第三話:従女アンネリーゼ


 都市の奥の小高い丘になった場所にロルツィングの邸宅はある。

 行政施設が集中した今の都市の中心部とはやや離れており、往復するのには少しだけ不便な面がある。

 それは何故かといえば、ロルツィングの大邸宅はロルツィングの初代当主が建てた由緒のある格式も高いものらしい。

 その時は都市の中心部に近い場所にあった。


 だが、開拓も進み。

 城塞都市として発展することによって広がるようになると、その結果昔は中心にあったはずのロルツィングの邸宅もいつの間にか中心ではなくなっていたとか。

 何事にも歴史というものはあるものだと俺はその話を聞いた時に思ったものだ。


 とはいえ、俺はこの邸宅は好きだった。


 都市の喧騒から少しだけ離れた場所にあって、小高い丘の上からの眺めもいい。

 領主としての仕事をする際には中心部に作った行政施設で行い、切り分けることでこっちは完全にプライベートな私邸として使用している。

 そのため、この邸宅には基本的に人の出入りは少ない。

 俺以外の人と言えば、最低限の邸宅の使用人に時たまに呼ぶ客人ぐらいだ。

 だからこそ貴族として、あるいは領主としての威厳を維持するのは最低限でいいというのは気が楽になる。


 そして、何よりも――


「お帰りなさいませ、アルマン様」


 夕暮れに染まる丘。

 俺の帰りを待ってのか建物の入り口の前でその女性は頭を深々と下げた。


「ああ、帰ったよ」


 青と白の二つの色からなるスカート丈の長い所謂メイド服と呼ばれる服装。

 夕日にきらきらと輝く銀髪の頭部にはホワイトブリムを着けている。

 楚々とした佇まいで向かい入れた彼女こそ、


「ただいま、母さん」


 アンネリーゼ、この世界における俺の母親だ。

 邸宅が好きな理由の大部分はアンネリーゼが常に帰りを待って居る、そのことに尽きていると言ってもいい。


「アルマン様。まだここは外で――」


「俺の屋敷の敷地の中さ。誰をどう呼ぼうが俺の勝手だろう?」


「もう……しょうがない子なんだから」


 そう言いつつもどこか嬉しそうにアンネリーゼは笑みをこぼした。

 そして、咳払いをして言い直すように口を開いた。


「お帰り、アルマン」


「ただいま、母さん」



                 ◆



「はい、たんと召し上がれ! アルマンの好きなシチューよ」


「おお、美味しそうだ」


「ふふっ、よく食べて疲れを癒してね?」


 並べられた食欲を誘う匂いを放つ熱々のシチュー。

 それを一口食べればホッとする味が身体の中いっぱいに広がった。


「まだまだ、あるからね? 蜜箱から蜂蜜もたっぷりとれたからデザートも作ってみたの。それから自家製のワインもそろそろいい具合だし――」


 ソースと共によく煮込まれた濃厚な味わいの野菜や肉の味に舌鼓を打ち、サラダで口直しを挟みながら食事を堪能する俺を尻目にアンネリーゼはあっちに行ったり、こっちに行ったりと忙しなく動いている。


「母さん、前から言ってるがもう少し使用人を増やしてもいいんだよ? というか、夜になったら帰すのをやめればもっと楽に……。一緒にゆっくり食事を」


「嫌よ!」


「母さん……」


「アルマンのお世話は私がするの! ずっと前からそうなの!」


 アンネリーゼはそう言った。

 外で見せる楚々として決して従者としての態度を崩さない態度とは違う、どこか我儘な子供のように気の強い性格がアンネリーゼの真の性格であることを俺は知っていた。


 既に十八歳の子を産んで育てた以上、アンネリーゼもいい大人な年齢ではあるはずなのだがそうとは思えないほど若々しく、前世の基準でいうならば下手をすれば高校生くらいの若く瑞々しい姿のままなのも影響がしているのだろう。


 ≪森の民≫という特殊な力を持った亜人。

 エルフのような存在の血が流れており、それにより老いづらいのだと聞いたことがある。

 そのためか姿は若々しいままで、それに引っ張られるように少し幼い性格をしている。


 まあ、それを見せるのは本当に親しいものだけなのだが……。


「でも、俺としては母さんがパタパタしてる横で食べるより、一緒にゆっくり食べたいんだけどなぁ」


「ううっ……アルマンのお世話は私が……取られたくない。でも……一緒に食べるのも……」


 今日は少しだけ押してみたが、アンネリーゼが困ったように眉を下げた辺りで俺はやめることにした。

 相も変わらず、我が母親は俺のことを自分の手で甘やかしたい欲求が強いようだ。


「わかったよ。無理を言ってゴメン、母さん」


「ううん、私こそ……アルマンがそうしたいって言うなら、そうするべきなのに」


「いや、いいんだよ。ああ、そうだ。じゃあ、明日の祭り、一緒に回ろうよ。それで一緒に食事とか……外ならいいだろ?」


「ドルマ祭に……? でも……」


 俺がそう誘うとアンネリーゼは一瞬嬉しそうな顔をするも、すぐに顔を少しだけ曇らせた。

 理由はわかるが、ここで引くわけにもいかない。

 俺は畳みかけた。


「俺は領主だぞ? 祭りの視察ぐらいはしなきゃな。けど、従者の一人でもついてなければ格好がつかないだろ」


「それはそうかもしれないけど。でも、ダメよ。外で一緒に食事だなんて」


「貴方は正統なる貴族。ロルツィング辺境伯を継ぎし者。それが従者と同じ席で外で食べるなんて……」


「母さん」


「うっ、でも、アルマン。貴方は貴族、私は……」


「ではアルマン・ロルツィングの名において命ずる。祭りの視察に同行し、そして俺と一緒の席で食事をすること。……返事は?」


「……も、もう! 仕方ない子なんだから」


 アンネリーゼは仕方なさそうに困った顔を作ってはいるが、微かに頬が緩んでいるのを俺は見逃さなかった。


「アンネリーゼ・ヴォルツ、確かに拝命しました」


「うむ」


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