第六話:ロルツィング辺境伯の偉大なる功績


 ――「全く足りていない。≪回復薬ポーション≫はこのモンスターの支配地域との最前線であるロルツィング辺境伯領において、であってはならない。でなくちゃいけない」


 それは『Hunters Story』をプレイした時の経験則から来るものだった。

 基本的に設定的にモンスターと人間では圧倒的にモンスターの方が上なのだ。

 それ故、ゲームバランスとしてこちらが上級装備で固め、相手が余程の下位でもない限りモンスターの攻撃を連続で受け続ければあっさりとプレイヤーは倒れてしまう。HPヒット・ポイントゲージは常にマックスにしておかないと、不意の攻撃を受けての事故死の可能性が付きまとうのだ。


 だからこそ、それを回避するために≪回復薬ポーション≫を少しでもダメージを受けたら隙を見て使うのが常識なのだが、そんなことをしていれば加速度的に≪回復薬ポーション≫の消費が激しくなるのは必然といえよう。

 アイテムショップで同時に購入できる最大個数の99個をワンセットで買うようになり、それでも気付いた時には貯蓄から消えていて慌てて依頼クエスト開始前に買いに行く……など、よくある事だったのだ。


「≪薬草≫栽培の権利と栽培技術の解放、それによる大規模な≪薬草農場≫の完成。≪薬草≫の生産量の向上によって≪回復薬ポーション≫の価格を抑えることに成功し、それは狩人の高かった死亡率を下げることにも繋がりました。狩人の総数は順調に右肩上がりに……安定的な交易の維持に狩人を回せる余裕が生まれ、それはこうして民の生活やそして税収の向上にも……。うふふふふふ、アルマン様の領主としての偉大な功績……」


 アンネリーゼが両手を口に添え、それでも堪えきれずに嬉しそうに笑いながら褒め称える。

 いつもの癖だ。今世の母であるアンネリーゼは息子である俺を事あるごとにこのように称えてくる。

 特に貴族や領主らしい事柄だと格別に、だ。

 それがどうにも気恥ずかしくなってしまう。


「ま、まあ、そこまで考えていてやったわけじゃないけどね。それにどうにも前任者は評判が悪かったようだから人気取りも兼ねてだったから……それに農場に関してだって整備が進んだのは民の頑張りで、俺は助成とかつけただけで別に」


「もう! ダメですよ、謙遜は美徳ですけどアルマン様はし過ぎてしまう所があります。それと口調!」


「あ、うん。じゃなくて……ああ」


「農場の拡大に対しては何もやっていないとは言いますけど、≪スキル≫を使うことで生育速度を効率化出来ることを発明したではありませんか。立派な貢献であり、≪薬草≫の生産量の向上に十分に寄与したと誇れる実績です」


「あれは……まあ、ちょっとした思いつきだったが興味深い結果になったな」


 このロルツィング辺境伯領で生き残るため、『Hunters Story』の仕様がどれほど適応されているのかを試していた時に偶然に発見したものだった。

 『Hunters Story』には≪スキル≫が多様に存在するがその中に≪植生学≫という≪スキル≫が存在する。フィールドアイテムを採取する際にボーナスを付与する≪スキル≫で、≪植生学≫は植物類のアイテムを採取する際に取得数が増加する≪スキル≫だ。

 俺はこういう採取系の≪スキル≫は、この世界ではどうなっているのだろうと気になった。

 ゲームの仕様では一つしか取れない場所でも追加で得られるというものだったが、当然現実では≪薬草≫を一つ取ったら二つになるというわけではない。

 ただ、≪スキル≫発動状態で採取を行うと多く採れた。

 何度か試すうちにどうやら≪植生学≫を発動中は、植物についてどうにも勘が良くなりそのお陰でフィールドで採取する際に多く発見して採取が出来た、という結論に至ったのだ。

 思い返せば、確かに≪スキル≫のフレーバーテキストにもそんな内容が書かれていた記憶もあった。基本的に効果の内容ばかり気にしていたのでうろ覚えではあったが……。


 ともかく、その結論に至った俺はふと思いついたのだ。

 植物に対する勘が良くなる≪植生学≫、これを農業に生かせないだろうかと。

 半ばその場の思い付きであり、結果が出るとも思っても居なかったのだが予想に反してそれは大成功。

 ≪植生学≫を発動させるために防具を着せて農作業をさせた農場と普通に育てさせた農場、その二つは誰の目に見ても明らかなほどの差が生育に現れたのだ。

 その事が証明されてからはこの≪グレイシア≫の農場では、モンスター防具を着て農作業をする農夫の姿が当たり前になるほどに浸透してしまった。


 正直、やらかしてしまった感はある。


「ああ、実に……実に素晴らしい。アルマン様の発見と≪薬草農場≫により、ロルツィング辺境伯領には十分な≪回復薬ポーション≫が流通するようになり、民は皆感謝をしています。その他にも数々の政策を実行し、そして自らも必要とあらば狩人として外に狩猟に出かける勇猛さを見せ、民のため、領地のために心を砕くその姿は貴族の中の貴族、ロルツィング辺境伯領の歴史の中で名領主として受け継がれること間違い無しで……」


 アンネリーゼの興奮はとどまること知らない。

 一切悪気なく、ただ称賛しようとしているだけなのはわかっているのだが面映ゆくて仕方がない。

 俺は一先ず逃げるように、


「と、とりあえず……だな、アンネリーゼ。実は食事処の予約をしているんだ。アンネリーゼの好きな≪リードル≫の肉を使った美味しい料理も出ると紹介されて……だから、な?」


 と、恐る恐る言うのが精いっぱいだった。



                  ◆



 一口噛むとほどけるような食感と共に芳醇な香りと凝縮された味わいが口の中いっぱいに広がった。

 ほのかな酸味と肉のエキスがたっぷりと溶け合ったソースが堪らない調和を生み出している。


「うん、美味しい。柔らかくて濃厚で……驚いたな」


「恐悦です、領主様」


 思わず口から零れた称賛の声にわざわざ料理の説明のために現れた店主が頭を下げた。


「本当……どちらかと言うとたんぱくな≪リードル≫の肉が、こんなに味わい深くなるなんて」


「葡萄酒で丹念に時間をかけて煮込み、領主様にお出しするのに恥ずかしくない一品になるよう手間暇をかけさせて頂きました」


「実に素晴らしい。ええ、アルマン様に相応しい料理です」


 アンネリーゼも感嘆の声を上げ、気に入った様子だ。

 俺はそれを見てどうやら噂の店として紹介されたこの食事処は、十分な当たりだったようだと満足した。

 この店では珍しく≪リードル≫の肉を使った料理を試行錯誤しているという話を聞いて選んだ。


 ≪リードル≫というのは前の世界で言うウサギのようなモンスターだ。

 肉質はとても柔らかくしっとりとし甘みがあって女性には好む者も多い。

 反面、男性にはあまり好まれない。

 これは単純に≪リードル≫は小さ過ぎて一匹から取れる肉の量も少ないので、その分値段が上がってしまうからだ。

 男というのは多少味が落ちようが大量に肉を食えた方が嬉しい生き物だ。

 特に開拓都市ともなれば活力に満ちた男ばかりで、上品な味の≪リードル≫の肉よりガツンとした野性味がある≪ウルス≫肉のステーキの方が好まれる傾向にある。


 そう言った意味でこの食事処のような店は≪グレイシア≫では珍しいと言えた。


「うん、実に美味しかった。このまま、精進を続けて欲しい。開拓都市というだけあってどうにも味よりも量という傾向が強いが……いや、それが悪いとは言わない。だが、やはり料理は多様性に富んでいるべきだと思う」


「お褒めに預かり光栄です」


 恐縮するように身を固める店主に俺は続けて話をかける。

 緊張されながら会話を行うのにもこの十年ですっかりと慣れてしまった。


「≪リードル≫の肉は手に入りづらいからな、試作を作るにも大変だったろうに」


「ええ、まあ、そうですね。それなりに苦労も……最近は運が悪く不猟も続いていたようでして」


「むっ、そうなのか?」


「そう言えば……私もそんな話を使用人から聞きましたね」


「ふむ、≪リードル≫はどうしても一匹から取れる肉の量がなぁ……」


 繁殖力は高く、数も多いのだがすばしっこくて捕まえにくい。

 事前に罠を仕掛けておくのが手順としては一般的なのだが罠を仕掛けるのも回収するのもそれなりに手間というものがかかる。

 その割には肉の量は少ないのであまり利益率としては高くない。

 狩人が依頼クエスト帰りの際に見つければ小遣い稼ぎに狩るぐらいで、能動的に定期的に狩る者というのはあまり居ないのだ。


「いっそのこと食用家畜として飼育できないか試してみるかな……。そうすれば安定的な供給に繋がるだろうし」


「≪リードル≫を……ですか? アルマン様、何といいますか……贅沢な話でございますね」


「まあ、贅沢と言えば贅沢な話ではある。けど、まあ、そんな贅沢な話を冗談でもできるようになる程度にはこの≪グレイシア≫も余裕が出来た、ということで……許せ、アンネリーゼ」


「別に怒ってなど居ません」


「そうか?」




「良いじゃねぇか。景気のいい話ってのは好きだぜ、俺は」




 不意に聞き慣れた声が割り込んできた。

 振り向けばそこに居たのは二メートル近い大柄の偉丈夫。

 逞しく鍛えられた筋肉は普段着ようの下からでも伺えるほど。


 それは戦う男。

 狩人の男であるならば、斯くあれと呼ばれる男。


「おや、ギルドマスターではございませんか。少々、早いお着きですな」


「済まねえな。ちょっと早めに昼を食いに来たぜ」


 ギルドマスターのガノンドがそこには居た。


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