第十一話:アレクセイとラシェル
アンネリーゼのアップルパイを十分に食べ、俺はその脚でギルドへと向かった。
事情を職員に話せば件の新人とやらは、既に≪集会所≫にとの話を聞いてそちらへと向かう。
正面の出入り口から入ると、相も変わらず狩人たちで騒がしい雰囲気に満ちている。
入った瞬間、一瞬だけ眼を集めるが次の瞬間にはみんな慣れた風に雑談に戻っていく。
領主であり、貴族でもある俺が出入りする光景も最初こそ奇異で見られたものの今では日常の一部となって溶け込んでいる証拠であった。
「ミーナ」
「あ、アルマン様!」
俺は真っ直ぐに顔なじみの受付嬢であるミーナのところへと向かった。
他にも受付嬢は居るのだがどうにも色々と立場の問題があり畏まられてしまうため、その中でも話が通りやすいミーナにとりあえず向かうのが癖になっている。
無茶を言っているのはこっちだと理解はしているのだが、そのせいで俺の専属のような扱いを押し付けられているのは正直申し訳ないと思ってはいる。
「もしかして新人研修の件で?」
「ああ、ガノンドから頼まれてな」
「ギルドマスター、本当にアルマン様に……」
「ははっ、俺では指導者としては不足かな?」
「ご、ご冗談を?! いえ、実力の方はともかくとしてそれ以外が色々と……」
ごにょごにょと口ごもるミーナに揶揄い過ぎたか、と俺は少しだけ反省しつつ話を促した。
「まあ、気にするな……というのは難しいだろうけど。
「ああ、それについては元々、既に指導員は一人確保していましたので特に問題は……」
「なるほど、あくまで俺は補佐と」
「その……ギルドマスターが失礼を……」
「いや、構わないさ。俺としても領内の将来を背負う新人狩人を知れるいい機会でもあるしね」
そもそもが気分転換を兼ねた行為のようなものなのだ、内容がどうこう言う立場ではない。
むしろ、そのくらいの方が気楽で助かるというもの。
「アルマン様……」
「それで……新人は何処に? それと指導員ってのは……」
「指導員に関しては……それと新人の二人はあちらで待っています」
俺は今回の指導員として請け負った狩人の名前を聞き、問題はなさそうだなと思いつつミーナに促されるままに眼をやった。
そこには二人の少年少女が少し居心地悪そうに≪集会所≫の隅のテーブル席に座っていた。
年齢は恐らく十二、三歳ほどに見える。
金色の短い髪をした眼つきの悪い少年とダボっとしたフード付きのコートを着た桃色の髪をした少女。
名前をアレクセイとラシェル、というらしい。
「若いな……」
前世の世界のように二十歳で成人……などという世界ではないことは知ってはいるが、それを考慮してもだいぶ若い。
特に狩人なんて危険な職業に就くに尚更だ。
「彼らは他所の領からの移住者でして……」
「なるほど、な」
基本的に狩人の登録に今のところ年齢制限などは設けていない。
とはいえ、不文律として下限を設けてはいるものだが一種の口減らし的なために横行しているという話を聞いたことがあった。
俺は贅沢なことだ、と思ったものだ。
「ありがとう、ミーナ。ちょっと、話しかけてくるよ」
もう一人の指導員に関してはまだ到着をしていないらしく、時間にはまだ余裕があるようだ。
ならば、少しでも交友を深めるべきかと思い、俺は受付から離れるとその脚で彼らの所に向かった。
「失礼。君たちが新人研修を受けるアレクセイとラシェルで良かったのかな?」
「…………」
「あっ、もしかして指導員の方でしょうか? 今日はよろしくお願いします。私はラカゴ村のラシェルといいます」
俺が話しかけるとラシェルという少女は慌てて立ち上がり、礼儀正しくお辞儀をしたがアレクセイという少年はチラリとこちらに視線を向けただけで特に反応を返しはしなかった。
それに慌てたかのようにラシェルは言葉を続けた。
「こっちは同じ村の出身のアレクセイです。え、えーっと……あの、貴方様は……」
「ああ、俺は……アルマン。アルマン・ロルツィング」
少しだけ悩んだが隠した所であまり意味は無いかと俺は正直に答えた。
「えっ、あの……ロルツィングって……」
「ああ、この≪グレイシア≫、そしてロルツィング辺境伯領を統治する領主でもある……が、今の俺はただの狩人としての先達という立場でここに居る。あまり、気にせず頼りにしてくれると言い」
「お、おおお、お貴族様?! しかも、領主様!? いえ、そんなの、むむむ、無理ですぅ!?」
「ああ、うん。やっぱりダメか……」
パニックを起こしたかのように目の前で慌てだしたラシェルを見ながら、やはりこうなったかと俺はポリポリと頬を掻いた。
さて、どうしたものかと思案に耽ろうとして、
「けっ! お偉いお貴族様かよ……新人研修だなんだと言われたが、要するに道楽のお世話ってことか。はっ、くだらねー」
不意に開いたアレクセイの口から浴びせられた言葉に俺は意識を取られた。
思わず目を向けた先にあったのは紛れもなく敵意の瞳だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます