第八話:待ち人は現れず
アンネリーゼの声が響き、ガノンドが気まずげに口ごもった。
微妙な空気が三人の間に漂い、俺も少しだけ眼を泳がした。
どうにも長い付き合いで素も少し見せてしまってる相手というのは対応に困る。
前世から人付き合いがさして上手くない人間なのだ。
貴族として領主として対応する場合の方が作っているのでそういう意味では楽だ。
あっちはあっちで敬われて精神を疲弊するので、どっちみちではあるのだが。
「まあ、なんだ。祭りを楽しめよってことさ。領主様」
「ああ、わかったよ」
「んじゃ、俺は奥の方で食べてから仕事に戻るからよ。親子の時間を楽しんでくれや」
ガノンドはそう言って場の空気を切り替えるように明るく言うと立ちあがった。
「三番通りにある串焼きは中々美味かったからな。いっぺん寄ってみると言い。ソースが絶品だったぞ」
「結構食べているな、仕事をしていたんじゃなかったのか?」
「祭りの様子を見まわるのも仕事の内さ」
「ギルドマスターの仕事とは思えないがな」
「へへっ、狩人が増えたのはいいことだがギルドとしては色々と手間が増えて痛し痒しってところでな。書類やらなんやら増えるし……全く。気晴らしでもしないとやってられん。最近は活動拠点を領外からこっちに移す狩人も多くてな、良いことではあるんだが……」
「狩人は危険は多いですけど、一獲千金の夢もありますからね」
「モンスター素材は高値で売れるからな。希少価値の高いモンスターの狩猟に成功すれば一発逆転も夢じゃねえ。特にロルツィング辺境伯領はモンスターが強力な分、報酬なども高いしな。それでもこれまでは危険さと天秤にかけてそこまで多くは無かったんだが、色々と制度を整えてギルドとしての補助が行き届いているって噂が広がってな。嬉しい悲鳴ってやつさ」
「素晴らしいことですね」
「まあ、な。狩人を目指す者も増えて、新入りも年々増えるようになったのは肌身で感じるよ。昔はもっと少なかったんだがなぁ……。今月も何人か新人の狩人が入ることが決まった所でな、全く……っと、いけねぇ。話し込んじまった。邪魔したな」
「……新人」
そう言って思い出したかのように離れようとするガノンドへと俺は問いかけた。
「ああ、そうだ。最後に聞きたいことがあったんだ」
正確に言えば聞いておかなければならないことだが。
「あん? どうしたんだ?」
「いや、なに、大したことじゃないんだが」
俺は少しだけ逡巡して、だけども振り切るようにしてガノンドに尋ねた。
「キャラバンの方で何か……そう、事件は起こらなかった?」
「事件?」
「ああ、いや、最近増やしだろう? だから変なトラブルか何かが起きなかったか……っと、気になってな」
「あー、そういうことか。ふむ……」
ガノンドは俺の言葉を聞いた後、少し考えた上で答えた。
「いや、別に事件は起こってないな」
「……何も?」
「ああ、細かいトラブルはともかくとして。俺にまで届くようなトラブルは起こってねぇよ、心配するな」
そう返したガノンドに俺はさらに尋ねた。
「そ、そうか……。そう言えば外からの新人が入るって話だが……なんだ。ガノンドの目に止まるようなやつは居たか?」
俺は祈るような気持ちで聞いた。
「んー、そうだな」
指を顎にやってしばしの熟考の後、ガノンドは答えた。
「――いいや、特に」
「……そうか」
「それなりに威勢のいいのは居るがな。こっちでもやっていけるか……」
俺はガノンドの言葉を聞き流しながらも平静を装おった。
気を抜けば力が抜けてしまいそうになる身体、それでも気を張って誤魔化せたと信じたい。
「アルマン様……?」
「何でもない。……何も無かったんだ」
そんな俺の様子に不信を感じ、案じるように問いかけるアンネリーゼを誤魔化しながら一日を過ごした。
≪ドルマ祭≫という十年に一度の祭典を俺はただ一人の家族と過ごしたのだ。
逃れようのない、一つの真実を突き付けられながら。
◆
わかってはいた。
わかってはいたのだ。
薄々そうじゃないかとは思っていたのだ。
日が落ちて夜の帳に包まれ、月明かりだけが照らす邸宅のバルコニー。
俺は椅子に腰かけるとぼんやりと空を見上げていた。
何をするわけでも無く、ただ心を整理する為だけに異世界の空を見上げる。
思いをはせる。
それは思い出深い、前世で初めて『Hunters Story』を始めた時の記憶。
ワクワクとしながらスイッチを入れて、壮大な音楽から始まる冒険の始まり。
『Hunters Story』のOPはプレイヤーがモンスターに襲われることから始まる。
プレイヤーは帝都からこの≪グレイシア≫にやってきた狩人を目指す青年で、砂漠を渡るのに力仕事を手伝うことを条件にキャラバンと一緒にやって来るのだ。
その道中でモンスターに襲われ、プレイヤーはチュートリアルとしてモンスターを倒す。
その姿を偶然に見たガノンドが才能を感じプレイヤーに話しかけてくる。
それがプレイヤーの狩人としての始まりだ。
そして、≪グレイシア≫に初めて入ったプレイヤーが見ることになるのが十年に一度の祭りである≪ドルマ祭≫に沸く、活気に満ちた街の姿だ。
当時では最先端のグラフィックで作られた壮大な映像は俺の脳裏に今でも焼き付いている。
「そう、そうなんだよ。今日のはずなんだ……」
詰まる所、だ。
『Hunters Story』のストーリーの始まりは≪ドルマ祭≫だ。
今日のはずだったのだ。
プレイヤーが、ゲーム主人公が登場し、そして物語は始まるはず……だったはずなのに。
「――でも、来なかった」
一つ、今日証明されたことがあった。
十年の月日が経ち、ようやく証明された新事実だ。
この世界に、
存在しない。
それが俺が今日という日に改めて知った、この世界の一つの真実だった。
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