第十五話:回復薬の量とは命の量と心得よ


 三体の≪ボアズ≫をレメディオスと処理すると、俺たちは新人たちのフォローへと向かった。


「大丈夫、怪我とかはないかしら?」


「は、はい! 助けて頂いて誠にありがとうございました!」


「ほほほっ、別にいいのよ。そもそも指導員なんだから助けるの当然なんだし。ああ、でも、助けて貰ったらお礼を言う。そういうのは素晴らしいことだと思うわ。こういう職業だと横の繋がりって大事だから、そういう心は忘れちゃだめよ?」


「はい!」


 レメディオスとラシェルの方は順調に仲が良くなっているようだ。

 流石だな、という感想しか浮かばない。

 格好が色々と奇抜ではあるが、レメディオスという男は包容力がありきめ細かな気遣いも出来るジェントルマンだ。

 荒くれ者の多い狩人の中でも貴重な人格者なので、こういった依頼クエストにはピッタリな存在だ。

 俺はギルドの見識の高さを評価しながら、倒れ込んだままのアレクセイに声をかけた。


「大丈夫か」


「う、うるせぇ! この程度……なんともねぇ!」


 差し出した手は弾かれ、アレクセイは咄嗟に叫ぶように声を上げた。

 無様を晒したと思っているのだろう。

 事実、そうである。


「怪我はないな? 十分な防御力のある防具だ。≪ボアズ≫相手なら余程のことない限り、致命的怪我を負うことはあるまい。数では負けていたとはいえ、落ち着いて戦えば勝てない相手じゃなかった」


「そ、それは……ちょっと、油断したからで……」


「そうだな、間違いない。舐めてかかって、そして……良いようにやられたんだ」


「こ、この……クソ貴族の分際で!」


「気に入らない相手に助けられたくなかったら、新人研修を真面目に受けて早く一人前になろうな」


「ぐっ、がっ……のっ、ぉ……」


 まるで噛みついて来そうなほど鋭い目つきで睨みつけるアレクセイ。

 俺はそれを苦笑して受け流しながら彼の状態を確認する。


「もぉっ! アレクセイったら! 助けられたんだから、助けてくれてありがとうございます、でしょ! 勝手に飛び掛かった癖に全然倒せなくて困っていた所を……というのも枕詞にちゃんとつけるのよ!」


「うるせえ! ブス!」


「はぁあああっ!? 誰のせいでこんなに頭を下げてると思ってるのよ!」


 わいわい、きゃいきゃい。

 倒される直前は半泣きであったのにも関わらずに元気なものだ。

 俺は素直にそう思った。


「やれやれ、元気な子たちねぇ」


「切り替えの速度は狩人向きとも言える」


「ものはいいようね」


 レメディオスはくすりと笑うと騒ぐ二人の中にあっさりと割って入った。



「――はい、そこまで。元気がいいのは良いことだけど良すぎるのも問題よ。特に狩りの時はどうしても興奮状態になり易いもの。そこら辺を上手くコントロールするのも良い狩人ってやつね。その証拠に……ラシェル、貴方ってば自分の右腕に怪我をしているの気付いていないんじゃなくて?」


 そうレメディオスが注意をすると、確かにラシェルの右腕の肩に近い部分。防具で守られていない部分に切り傷のようなものがあった。恐らくは倒れた時にでも石で切ったのだろう血が垂れていた。


「あっ、ほんとだ」


「戦ってる最中とか戦い終わった後は色々と興奮状態でね。案外、怪我に気付かなかったりする時も多い。気を付けなさい。だから、落ち着くことは大事なんだ」


 俺はそう説明しながら、ラシェルにギルドを出る前に持たされた支給品入りの鞄を出すように促した。

 素直に従って鞄を渡してくるの前で中身の一つである≪回復薬ポーション≫の瓶を取り出した。


「まあ、一先ずは治療をしないとな」


 そう言って傷口にかけようとするとラシェルが悲鳴を上げた。


「だ、だだだ、大丈夫ですよ! こんくらい」


「怪我を舐めてはいけない。かすり傷でも後で悪化する場合があるし、モンスターとの戦闘中に不意に傷んだりしたらどうする? それこそ不意を作って命を落とすかもしれない」


「そうよー、ラシェル。アイテムを大事にして命を落とすことほど馬鹿らしいことは無いわ。それに支給品だし、支給品なんて使わないと損よ? 使わずに戻ったら回収されるだけだし」


「で、でも、≪回復薬ポーション≫なんて高価なもの……」


「そうだぜ。そんなうまい話があるわけねぇ。どうせ後で金を取ったりするんだろ」


「支給品の意味わかってる……?」


 疑り深い領外よそからの子供に、俺は僅かに冷や汗をかいた。

 この辺りの政策は既に四年前ほどから浸透し始め、ロルツィング辺境伯領では当たり前になって来ていたため、色々と新鮮な反応だ。


「その支給品てのが胡散臭いんだよ。アイテムをただ使わせて金をとらない? 絶対後で何か裏があるに決まってる」


「裏も何も……ただのギルドとして狩人をサポートしてるだけだよ。狩人が増えてたくさんの依頼クエストを回し、モンスターを狩猟してくれればギルドとして言うことはない。もちろん、統治の観点からしてもだからこそ助成もしてるし……言うなれば投資みたいなものだよ」


「トウシ……? 何か騙そうとしてるだろ! 貴族やろう! 回復薬ポーションなんて希少な物、タダで使えるなんてどう考えたって……っ」


「はい。そこにも認識の齟齬があるわね。貴方たち、この≪グレイシア≫に来て道具屋アイテムショップには行った?」


「えっ……いえ、そのお金も少なくて」


「あら、ダメじゃない。お金が無くても品揃えを確かめるなり、店主の人となりを調べるなり、やりようはあったでしょうに。今後長く狩人として生活をするなら馴染みの店を見つけるのって大事なことよー?」


「金がねーんだから仕方ねーだろ! だからさっさと依頼クエストをこなして、報酬金を貰ってから行こうと思ってたのに新人研修が終わらないと認めないの一点張りで……」


「ほほほっ、ギルドの対応は正しかったわね。こんなことにも気づいていない子猫ちゃんたちを外に出すのは自殺行為も良いところ……良い仕事したわね」


「あんだと!?」


「知らないようだから、教えておくけど。ここじゃ、≪回復薬ポーション≫の価格は安いのよ。新人研修が終われば≪見習い≫身分とはいえ狩人のライセンスをギルドから渡されるわ。それを持って大通りの道具屋アイテムショップにでも行ってみなさいな。そーねー、貴方たちの元居た地域と比べれば……どれくらいかしらアルマン様?」


「んっ、そうだな」


 レメディオスに振られて俺は頭の中で帝国内でのおおよその相場を思い出した。

 交易が滞っていた時期ならともかく、交易も増えてきた以上こういうことにも領主としては敏感になっておかないといけない。


「大体、半値ぐらいだな。狩人が購入する場合は値引きがかかるから、市民が日用品として購入する場合だともう少し上がるがそれでも八割ぐらいだ」


「半値!?」


「嘘だろ!? わかった……混ぜ物をしてるんだな! それで安くしてるんだろ!」


「こらこら、失礼なことを言わないの。これはアルマン様のお陰なのよ」


「えっ、アルマン様の……ですか?」


 不思議そうにこちらを見るラシェルの視線に、咄嗟に視線をそらしてしまいそうになるが俺は何とか耐える。

 どうにも自身のやったことを功績のように言われるのは何時まで経っても慣れない。


「そうなのよ。ここは狩人の街。最前線の城塞都市≪グレイシア≫。≪回復薬ポーション≫なんてどれだけあっても足りない。より多くあればより多くの狩人が死ななくて済むと、大規模な≪薬草農場≫をお作りになられてね。そのお陰で≪薬草≫を大量に育てることが出来て≪回復薬ポーション≫も安くすることが出来たってわけ」


「へー、そうなんですか!」


 ――そんなこと言ったかな……? 言ったかもしれない。


 色々と反対を押し切って強行する際に、そんなことを口走った気もする。

 俺は尊敬の色に変わるラシェルの視線から逃げ出したくてたまらなくなる。


「支給品に≪回復薬ポーション≫が入るようになったのもそういった背景も絡んでいるの。単に余裕が出来たからというだけでなく……「≪回復薬ポーション≫は≪希少品≫であってはならない≪消耗品≫でなければならない」、そういった領主様が居てね」


 意味ありげに視線をよこすレメディオスに俺は頬を掻いて苦笑した。


「まあ、なんだ……そういうことだ。アイテムとは使うものだ。ラストエリクサー症候群で死んだら元も子もないからな。使うことに慣れるように支給品にも含まれるように勧めたんだ」


「らすとえりくさ?」


「ああ、いや……うん、こっちの話。というわけで、レメディオス」


「はいはい、じゃあかけるわよー?」


 俺が視線で促すと察したレメディオスはラシェルの傷に≪回復薬ポーション≫を垂らした。

 緑色の薬液がふりかかるとたちまち薄皮が張り、小さな傷口はふさがっていき血も流れなくなった。

 いくら小さな怪我だったとはいえ、相変わらず凄い効果だと毎回思ってしまう。

 まあ、考えてみれば一ドットで死にかけのプレイヤーが使ったらモンスターの攻撃をまた数発耐えられるようになるのだから、ゲームの設定が現実になればこれくらい凄いのは当然かもしれない。


「これで良しっと、このぐらいの傷ならこの程度の量で十分。一度に持てる≪回復薬ポーション≫の量にも限界があるから大事に使わないとね」


「かといって勿体ぶるといざという時が危ない。時にはとりあえず飲み干した方が色々と早い場合もある。戦闘中とかは特に……。まあ、状況に合わせて判断するしかないな」


「そうねぇ、結局のところ経験よね。試しながら学んでいくしかないわ。まっ、頑張りなさい」


「は、はい! ありがとうございます、レメディオスさん! アルマン様!」


 代わる代わるにやや説教くさく指導する俺たちにラシェルは元気よく返事をした。 

 素直なとても良い子である。


 ――俺もさん付けぐらいでいいのにな……。


 とは、思うものの多分言ったらパワハラにあたるだろうと思うので口に出すわけにはいかず、俺はアレクセイの方へと視線をやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る