第七話:ギルドマスター・ガノンド


「ガノンド……っ、?」


 俺は一瞬だけ口ごもりながらも尋ねた。


「だから、飯だよ。飯。外は何かと込み合っててな。飯を食うなら落ち着いたところで取りたいだろ? わいわい食う飯も嫌いじゃねーが、まだ仕事がこの後もだいぶ残ってるし……英気を養う意味でな」


「なるほど……」


「それにここは俺の通いの店でもあるしな」


「そ、そうなのですか?」


「おや、意外か? まあ、≪ウルス≫肉の塊を食いちぎってるのがお似合いの顔だからなぁ。こんなお上品な料理を食べるようには思えないだろうが」


「そ、そんなことは決して……。あっ、失礼しましたガノンド様!」


 アンネリーゼは自身が座ったままでこの街の有力者であるギルドマスターのガノンドと話すのは失礼にあたる。

 ひいては俺の品位を下げることになると思ったのか慌てて立ち上がろうとするが、それをガノンドは手で押さえた。


「話は聞いてる。今日は親子水入らずってやつなんだろう? 水は差さねえよ。店長」


「はい、それではごゆっくり」


 ガノンドが何かを指示すると店長は心得たように下がり、そして何かを小さな板をひっくり返すような音と扉を閉める音が流れてきた。


「昔の馴染みでな。時たまにこうして融通を利かせて貰ってる。色々と気苦労が絶えない立場だからな、一人で食いたくなる時もあるんだよ。……もう客が来ることはねぇ。安心して料理を親子で楽しみな」


「……ありがとうございます」


 アンネリーゼはしばらく考え込むとまた席に着いた。


「ここの≪リードルのワイン煮≫は美味いだろう? 俺のおすすめだ」


「ええ、とても」


「口にあってよかった。実はアルマン様に頼まれてな、アンネリーゼが好む≪リードル≫の肉を使う美味しい店はないか、とな。それで紹介したんだ」


「まあ、そうだったのですね。……全く、もう」


 どこか嬉しそうにこちらを見つめるアンネリーゼの視線に、俺は思わず目を逸らしてしまう。

 アンネリーゼと祭りを回るために色々と手を打ったのは事実だが、わざわざ言わなくてもいいではないかと睨むがまるで効果はない。

 ガノンドは素知らぬ顔をしている。


 ――全く、やりづらい。


 ギルドマスター・ガノンド。

 ロルツィング辺境伯領一帯を管轄するギルドの長。

 二十年ほど前に先代がモンスターの襲来で急に亡くなった際、急遽後釜に座りロルツィング辺境伯領の狩人ギルドを支えてきた男。

 今年で四十八歳であり、その長年の貢献から尊敬と信頼を一手に引き受ける街でもかなりの影響力を持つ有力者だ。


 外見は金色に赤のメッシュが入った髪が特徴で、性格は豪放磊落と見せかけてかなり冷静沈着に計算高い一面も持つ。

 得意な武器種はハンマーを好み、狩人としての腕も一流。≪ワイバーン種≫の大型モンスターのソロ討伐を成し遂げた伝説もある。


 そして、何よりもこの男は『Hunters Story』に出てくるというのが俺にとっては何よりも厄介だった。


 『Hunters Story』は狩りゲーとして主にプレイヤーとモンスターとの狩猟、戦いが主眼のゲームなためか基本的に人間で名前のついているネームドキャラというのはあまり多くない。

 依頼クエストを受けたりするとき以外にNPCに話しかけることは無い。フィールドに出て依頼クエストが終わったら、帰って装備整えて次の依頼クエストへ……がルーチンワークなのでプレイヤーが人と関わることがほとんどない。その為だろうか大抵のNPCは名前すらついて居ない場合がほとんどだ。


 そんな中、名前があるキャラは『Hunters Story』のストーリーに関係しているキャラ、プレイヤーと特別に親交が深いキャラに限られる。

 その一人がこのギルドマスターであるガノンドだ。

 プレイヤーが狩人として成長する過程においてガノンドとの交流は必須だ。彼の協力あってこそ、困難な依頼クエストにプレイヤーは挑戦できるのだ。


 何なら依頼クエストの種類によっては、プレイヤーのサポートキャラとして一緒に狩猟を楽しめるし、しかも上級モンスター相手でも普通に強く、頼りにもなる。

 個人としても組織の長としても決して粗略には扱えない存在がガノンドという男だった。


「それにしても≪リードル≫の飼育だって? いいじゃねぇか、俺は賛成だぜ。贅沢は敵とも言うが余裕ってのは大事だ。常に危険があるこんな街だからこそ、そういうのは重要だと思うぜ」


「単に自分が食べたいだけじゃないのか?」


「まあ、それは否定はしない。アルマン様が来る前には雨季が続いて飢餓が起きた時代もあった。それを考えりゃ、こうして飯の心配をしなくていいほどには豊かになって、これ以上は贅沢だろうと思わなくはないが……満ち足りるとより良いものが欲しくなるというのは、人の性ってやつだな」


 ガノンドはそう言いながら懐から金属製の携帯容器を取り出した。


「それは……確か、帝都の方の」


「ええ、見たことがありますね」


「おっ、やっぱわかるか。流石は帝都育ち、実はいい酒が手に入ってな」


 そう言ってガノンドは一口だけ呷った。

 そして、堪らないとばかりに声を漏らした。


「くぅ~~っ! いいねぇ、南部の酒って話だが葡萄酒とは違ったガツンと来る強烈な刺激。いや、堪らん」


「また買いあさったのか? ほどほどにしておけ、ギルドマスターともあろうものが酔っ払っていては示しがつかない」


「ちゃんと時と場合は弁えているさ。ただ、今日ぐらいは良いだろう?」


「相変わらずの酒好きだな」


「仕方ねえさ、交易が活発化して入ってくる物の種類も量も色々と増えたからな。目移りしちまう。酒だけじゃなくて食い物まで色々と……見てみろよ、このドルマ祭のにぎやかさ」


 ガノンドがそう俺を促すように言った。

 二階にあるこの店の窓からは祭りを楽しむ≪グレイシア≫の街が一望できた。



「この祭りも俺はこれで四度目だ。だが、これほど盛大なのは初めてだ。物も人もこれだけ集まった記憶はねぇ。領主様の御力の賜物ってやつかね?」


「みんなが頑張ったお陰だ。俺の力なんて大したことじゃ……」


「まさか、そう思ってるのはアルマン様ぐらいさ。≪回復薬ポーション≫の件に≪スキル≫の発見、防具武具の貸し出し制度、色々と尽力した十年の成果がこの≪ドルマ祭≫じゃねぇか。俺は大したことだと思うがね?」



 そう言って流し目で見てくるガノンドの眼から逃れるように俺は身じろいだ。


「そうです。アルマン様は偉大な功績を築いておられます」


「次はどんな酒を買おうか。どんなうまい飯でも探そうか……そんな贅沢な悩みだって生まれるようになった。余地を作れるほどに豊かにした。領主としてこれほど素晴らしいことはない。「俺のお陰だ!」って胸を張って偉ぶっても誰も文句は言わないと思うんだが……」


「苦手なんだよ。そういうことは……」


「ふむ……? そうか? 苦手というより、アルマン様のは――」



「ガノンド様」


「……悪ィ、変なこと言っちまったな」



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