第十話:主人公の存在証明

 ゲームの設定を基礎ベースにした世界とゲームそのものを基礎ベースにした世界。

 それらはほとんど同じように思えるが、一つだけ重要な点が差異が存在する。


 それはの可能性だ。


 狩りゲーとしてとにかくモンスターとの狩猟を目的とした『Hunters Story』にも一応シナリオ、物語のストーリーというのは存在する。

 まあ、とは言っても何か奇妙な事件が起きて、それを主人公が調査するとそれが強力なモンスターのせいで、解決するために主人公はそのモンスターを狩る。そんなテンプレートな展開の繰り返しだが。

 これはあくまでもユーザーが求めているのは複雑なストーリーとか、人間関係模様を求めているわけではなく、あくまでも強力なモンスターとの戦いをやりたいだけ、という要望に則ったものだろう。

 そこは重要ではないのだ。


 重要なのはストーリーにおいて、主人公は当然現れた全てのモンスターを狩ってエンディングに到達する。

 そして、ストーリーの中で現れ、倒されるモンスターの中に≪龍種≫もまた含まれるということだ。


 俺はその可能性に気付いた時、脳に電流が走ったかのような気分だった。



 ネームドキャラであるガノンドやゴースが居るのであれば、主人公もまた居るのではないか?


 ならば、主人公を全力でサポートしてストーリーのように強力なモンスターを狩りまくって貰えばいいのではないか?


 ゲーム的な都合はともかく、≪龍種≫は強大であるが故に同一種は存在しない。単一の生命だとされている。つまりは一度倒してしまえば今後は安全になるということだ。主人公に倒して貰えば怯える心配もなくなるんじゃないか?


 俺はこの狂ったほどに危険な世界でも生き延びることが出来るんじゃないか?



 そんな風に思った。

 だからこそ、本来ならストーリーが進む過程においてゴースが発明するはずだった≪スキル≫を広め、≪回復薬ポーション≫の価格を下げて使いやすくするために権利を解放し、ロルツィング家が持っていた元々の≪薬草≫農場は希少で効果の高い植物アイテムの栽培に振り切った。交易を増やし、物流を活性化させたのも帝都から流れてくるアイテムを増やすため。

 全部全部、来るべき主人公の来訪に備えてのことだ。

 十全なサポートが行えるように、ストーリーの通りに現れる強大なモンスターを狩って貰えるように。


 ただ、俺が助かりたかっただけ。


 そのためにゴースの栄誉を人知れずに奪った。

 ギルドに様々な口出しをして狩人の体制を改善したのも、別に街や狩人たちを思ってのことではない。

 狩人の頭数が増えればそれだけ主人公の負担が減り、強大なモンスターの狩猟に集中が出来ると思ったからだ。


 我ながら吐き気がするほどに自分ことばかり。

 だが、そうまでした十年間の年月の努力も――



「無駄……だったかぁ」



 ぼんやりと零れ落ちた言葉は虚空に消えた。


 主人公は来なかった。

 ゲームの通りなら起こっていた事件も起こらず、主人公らしき人物もまた現れなかった。

 あるいは俺という存在が居ることでのバタフライエフェクトとして、まだ別の場所に居る……という可能性も無いわけではない。

 だとしても、


 ――俺には見つける手段はない。


 その結論に辿り着いてしまう。

 『Hunters Story』における主人公、ゲーム主人公というのはあくまでもプレイヤーのアバターとしての側面が強い。

 顔も声も名前も自由に決められる。

 主人公としての設定など公式に「狩人を目指し帝都からやって来た若人」程度しかない。


 要するにロールプレイングゲームの主人公のような確とした存在があるわけではないのだ。


 だからこそ、不安は常にあった。

 ゲーム主人公プレイヤーは存在するのか。

 いや、居たとしても俺にそれを判別することが出来るのか。


 わからない、わかりようがない。


 だからこそ、唯一の機会がドルマ祭だった。

 待っていたのだ。


 ゲーム主人公プレイヤーがドルマ祭にやって来るところから物語は始まる。


 そう信じた……信じたかったのだ。





「アルマン……?」


 そんなアンネリーゼの声に俺は現実に引き戻された。

 どうやら考え込んでいたらしい。


「ああっ、すまない。母さん」


 いかんな、とばかりに俺は頭を振った。

 ショックなのは確かだったとはいえ、もう数日も経ったわけだしそろそろ切り替えるべきだろう。

 心配させるのは本意ではないし、安心もさせたい。


「うん、書類の整理も終わったし。そろそろ、外に出ようかな。部屋に籠ってばかりだと身体が鈍ってしまうし」


 自室に一人で居ては気が滅入るばかりだ。

 俺は気分転換も兼ねて外に出る決意を固め立ち上がった。


「そ、そう? そうよね、うん。その方がいいと思うわ」


 そんな様子に俺の雰囲気を察したのかどこかホッとしたアンネリーゼの声に、そこまで心配させていたのかと申し訳なく思ってしまう。

 とはいえ、主人公がどうこう、ゲームがどうこう等とそんな悩み打ち明けるわけにもいかず、一人で抱えるしかない。


「ああ、昼食を食べてから出ようと思うけど……いいかな?」


「ええ、勿論! 待っててね、アルマンが好きな特製のアップルパイの準備をしていたの! すぐに焼くからね!」


「えっ、本当? 嬉しいな……」


 アンネリーゼのアップルパイは小さい頃からの俺の好物だ。

 トトトッと小走りに厨房へと向かって離れていった足音を聞きながら、俺は思わず相好を崩してしまった。

 自室の中で誰にも見られていないとはいえ、迂闊にも表情に出てしまった自分に苦笑した。


 ――お菓子を作られたぐらいで、子供か俺は……。


 恥ずかしくなってしまうが気分を切り替えるにはいいきっかけではあるだろう。

 俺はそう納得することにした。


「あっ、そういえば外へは何をしに行くの?」


 離れたかと思ったアンネリーゼが戻って来たかと思うとそう尋ねてきた。


「うん? そうだな……」


 ――とりあえず、外へと出て気分を切り替えようという程度にしか目的が無かったな……。


 俺は出かけるための準備をやめると顎に指を当てて頭を少し悩ませた。


 ――あまり考えたくなくて眼を背けていたけど、ゲーム主人公プレイヤーが居ないとなると≪龍種≫を含めて全モンスターを≪グレイシア≫の狩人だけで対処する必要がある。ゲーム主人公プレイヤーはバンバン倒していたけど、あれはゲーム主人公プレイヤーだからの所業で……そもそもNPCからゲーム主人公プレイヤーは色々とおかしいって言われるぐらいだし……。そうなると強力なモンスター相手だと個別に脅威の対策を練っておく必要が……。ううっ、どれだけの種類のモンスターがいると思って……。


 と、そこで俺は一旦思考を打ち切った。

 このままではまた気落ちしてしまいそうだったからだ。

 まずは気分をリセットする必要がある。

 でないとドツボに嵌ってしまいそうだ。


「農場にでも顔を出すか……? ちょっと見ておきたいし。それか錬金塔……いや、ゴースの所にでも行って≪スキル≫の研究でも……」


 ブツブツと俺が思いついた行先を挙げているとアンネリーゼが口を開いた。


「えっと、特に行く場所を決めていなかったらギルドはどうかしら?」


「ギルド? ……なんか、あったっけ?」


「昨日のことなんだけどガノンド様が時間があれば依頼を受けてくれないかって」


「ガノンドが? 俺に?」


「ええ、新人狩人の研修があるんだけど人手が足りないから良かったらアルマンにって……」


「新人狩人の研修……」


 恐る恐るといった風なアンネリーゼの言葉に俺は少しだけ自嘲的な笑みを浮かべた。


 ――どうやら思った以上に心配されているようだな。


 十年前ならばいざ知らず、今の≪グレイシア≫の狩人の数ならば新人研修程度に割く人員くらいは十分にある。

 そこまで逼迫してはいないのは重々承知だし、仮にも領主をそれで引っ張り出そうとするのは些か不自然だ。

 俺個人としては問題は無いが立場を考えれば、指導される新人からしてもいい迷惑だろう。

 外聞的な問題で。


 そこら辺をガノンドがわかっていないはずも無く、それでもこんな依頼を頼んだのは気分転換でもしろという遠回しの気遣いの一種なのだろう。


「やれやれ……俺は所詮、子供扱いか」


「アルマン?」


「いや、なんでもないよ。少し、情けなくなっただけ……」


 いつものことだ。


「うん、わかった。その依頼を受けてみるよ」


「そ、そう?」


「ああ、新たな良い狩人が増えるのは、このロルツィング辺境伯領にとっても大事なことだからね。領主として骨を折るのも悪くはないだろう」


「ええ……ええ、ええっ! そうね、素晴らしいことだと思うわ!」


「うん、だから今日は少し帰りが遅くなるかも。それから……しっかりと頑張れるようにうんと美味しいアップルパイを頼むよ」


「もちろん! 任せてね、アルマン! 焼きたてのアップルパイを食べて頑張って来てね!」

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