第四話:親子の団欒


 アンネリーゼ・ヴォルツ。

 それが母の名前だ。ロルツィングの姓を名乗ることは許されていない。

 何故ならば貴族ではないからだ。

 正確に言えばかつては良家の出身だったが没落し、帝都で従者として買われ、そして手を出された。

 結果、産まれた子が俺というわけだ。


 詰まる所、妾腹の子供というわけになるのだがそんな俺がロルツィングの名前を乗り、そして辺境伯の爵位を正当に持っているには色々と話が転がった結果だ。

 世界観の設定資料集をそこまで読み込んでいなかったので知らなかったが、元をたどるとこのロルツィング一族と辺境伯領の成り立ちの歴史に話が繋がる。


 だいぶ昔のことだ。

 この大陸の人類の生存圏がもっと小さかった時代、人の数を間引くための実態的にはただの棄民として開拓団を大型モンスターが支配する地域に送り込むことが多々あった。

 その多くは当然のように失敗し、人口を調整するという目的のみを達成していたがその中で唯一安定した開拓地を作ることに成功したのがロルツィング辺境伯領の始まりだったそうだ。

 時の帝国はその偉業を称賛し、開拓団の指導者に貴族の地位を与え、その一族に地域を代々治める栄誉を許した。


 それほどの偉業であり、感銘を受けたからだと言われているが実際のところ帝国が直接統治するには難しいので丸投げしたのが本当のところだろうと思っている。

 東の果てにあるロルツィング辺境伯領は、帝都との間に砂漠地帯が広がって分断していることもあり、孤立しているような場所にあるからだ。

 希少な鉱石やモンスターの素材が手に入るとはいえ、これでは帝都から統治するのは非常に困難だ。

 それならば、と時の権力者は計算をしたのだ。


 兎にも角にも、そうして誕生したのが≪グレイシア≫を含むロルツィング辺境伯領だった。

 ロルツィング辺境伯領は入手した希少な鉱石、モンスターの素材を帝都へと送り、交易をすることによって互いに栄えたのだ。


 だが、それは時代を経るごとに不安定になっていった。


 ロルツィング辺境伯領はモンスターの支配地域との最前線なのだ。

 周囲を危険に取り囲まれ、常に晒されている。

 『Hunters Story』の世界において街一つを滅ぼせるモンスターなど

 被害度合いを少し下げれば、それこそうじゃうじゃと居るのがこの地域だ。


 ロルツィング一族の本家は統治者としての激務や不意の事故などにより数を減らし、そして十年ほど前にその最後の一人も亡くなってしまった。


 そう、の血が途絶えてしまったのだ。


 それに困ったのが帝都の分家でもある、シュバルツシルトの家だ。

 この家は元は帝都との交易の際の調整のために派遣されたが、危険で遠い僻地でもあるロルツィング辺境伯領に居るよりも交易での上がりをむしり取り、その金で帝都で根付いた方が楽で贅沢が出来ると半ば独立した家でもあった。


 ギルバート・シュバルツシルト。

 それが当代のシュバルツシルト家の当主であり、母であるアンネリーゼを買った男であり、俺の父親でもあった。


 彼は大変に困ったのだろう。

 半ばロルツィング家から独立しているとはいえ、ロルツィングの血を引いているからこそ辺境伯領との交易には介入できた。

 だが、本家の血が途絶え統治者が居ないとなると辺境伯領は帝国本国の直轄になる可能性もある。

 あるいはその息のかかった者か。


 とにかく、自身の家の権益が侵されることは確かだ。

 それを防ぐためにはどうすればいいか、簡単な手段は新たな領主を擁立させてしまえばいい。

 ロルツィングの血さえ引いていれば難しくはない。

 本家から派生した分家であるシュバルツシルト家の人間ならば、ロルツィング家を継ぐ名分は十分に立つのだ。


 とはいえ、辺境伯領は危険な土地だ。

 ロルツィング家を継ぐことで爵位も得られるとはいえ、都会から離れ最前線の僻地に誰が行きたがるだろうか。

 だが、誰かを立てる必要があった。


 そこで目を付けられたのがギルバートとアンネリーゼの子である俺だったのだ。


 当時六歳だった俺と母であるアンネリーゼ。

 それをロルツィング辺境伯領を維持する為だけに送り込む、そうギルバートが告げた日の夜のことを俺は今でも覚えている。


 ロルツィング辺境伯領が『Hunters Story』の主な舞台であるとその頃ちょうど知った俺はその時ほど絶望を覚えたことはなかった。

 そこがどれほどの凶悪で危険なモンスターに溢れた土地か知っている俺からすれば、そんなところに子供と女一人を送り込むなど正気とは思えない。


 情の一つもなく、単に利用する為だけに送り込まれるのだと正しく理解できてしまった。

 だが、拒否できる立場でもない。

 あの時は思い詰め、一時はさっさと楽になった方がいいのではとすら思った。

 どうしても生き延びれるビジョンが浮かばなかったのだ。


 それでも、こうしてやってこれたのは……。



 ――「やった! 貴族……貴族よ! アルマン! 貴方は貴族になったの! 貴族になれたのよ! ああ、アルマン……貴方は……貴方だけは……。私の息子……アルマン……アルマン様。貴方だけは私が……」



「…………」


「あら、どうしたの? 味付け変だった?」


 アンネリーゼの声に俺はふと我に返った。


「いや……。ちょっと昔のことを思い出してね。こっちに来て、もう十年か……と」


「ええ、そうね。そっか……そう言えば確かに。もうそんなになるのね」


「まさかここまでやり続けられることが出来るとは思わなかったな」


「もう、何を言ってるのかしら? そんないきなり、まるで一区切りついたような口ぶり……。過去を振り返って懐かしむにはまだまだ若すぎるわよ?」


「あはは」


「それでも、まあ……そうね。確かに来た時は不安もいっぱいあった。けど、アルマンはいっぱい努力をして立派な領主に、みんなから認められる貴族様になったの!」


 あっ、ヤバいなっと俺は思ったが後の祭りだ。

 アンネリーゼはテンションが上がったように配膳の皿を抱きしめながら続ける。



「ロルツィング家の正統な当主にして辺境伯、ロルツィング辺境伯として相応しい立派な男性に! 領主として土地を治め、そして狩人としても≪怪物狩り≫の二つ名で尊敬を集める……私の息子! 私の誇り! うふふふふふふふ!」



 クルクルと踊る様に回りながら浸っているアンネリーゼに無性に恥ずかしくなるが、悪意ではなく心の底から喜んでいる様子に口を挟むのも忍びない。


「あー、うん。そうだね。これからも頑張るよ。夕食美味しかったよ。さて、それじゃあお風呂にでも……」


 俺に出来るのは戦略的撤退しかない。

 しばらくすれば、落ち着くだろうと早口でそう告げると席を立ち逃げ出そうとし、


「あら、そう? じゃあ、背中を流しに行くわね? 久しぶりに一緒に入りましょう」


「…………」


 アンネリーゼに捕まってしまった。

 どうやら、テンションが上がってしまったためか息子を構いたいモードに完全に切り替わってしまったようだ。


 母であるアンネリーゼは普段から息子である俺の立場を立てるため、外では従者としての立場を決して外さずに振る舞っている。

 だが、本質としては「甘やかしたい、構いたい」というのがアンネリーゼだ。

 その反動というか、人目がある場所だと我慢している分、二人きりの時に弾ける場合があるのだ。

 一応、それでも俺が大人になるにつれて抑えるようにはしてくれていたのだが、祭りの視察の件がやはり嬉しかったのだろうか。


「いや、その……いいよ、そういうのは」


「えっ?」


 なんで、という顔をするアンネリーゼ。

 俺は出来るだけ刺激しないように言葉を選びながら続ける。


「俺もほら、いい大人だしさ」


「子供は何時まで経っても子供……はっ、も、もしかして外に怪我でもしてそれを隠してるんじゃ?!」


「いや、違うから! 大丈夫だから!」


 はわっと驚き、オロオロと心配を始めるアンネリーゼに俺は慌ててしまう。


「本当に? それなら確認させてお母さんを安心させて?」


「えっ、いや……」


「そうだ、今日は一緒に添い寝もしましょう。明日の視察も相談も必要だし、ちょうどいいわよね。最近はめっきりと減って――」


「…………」


 がんがんと押してくるアンネリーゼに冷や汗を一筋流し、これなら≪ウルス≫と戦った方がマシだなと思いながら、男として最低限のプライドを守るために口を開いた。



 その日、母アンネリーゼの攻勢からどこまで逃れることが出来たのか。

 それは親子の秘密であった。



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