第十三話:出発は装備を整えてから


「「…………」」



 ≪白薔薇≫のレメディオスの勢いに流されるように二人はものの見事に沈黙した。

 まるで目の前の現実を処理で来ておらず、フリーズしている機械のようだと俺は思った。


「ふふふっ、中々元気な子猫ちゃんたちね。でも、狩人同士の争いはご法度よ。特に≪集会所≫なんかでは特にね。こんな職業だもの、横の繋がりってのは大事にしないと後で痛い目を見るわよ?」


「…………」


「ほーほっほー! わかればいいのよ。人間だれしも初めてな時があるものよ。そして、失敗を積み重ねて成長するというもの! さっ、早速、新人研修と行きましょうかアルマン様!」


「ああ、そうだな。キミが一緒で助かるよ」


「まあ、上手ですこと! おほほほっ! そんなに褒められちゃうとこのレメディオス、木にでも登ってしまいそうですわね! おーほっほっほ!」


「「…………」」


「とりあえず、何から始めようか」


「そうですねえ。研修は外での実地活動を必須としています。そうなると……」


 レメディオスがチラリと二人に目をやった。

 彼らの装備は有り合わせという言葉が相応しいほど粗雑なものだ。


 アレクセイは胸当てや肘当て、レザーの鎧を着ているが経年劣化かメンテナンス不足か、ほぼ防具の役割を果たしておらず、持っている武具の槍も粗雑なものだ。何度かモンスターに突き刺せば、その内にポッキリと折れてしまいそうだ。


 ラシェルの方はもっとひどい、厚手のフード付きのコートだけで下に鎖帷子などを着こんでいる様子もない。

 武具として一応、片手剣を持ってはいるが、刃が欠けておりちゃんと切れるかも怪しいものだ。


「「…………」」


 俺とレメディオスは視線をかわし、そして同時に頷いた。



「「まずは装備を整えることからだな!!」」



「ふえ……?」




                   ◆




 ≪集会所≫の裏手の敷地には数年前に建てられたばかりの施設ある。

 それは巨大な倉庫のようであった、中に入ると所狭しに防具や武具などが並べられ、そして飾られている。

 若い狩人が幾人も、そしてそれに交じるように壮年の狩人もまた受付のカウンターへと向かい、何やら話しているようだ。


「あら、似合ってるわ、とっても。重くはないかしら?」


「は、はい! 重くはないです、これくらいなら……でも、あの、私お金が無くて……こんな立派な物は……」


 レメディオスとラシェルが施設内の一画で何やら話している。

 防具を見繕っていたのだろう。

 ラシェルは冷たく黒々としたアーマーを着せられていた。


 ――≪ハイメタル≫防具一式か。まあ、初心者には無難だな。


 黒鉄鉱石という素材を基に作られる下位防具で、ただの一般的なただの≪アイアン≫防具一式よりも防御力も高く、防御力ならば下位のモンスターを相手にする十分な運用ができる防具だ。

 ≪スキル≫としても≪防御≫を持っており、常時補正がかかるのため防具単体の防御力よりも実際には高くなっている。


 だが、あくまで下位防具らしいと言うべきか、逆の防御力以上の目立った特徴はない。

 属性耐性や状態異常耐性もなく、≪スキル≫も≪防御≫オンリーなので火力を盛れるわけではない。

 所詮は下位防具……程度の性能でしかない。


 ただ、ただのコートよりかは圧倒的にマシなのはラシェルもわかってはいるのだろう。

 だが、下位防具でも一式ともなればそれなりに金は必要となる。

 あんな粗末な格好をして狩人になろうとしていた人物にそんな貯えがあるだろうか。

 それはラシェルの顔を見れば一目瞭然だった。


 だが、問題はないのだ。

 ラシェルを安心させるかのように肩に手を置くとレメディオスは口を開いた。


「問題ないわ。ここにあるのはギルドに所有権がある防具と武具で、登録された狩人は自由に防具や武具を使っていいのよ」


「えっ、自由にって……ええっ!? そんなまさか!」


「あっ、あげるわけじゃないわよ? あくまで、貸し出しって感じ?」


「貸し出しってそんな……えっ? でも、こんな高いの……」


「狩人にとって一番に重要視するべきは防具と武具。……でも、初心者じゃそうも行かないでしょ? それにモンスターによってはそれ専用特化の装備ならあっさり倒せたりする場合もあるの。例えば……毒を持っている下位モンスターとかね。普通の装備で戦うととても厄介だけど、毒に高耐性を持った防具や≪スキル≫で≪毒無効≫を発動する防具で行けばあっさりとそれこそ新人でも倒せちゃう場合だってある」


「ふむふむ」


「でも、わざわざ専用特化装備なんて手に入れて管理するのは面倒でしょう? 場所も手間もかかるし。生涯、そいつしか倒さないぐらいの覚悟ならともかく、ね。そこら辺を考慮して生まれたのが装備のレンタル制度ってわけ。装備の新調とかで使わなくなった装備や専用特化装備をギルドへ寄贈。装備の更新で使わなくなった装備はギルドがメンテして、装備が整ってないまだまだ新人の狩人に主に貸し出して。専用特化装備はギルドが管理して、そのモンスターの依頼クエストの際に貸し出す……そんな感じなのよ」


「ふえー、凄い。私の地元ではそんなこと……」


「まあ、珍しい……というか、こんなことやってるのはそれこそロルツィング辺境伯領ぐらいでしょうねぇ。本当によく考えるわ。あっ、貸し出し制度を使う際はメンテナンス料やら諸々が報酬から天引きになるから気をつけてね?」


「な、なるほど」


「まっ、そんなわけだから別に気にする必要も変に遠慮をする必要もないのよ。あくまでも制度を正しく使っているだけなんだから、変に意識しないこと。貸し出し制度で装備を整えて、地道に学んで依頼クエストをこなして自分だけの装備を持った……って辺りで、ここでは狩人として新入り卒業って流れね。だから、まずはそこを目指しなさいな」


「はい! レメディオスさん!」


「うーん、いい返事ね! ラシェルちゃんは実に素直で良い子! 良い狩人になれるわね! 次は武具だけど――」


 レメディオスの丁寧な対応に心を開いたのかラシェルは仲良くなったようだ。

 きゃいきゃいと姦しくも騒ぎながらも、レメディオスは必要な知識を新人狩人に説明していく。

 そんな様子を少し離れた所で眺めながら、



「……いや、おかしいだろ!」



 アレクセイはようやく起動しての口を開いて大声を上げた。

 俺は思ったよりもかかったな、と思いつつ尋ねる。


「何が?」


「いや、あいつだよ! あいつ! なんだよ、アレ! なんかこう……おかしいだろ!」


 そういってアレクセイはラシェルと姦しく会話を楽しむレメディオスを指さした。



 彫りが深く、ひたすらに濃ゆい顔を付きをした二メートルを超える大男。

 力強く、逞しく、美しさすら持つ筋肉を、妙に肌露出の多いデザインのピッチリしたスーツのような防具で纏いながら、少女と楽しそうに喋っているレメディオス。



「……ああ、レメディオスは間違いなく金級登録された一流の狩人だ。その実力に問題は無いよ、大丈夫だ」


「違う! そうじゃない! 何というか、こう……色々と変だろ!? 恰好とか!?」


 アレクセイは悲鳴のような声を上げた。

 俺はなるほど、と思った。


「ふむ? とは言ってもだな、レメディオスの防具は≪ミーミル≫という上位モンスターの素材からできた上位防具。当然、しっかりとした防御力を持ってるし、発動する≪スキル≫も体力を増強する≪体力増強≫、重量武器での攻撃時の威力と攻撃速度を上げてくれる≪怪力≫に≪霜の守り≫とバランスが良くて――」


 恐らくはひらひらとしたレメディオスの防具について不思議に思ったのだろう。

 実際に体験するまでイマイチピンと来ないだろうが、この世界における防具の見た目と防御力は比例はしない。

 ガッチリとした見た目の防具っぽい、≪ハイメタル≫防具一式よりも布のような≪ミーミル≫防具一式の方がずっと素の防御力が高いのだ。

 おかしくは見えるがそれが現実。

 慣れてしまうしかないと俺は丁寧に答えるが。


「いや、違ぇよ!? 防具の性能の話じゃなくて……!! いや、それもあるんだけどそうじゃなくて! もっと注目するべきところがあるだろ! あの格好! ……あと≪スキル≫ってなんだよ」


 どうやら違ったらしい。

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