第十四話:ようこそ、狩人の街へ


 俺はレメディオスの姿を見直した、何か変なところがあっただろうかと改めて……だ。

 レメディオスはどうにも顔が濃ゆく、そして身体も大柄だから最初は色々と誤解されがちなところはあるが、他者への気遣いを忘れず、狩人としての腕は一級品。狩りの無い日も鍛錬での自分磨きに余念のない向上心の塊のような男。


 はて、そんな彼に何か問題がと俺は考えて眺めながらようやく気づいた。




「レメディオスの……防具、まさか……女性用防具のデザイン?」




 『Hunters Story』はキャラメイクの際にゲーム主人公プレイヤーの性別を選ぶことが出来る。

 俺は基本的に男性キャラオンリーだったので気付かなかったが、よくよく見ると見知っているはずの≪ミーミル≫防具一式のデザインが異なっていることに気付いた。男性の場合は着流しのような和風テイストだったのだが、何というか女芸者を模したデザインとなっている。確か女性用防具のデザインがそんな感じのデザインだったはずだ。

 なるほど、アレクセイはこれに気付いていたので騒いでいたのかと納得した。



「そーだよな! やっぱり変だよな! ラシェルの奴はなんかもうすっかりと打ち解けてるけど、やっぱりどう見たって――」


「……でも、まあ、男性用女性用で防具の性能に変わりはないし別にいいんじゃないか?」


「いいのか? あれが!?」



 狩猟において重要なのは装備の性能だ。

 見た目は言ってみれば趣味のようなものだ。

 見た目を気にして装備の質を抑えるのは言語道断だが、装備の質を担保した上で見た目を整える分は個人の趣向だ。他人がとやかく言う問題ではない。

 因みに俺は装備の性能のみを重視するタイプなので、それこそ着ぐるみのような防具で狩猟に出たこともある。


「装備の質が明らかに依頼クエストに合っていないとかでない限り、他人の装備に口出しをするのはマナー違反だ。さて、こちらも装備を整えるとしようか。とはいえ、まあ、防具は≪ハイメタル≫防具一式でいいとして……武具はどうする?」


「えっ、あっ、いや……変で……その……あっ、こ、こんな感じの槍を……」


「≪軽装槍≫か。となると……こっちも無難に≪ボーンスピア≫でいいか。これは大型モンスターの骨から作られた槍で、攻撃力は少々低いがその分、軽くて扱いやすい。鉱石系のランスの方が攻撃力も高くて丈夫なんだが少し重い。その体格だと振り回されかねないし、まずはこれで槍の使い方を学んでからでいいだろう」


「おっ、おう?」


「装備が決まったら次はギルドから支給品を受け取ろう。ギルドでは狩人個人の負担を軽減するために、依頼クエストの難易度に応じてある程度のアイテムを支給しているんだ。それから――」


「…………」





                   ◆



「うぉおおおおおおっ!!」


「アレクセイ! 右! 右から来てるから!」


「くそっ! 何だコイツら! ≪ボアズ≫ってこんなに……っ! うぉわっ?」


「アレクセイ?!」


 アレクセイとラシェルという少年少女と顔を合わせて数十分後。

 レメディオスを混ぜた俺たち四人は、≪グレイシア≫の東にある巨大な門から街を囲う城壁の向こう側へと出るとそのまま東に向かった。

 ≪グレイシア≫の東には大森林が広がっている。


 未だその全容を知ることが出来ず、弱肉強食の理の名の元にモンスターたちが数多の生存競争を繰り広げる魔境。

 その名も≪ゼドラム大森林≫。


 ロルツィング辺境伯領の外にあるそこはギルドに認められた狩人のみが立ち入れる場所。

 強さを持たぬ存在はただの餌食になるだけのモンスターの支配領域。

 今、四人はそこに居るのだ。


 とはいえ、森林の奥では無く入ってすぐの比較的に弱いモンスターしか出ない浅い部分。

 小高い丘のある小さな草原で、アレクセイとラシェルの動きを見るために偶々見つけた≪ボアズ≫の群れと二人で戦わせていた。


 ≪ボアズ≫というのは前世で言うと猪に近い小型のモンスターだ。

 まあ、小型というのは大型モンスターと比べれば小型と言うだけで、体長は平均的に一メートル半ほどあるという。体重も大体百キロを越え、普通に人を殺せる程度の力を持っているモンスターといえよう。

 そして何よりも、だ。


「ほらほら、どうしたのー? あれだけ息まいていた癖に! ≪ボアズ≫の一匹や二匹余裕だーって。研修なんて必要ないって威勢良かったのに」


「そ、そうだよ! 新しい防具や槍を持ったからって調子に乗って……! 全然ダメじゃない!」


「う、うるせぇ! こ、こんなはずじゃ……あの時はコイツらはこんなに強くは……」


 アレクセイの困惑した様子など知ったことかと、三匹の≪ボアズ≫は野生の闘志を漲らせ、その体格を十分に使った突進を敢行する。

 咄嗟に突き出したアレクセイの槍が身体に刺さるも、そのまま強引に潜り込むと胸をかち上げるようにして吹き飛ばす。


「がっ……はっ!?」


「アレクセ……きゃっ!?」


 吹き飛ばされたアレクセイに意識を取られたラシェルにも容赦なく≪ボアズ≫たちは襲い掛かり、その華奢な体に目掛けて突進を仕掛けた。

 ラシェルは咄嗟に持っていた軽量盾で受けることに成功するも、たたらを踏んでコケてしまう。


「ら、ラシェル……!?」


 無防備になったラシェルを目掛けて、≪ボアズ≫たちが突撃の運動エネルギーをそのままに旋回し、再度の突進敢行をしようとし、





「ここまで、ね」


「そのようだ」





 俺はレメディオスの言葉と共に武具を解き放つと同時に、ラシェルへと向かっていた一体を切り倒した。


「ふえ!?」


「……はい、こっちも、ね」


 遅れて続いたレメディオスもまた同胞を殺され、怒り狂いながら俺目掛けて襲い掛かってこようとした二体の≪ボアズ≫は、レメディオスが背負っていた大斧の一閃によって二体同時にその首を切り飛ばした。


「す、凄い……あんなにあっさり」


 呆然とこぼすラシェルに安心させるように笑い掛けながらレメディオスは言った。



「教えてあげるわ、子猫ちゃんたち。このロルツィング辺境伯領は東の果て。モンスターの支配領域との最前線。ただのモンスターもロルツィング辺境伯領以西よりずっと強く、逞しく、そして狂暴よ。覚えておくことね、でないと死ぬことになる」


「ぐっ、ぬっ……」


「ふふっ、まあ、それは十分体験して理解できたようで良かったわ。――ようこそ、狩人の街へ。……なんてね」






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