第二幕:ゲーム主人公の居ない街

第九話:『Hunters Story』



 ドルマ祭が終わり、数日が経った。

 ≪グレイシア≫の熱気も治まりを見せ、街には日常の喧騒が戻っていった。

 俺はそんななか自室に籠って書類の整理を行っていた。


 領主としてのドルマ祭という一大イベントを終えての後始末。

 そんなをして日々をぼんやりと過ごしていた。


「アルマン……大丈夫?」


 コンコンと自室の扉が遠慮がちにノックされ、聞こえてくるのはアンネリーゼの声だ。

 心配が先に立っているだろう、従者としてのアンネリーゼとしてではない母としての声色に俺は気を取り直した。


「んっ、ああ、母さんか」


「ここのところ、ずっと変だけど……大丈夫? 何処か具合でも……」


「いや、大丈夫だよ。ちょっと色々と交易やらなんやら拡大したおかげもあって、眼を通さないといけない書類や報告書やら溜まっててね。それで少し疲れが出ただけかもね」


 嘘ではない。

 だが、事実でもない。

 書類仕事自体は嘘ではないが大方は既に処理し終えていた。

 俺が塞ぎ込んで見えていたのならそれは疲れではなく、精神的なものが迂闊にも露わになっていたのだろう。


「そう……」


 壁越しに聞こえるアンネリーゼの声は納得していないようであった。

 仕方ないことなのかもしれない、同じ屋根の下で過ごしている以上は。

 もしくは母としての勘なのだろうか。

 一応、俺としてはいつも通りに振る舞っていたつもりではあったのだが。


「私には言えない?」


「……ん、大丈夫だよ」


「……そっか」


 アンネリーゼはそこで言葉を区切った。

 雰囲気で分かった。あえて深くは聞くまいという気配に俺は申し訳なさだけが募る。


 だが、相談できるようなことではないのだ。

 相手がアンネリーゼだからというのは関係ない。

 誰が相手でも一緒なのだ。

 この世界に生きている相手に、吐露できるような話ではないのだから……。




 『Hunters Story』


 前世で熱中した狩りゲーの世界とよく似た世界に転生したのだと自覚した時、俺にあったのは興奮ではなく恐怖だった。

 画面の向こう側ならカッコいいや強そうだなんて感想で終わる大型モンスターが、明確な脅威として存在している世界に生まれたのだ。別に変ではないと思う。


 だって、知っているのだ。

 『Hunters Story』をプレイしていたからこそ、熊をずっと強くしたような≪ウルス≫程度の脅威ではない、圧倒的な強者、災害と呼ぶべき存在。


 ――即ち、≪龍種≫の存在を。


 古今東西、あらゆる創作の物語、ゲームに登場するモンスターの定番。

 大型モンスターを狩ることをコンセプトにしている『Hunters Story』にとって、彼らの存在は当然といっても過言ではない。

 むしろ、『Hunters Story』の中の設定において別格と言っていい待遇が為されている。


 『Hunters Story』の中において≪龍種≫はモンスター種の中で一際強い力を持っており、ただのモンスター扱いとは一線を画している。

 ≪龍種≫の中でも頂点の個体の力はそれこそ――


 地形を変え、

 天候を変え、

 星さえも降らせる。


 はそんな存在なのだ。

 最悪で、災厄なことに。


 画面越しならば良かった。

 それだけならば彼らは『Hunters Story』という世界の設定でしかなかった。

 俺はその強さとその力強き姿に、憧憬と称賛を持ち、プレイヤーとして攻略をすることに勤しむだけで良かったのだ。


 それだけの関係だった。

 それでよかったのに。


 何の因果か俺が転生した先は『Hunters Story』とよく似た世界、ゲームの向こう側にしか居なかったモンスターが実在する世界だったのだ。


 それは絶望だった。

 知っているが故の絶望だった。


 否定したくて色々な蔵書を調べたこともあった。

 だが、結果は散々だった。

 明確な情報ではなかったが、≪龍種≫と思われる存在を示唆する伝承、書物は見つかってしまったのだ。


 ≪ウルス≫などモンスターは居るが、≪龍種≫と呼ばれた存在は居ない。

 なんて一抹の希望を抱いたこともあったがそれすらも摘み取られてしまった。


 ――ああ、恐ろしい。恐ろしい。……クソったれだ。


 俺は心底、世界を呪った。

 世界を壊すような化物が複数、この大陸のどこかで眠っている。

 しかも、複数いると来たものだ。


 が気まぐれを起こすように動き出せば、この世界の生態系の中で決して上位者ではない人の作った国など容易に滅んでしまう。

 それを理解しているからこそ、俺は恐怖したのだ。

 この世界の人々も伝承や言い伝えで≪龍種≫の存在は知ってはいても、俺ほど明確にその脅威を理解しているわけではない。

 あくまで御伽噺のような存在として認識している。


 だからこそ、普通に暮らすことも出来るのだ。

 それが酷く羨ましかった。


 姿もない、気配もない、だがどこかに居るという確信。

 の息吹に俺は怯えながら幼少期を過ごした。


 それでも帝都に居る間はマシだったのだ。

 『Hunters Story』においてフレーバー的な説明に終始し、言うなれば世界設定の一部でしかなかったこの場所なら酷いことにはならない。

 根拠もなくそう思いこめた。


 だから、『Hunters Story』の主な舞台である≪グレイシア≫に送られるという話になった時、俺は真の意味でこの世界を呪って絶望した。

 生きれる気がまるでしなかったのだ。

 ≪龍種≫どころの話ではなくなった。

 この世界には人より強い大型モンスターがそれこそ数え切れないほどに存在する。下位のモンスターとされる≪ウルス≫とて装備が整っていないければ、狩人もただの獲物でしかない。上位のモンスターともなれば村の一つや二つなど平然と蹂躙する。

 それらのモンスターが無数に横行闊歩するのがロルツィング辺境伯領モンスター・パラダイスだ。


 そんな場所に一桁の身で行って領主として無事に統治する。


 将来を悲観してもさほどおかしくはない、と個人的に思うのだ。

 モンスターの餌として食い荒らされて死ぬより、出来れば楽に今世は終えたいなと苦しみの無い死に方を一時期真剣に考察したことすらあった。


 それでも今の俺は領主としての仕事を精力的にする程度には前向きになれた。

 それにはある切っ掛けがあった。

 ギルドマスターのガノンド、そして鍛冶屋のゴースとの出会いだ。


 詰まる所、それは『Hunters Story』のとの出会い。

 俺はそこに希望を見出した。



 もしかしたらこの世界は『Hunters Story』の設定を基礎ベースにした世界……ではなく、『Hunters Story』基礎ベースにした世界なのかもしれない。


 そんな希望に縋ったのだ。


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