第五話:十年の月日
照りつける太陽にも負けない熱気がそこにはあった。
≪グレイシア≫一番の石畳の大通りは常に賑わい、人や馬車など多くものが行き交う様子は見知った光景と言ってもいい。
だが、今日は明らかに普段の様子とは違っていた。
「これがドルマ祭……」
「ああ、そうだね」
まず、人の数が違う。
目に見えて違って目測だが普段の三倍か五倍は行き交っていると感じた。
それに≪グレイシア≫では見慣れない装束の者も目に付く、おそらくはロルツィング辺境伯領内に点在する村のどこからか来た者だろう。珍しいことだ。
次に違うのが出店の数だ。
普段もそれなりに活気があり店を出している者も多いが、祭りの時期だけは特別に通りに店を出す許可を出したらこの有様だ、どこもかしこも祭りに乗じて一儲けとあの手この手の店が互いに競り合うように並んでいる。
タレに付け込まれた≪ウルス≫肉の串焼き、水で冷やした瑞々しい果物、ふわふわの綿あめ菓子、等々。
食べ物だけでも探せばいくらでもある。
それ以外でも珍しい工芸品や流れ物の珍品を売りつけようとする店に、射的や輪投げのような遊興を目的とした店もあり、正しく多種多様だ。
そして、最後に一番違うのが大通りの中心を進んでいく
紅く巨大で長い首と尾を持ち背中には一対の翼を有したモンスターの模型。
それを≪グレイシア≫の若い者が集まって支え、高々と掲げながら街を練り歩くのだ。
「ドルマ祭ってこんな祭りだったんだな……。何というか凄い熱気だ」
「十年に一度のお祭りですからね。私たちがやって来たときも行ってはいたようですが……それどころではなくて」
悔いるように少しだけ顔を俯かせたアンネリーゼに俺は言った。
「ああ、だから今日はその分も一緒に回ろうな? アンネリーゼ」
「……もしかして、そのために領主様の癖にほぼほどノータッチで街の者に主催させたのですか?」
「誤解だ。俺は所詮は生まれは外育ちだからな。色々と大規模な祭りなど出来ない場所であるが故、ドルマ祭には中々の情熱をロルツィング辺境伯領の民は持っているようだからな。それを領主として立てただけさ」
「そ、そうでしたか。失礼しました、アルマン様。私は貴方の民への慈愛の心を――」
「まあ、そういうのは建前で……お祭りは面倒臭いから勝手にやらせた方が楽でいいなーって。あと、それで出来た余暇で母さんと祭りを回れればなーって」
「アルマン様?」
「はい」
俺はアンネリーゼの声に思わず姿勢を正した。
領主たる威厳の欠片も無いが、そんなものは手に持った串焼きの棒で今更だし、相手が母さんである以上は仕方のないことなのだ。
即ち、摂理。
「……もう、本当に仕方ない子なんだから」
畏まってアンネリーゼの説教を聞こうと体勢を整えた俺に対して、どこか愛おしそうに笑いそして促した。
「ほら、立ってください。貴族であり、領主ともあろうものが侍女に叱られる様子など、外で見せるわけにもいかないでしょう」
「……一応、変装はしているから大丈夫じゃないか?」
「フードを被っているだけですからね。わかる人には気づかれていますよ」
「そうか……気を使わせたかな?」
前日に約束をしていた通りにドルマ祭に訪れた俺たちだが、視察云々はただのでまかせというか勢いで言ったようなものだ。
視察という名目で行われるアンネリーゼとの二人での祭り巡り、それを万全にするために二人でフードを被って変装してたのだが……あまり、効果はなかったようだ。
「祭りの時に領主なんて居られると邪魔だと思ったから気を使ったんだけどなぁ」
「ふふっ、密かに楽しみたいと思いを汲んでのことでしょう。ご厚意に感謝をいたしましょう。それから、これ……はい、あーん」
「んっ、んぐっ……甘い。これは焼き菓子か?」
不意に何やらアンネリーゼに口元に押し付けられ、俺は促されるままにパクリ。
咀嚼すると感じるほのかな甘味にそう尋ねた。
「おまけだと受け取りました」
「焼き菓子か……こっちでは珍しいな。気候的な問題もあってなかなか……」
「輸入物とのことです」
「輸入? ああ、帝都からのか。確か最近はキャラバンの方が上手くいってるから、便数を増やしてたんだったか……ああ、それで……」
「小麦とか色々、安く手に入って助かっちゃった……っとのことです。一昔前は何時やって来るかもわからなかったのに、最近は定期的にやってくれるようになって助かっているとも」
キャラバンというのはロルツィング辺境伯領と帝都の間、≪アジル砂漠≫を渡るために商人や輸送を営む者が共同出資して出来た組織だ。
彼らは≪アジル砂漠≫を横断し交易することで利益を得ているのだが、当然その道中には危険がたくさん存在する。
砂漠のモンスターの襲撃や盗賊団の略奪などがその筆頭だ。
そのため、彼らはキャラバンの輸送を守ってくれる良質な狩人を常に求めている。
とはいえ、キャラバンの輸送ともなれば長期に時間を拘束されてしまう。
これはモンスターの支配地域との最前線であるロルツィング辺境伯領としては中々に厳しい。
交易も大事ではあるがやるべきことはたくさんあるし、いざという時に動ける有能な狩人が領内には一定数居て欲しいという気持ちも強い。
急に何かあった時に狩人が居ないでは困るのだ。
だが、同時に帝都との交易もロルツィング辺境伯領にとっては大事ではある。
そんなわけでこれまでキャラバンによる交易というのは非常に頭の痛い問題だったのだが、近年ではある程度の落ち着きを見せている。
それは何故かと聞かれれば、
「まあ、最近は狩人も増えてきたしな。ギルドに聞いたところによると金級昇格者、銀級昇格者も順調に増えているようだし、ようやく余裕が出てきたと言った所か」
単純に狩人の母数が増えたというのが大きい。
「ふふふっ、アルマン様のお陰ですね。長年の努力が実った結果です」
「……そんな、大したことはしてないよ」
「おや、そうですか? しかし、アルマン様のお陰で大規模な≪薬草農場≫が出来て≪
「まあ、≪薬草≫の件についてはなぁ」
≪薬草≫。
色々なゲームによく登場する回復アイテムの定番であり、それは『Hunters Story』でも変わらない。
≪調合≫することで≪
一応、≪スキル≫でも≪
その事を考えれば『Hunters Story』において≪
そしてそれはこの世界でも変わらない。むしろ、それ以上と言っていい。
現実とゲームが入り混じったこの世界は妙にゲーム的な所がある。
理屈とか抜きで≪
それはこの世界の食物連鎖において決して高くない地位にいる人類にとって、明確なアドバンテージでもあった。
それ故に古来より、≪
まだ、人類がこれほど生存圏を広げていなかった頃、≪
だからこそ、安定的な供給が求められ限られた責任を持った者だけがその管理を任された。
そして、それは何時しか権力へと変わり、貴族という地位の元となった。
ある意味では必然だったのかもしれない。
こんな命の安い世界において、≪
絶対的優位の特権と言える。
この世界において貴族という存在が罷り通っているのは、彼らのみが自領内の≪薬草≫の管理をする権利が帝国法に基づいて許されている。
そして、それはこのロルツィング辺境伯領でも同じだった。
「こっちに来てから最初に行ったのが、ロルツィング家の持つ≪薬草≫栽培の権利の解放だなんて……今思えば無茶をしたものです」
「アンネリーゼにも怒られたしね」
「そ、それは……急にアルマン様が言い出すからで」
「ははは、まあ、こんな場所だからな。≪薬草≫なんていくらあっても足りないぐらいだ。品質と安定的な供給を両立するため、専売制というのはわからないわけではないけど……」
ここは開拓都市なのだ。
開拓が進めば規模が大きくなり、消費は激しくなり需要は高まる。
それならば規模に合わせて間口を広げるなり、農場を拡大するなりにして供給も増やせるように調整するべきだったのだが、怠っていたのかあるいは意図的なのかその節はなかった。
貴族の権力の源と言ってもいいのが≪薬草≫だ。
その価値が一定を保っている限りその権力は絶対であり、だからこそ前任者たちは制限をかけていたのかもしれない。
そうだとしたらナンセンスにも程がある。
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