の領主からは当然のように良い顔はされないだろう。辺境で半ば独立しているロルツィング辺境伯領へと直接何かをしてくることはないだろうが、報復に交易の邪魔ぐらいはされる可能性は有った。

 要するに順調に改善していた交易にも支障が出るかもしれなかったのだ。


 一罰百戒。

 今後、真似する輩が現れないように徹底した粛清と明確な刑罰の公布、そして新人研修の際や他領から移ってきた狩人に対して、釘を刺すのが慣例となったのは言うまでもない。


 ――とはいえ、少しやり過ぎたかもしれないな。


 挙動不審になってしまった二人を見て俺は思う。

 必要なことではあったがまだまだ新人研修として教えるべきことはあるのだ。このまま変に緊張されてしまっては身が入らないだろう。


「ははっ、少し脅かし過ぎたかな。……うん」


「そうみたいねぇ」


「び、ビビってねぇ!」


「あら、元気」


「じゃあ、元気ついでに戦い方の指導にでも入ろうか」


 身体を動かせば自然に緊張も解けるだろうと俺はそうレメディオスに提案した。

 色々と知識を教え込むのも大事だが、基本的なモンスターとの立ち回りも同じくらいに重要だ。


「そうね、ラシェルの怪我の治療も終わったし。さっきの≪ボアズ≫との戦い方の反省会も兼ねてね」


「は、はい! よろしくお願いします」


「……けっ! 貴族のお坊ちゃんに教えられることなんてあるのかよ」


 ラシェルは素直にレメディオスの言葉に返事をするも、アレクセイは不満そうな声を上げる。

 単に生意気な性格と言うだけでなく、やはり俺……というより貴族という立場である俺に対して不信感が見て取れた。


「こら、アレクセイ!」


「あらあら、アルマン様は中々に芸達者な御方よ? 貴方だってさっきの動き見ていたでしょ?」


「そうよ、一振りで≪ボアズ≫をあっさりと切り伏せていたじゃない! アレクセイが手間取ってた≪ボアズ≫を! 一振りで!」


「ぐ……っ! そ、そんなの武器が良かっただけだろ!」


 ラシェルに言い募られたアレクセイは視線を泳がせた後、俺の今回持ち込んでいる武具である≪蛇剣【シャムシエル】≫を指さしてそう言った。


「また、そんな……もうっ!」


「あらあら、狩人にとって装備は命も同然。優れた装備を身に纏うのは狩人として非難される謂れはないわ。そんな考えじゃ、狩人として一端にはなれないわよ?」


「まあ、間違いではないがな」


 実際、この武具は上位武具のカテゴリーに入っており小型モンスター程度ならどこを切っても大体死ぬのは事実ではある。

 そう言った意味でアレクセイの言っているのは間違いではない。

 さらには俺は防具も上位防具で身を固めており、彼の視点からすると高級装備に身を包んだ嫌いな貴族がそれを嵩にかけて偉そうにしている……という感じだろうか。


「ほら、見ろ! 本人だって認めてるじゃねーか。さっきのは武器がいいからだって」


「貴方ねぇ……おや? ……アルマン様」


「……うん。そうだね」


 レメディオスが何かを言いかけるように口を開き、不意に閉じた。

 俺と同様に感じ取ったのだろう。



 近づいてくる、そのに。



「よし、わかった。ならば俺が二人の指導をするに能う力があるか。それはその眼で確認してくれ……少し借りるぞ、アレクセイ。ああ、ラシェル、こっちは預かっておいてくれ」


「えっ、あっ、はい?! ってなんで剣を……わひゃっ!?」


「あっ、おい。何を……っ!?」



 俺は一方的に宣言するとラシェルに≪蛇剣【シャムシエル】≫を渡すと、次いでアレクセイからは≪ボーンスピア≫を取り上げた。

 その行為に咄嗟に声を上げようとするアレクセイだが、森の木々の中から現れたその巨体に言葉を失った。


「あら、お一人で?」


「まあ、その方がいいかなと思って……。心配かな?」


「まさか。では、お手並み拝見させて頂きます」


 俺はそんなレメディオスのエールを受けてゆっくりと前に歩を進める。

 軽く≪ボーンスピア≫を振って具合を確かめる。


 ――うん、問題ないな。


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