第二話:鍛冶屋のゴース


 石畳の大通りを歩き、俺は城塞都市≪グレイシア≫の工房区へと向かう。

 工房区とはその言葉の通り、この都市を支える日用品や採掘された鉱石などの加工、そして狩人にとって何よりも大事な武具や防具などを生産する工房が集中した区画だ。

 俺の姿を見るなり、お辞儀や挨拶を行ってくる街の人々を適度に表情を崩さないように捌きながら区の中でも一際大きな建物の中に入った。


「ゴースは居るか?」


「ああ、領主様。お帰りなさいませ。直ぐにお呼びいたします」


「いや、いい。どうせ奥の大工房で試作の途中だろう? こっちから行った方が早い。用件もいつも通りだしな」


 俺は工房で働く作業員の一人に話しかけ、目的の人物が居ることだけを確認するとさっさと奥の方へと向かう。

 勝手知ったる建物内の道を進み、階段を下りて地下の大工房への扉を開いた。



「これ! 儂が呼んでもいないのに扉を開けるなど……」


「試作の途中にすまないな、ゴース」


「なんじゃ、アルマン坊か」



 扉の開けた先にいた人物。

 小柄だが逞しい身体を持ち、長いひげを蓄えた姿はまるでドワーフのような姿だ。


「まっ、座れや。 それでどうだった? あの剣は」


 この大工房の主である鍛冶屋のゴースは振り向くと同時にそう切り出した。


                  ◆


 『Hunters Story』という世界において最も重要とされているのは先ほどの赤髪の狩人が言った通りに武具と防具だ。

 このゲームには所謂成長要素というものは採用されていない。

 RPGのように経験値を上げてレベルを上げて強くなるという過程は存在しないのだ。

 では、どうやってプレイヤーは強いモンスターと戦うのか。


 それは強力な武具と防具を用意するのだ。


 この世界において攻撃力も防御力も装備している武器と防具の性能に依存する。

 強いモンスターの素材、あるいは希少な鉱石を素材とする武器や防具であればあるほど高い性能を持ち装備した狩人の力となる。


 基礎にして全て。

 最悪、武器と防具の以下の優先事項。アイテム、知識、経験など無くても性能で上回っていれば力押しでもなんとかなるが、武器や防具が対するモンスターに合っていなければそれ以外の全てが整ってていても狩猟は厳しいことになる。


 それが武具と防具だ。


「攻撃力については問題ない。元が中位でも攻撃力だけなら一際高い≪ドルドル≫の素材から作られた大剣だ。帰りに≪ウルス≫を狩ったが急所を狙ったとはいえ一撃だったよ」


「ほう? ≪ウルス≫を?」


「ああ、嚙み付いてきたところを避けてこう……首筋に目掛けてね」


 首筋に手をトンっと当てるジェスチャーを交え、俺が哀れなモンスターの末路を語ってやるとゴースは唸るような低く響かせた。

 一応、笑っているのだ。


「ふん、生態調査用の装備だったというに≪ウルス≫をあっさりとソロで討伐か。流石は「≪怪物狩り≫のアルマン」と言った所じゃのう?」


 にたりと笑みを浮かべ揶揄うような口調に俺は溜息を吐いた。


「勘弁してくれ、ゴース……」


「はっ、二つ名は狩人の誉じゃろうが。何を恥ずかしがるか」


 ぐわっはっはっ、と大口を開けて豪快に笑うゴースに恨めしそうな目を向ける。

 俺がこの二つ名を気に入ってないことを知っていて揶揄ってくるのは何時ものことだ。いい加減自分でも慣れればいいと思うのだが、前世の常識の感覚が二つ名という存在を拒絶してしまう。

 気取ってる感じがして恥ずかしいのだ。

 いや、別に自分から名乗ったわけではないのだが……。


「全く、街の者に普段から「我らが領主様」だの「ロルツィングの名に相応しき若君」だの誉めそやされておるだろうに。何時もすました顔で聞いておるではないか」


「あれもだいぶ恥ずかしいんだよ。俺なんて大したことないのに……でも、貴族には、領主に体面ってものがあってだな」


「ふむ、相も変わらず妙なところで肝が小さいというか、自信の無い男だなアルマン坊は」


「ほっといてくれ」


「……なあ、アルマン坊よ」


「おっと忘れていた。これが今回使ってみたスキルの所感だ。役に立ててくれ」


「なに!? おおっ、速く読ませてくれ!」


 何かを言い募ろうとするゴースの機先を制するように俺はメモを取り出しそれを渡した。

 すると目の色を変え、爛々と輝かせてゴースはメモを奪い取るかのように引っ手繰ると読みこんだ。


「やれやれ、相変わらずだな」


「ぐふふ、アルマン坊が≪スキル≫などという面白い存在を教えるからじゃ!」


 『Hunters Story』には≪スキル≫というシステムがある。

 それはプレイヤーの能力を高めるものであり武具や防具を装備することによって発現する。

 狩猟を楽しむため、遊び方に幅を持たせるための要素で≪スキル≫の種類は様々で多岐にわたる。

 常時的な効果を発揮するパッシブスキルや何らかの条件を満たした場合にのみ発動するアクティブスキル、能力を上昇させるものからダメージを増加させるもの、戦闘ではなく採掘やアイテム収集などのサポート系等々だ。


 そして、その要素はこの世界でも健在だった。

 明確に≪スキル≫という単語は存在しなかったがとあるモンスターを素材にした防具を纏えば不思議と力が湧いたり、あるいは疲れにくくなったりとそういう話は噂レベルでこれまでもあったようだ。

 ただ、それらは多分に感覚的な話でしかなく抽象的にそんな話がある……程度のものだったのだが。


「都の方ではこれほど研究が進んでおるとはのう。流石は帝都と言った所か……」


「ははは、そうだな」


 そう言うことにして俺は過去に≪スキル≫についてゴースに説明した。

 ≪スキル≫の存在はモンスターの狩猟において必須と言っても重要な要素だ。

 鍛冶屋であるゴースの理解は必須だった。

 何故ならば、


「それで今回はどうだった?」


「出てきたのは≪重撃≫のスキルだった。悪くない。大剣にも合ってるし攻撃力偏重の武具でもあるからな……」


「ふぅむ、そりゃ良かった。……それにしても使い道の無かった≪結晶石≫を使って加工を行えば、更に武具と防具の力を引き出せるとはな。≪追加スキル≫だったか? 癖があるが……全く、武具と防具の可能性を広げてくれやがって」


 ≪スキル≫には大きく分けて二種類存在する。

 防具に存在する元の素材を由来とする≪基礎スキル≫。

 もう一つは武具、防具を≪結晶石≫という鉱石を使って加工することで発生する≪追加スキル≫。


 この両者の≪スキル≫を吟味して自分にあったスキル構成を考えるのも、『Hunters Story』の醍醐味の一つだ。


「とはいえ、今回は良かったが≪追加スキル≫ってのは何が発生するのかわからないんじゃろう? もうちょっと何とかならんのか? 大剣なのに≪軽量化≫なんてのが出てきても困るじゃろうが」


「まあ、そうなんだが……」


 ≪追加スキル≫についてはそういう仕様としか言いようがない。

 所謂、エンドコンテンツ要素というやつで自分にあった≪追加スキル≫が発生するまで何度も武具や防具を作る羽目になった苦い記憶が俺にもある。

 一応、発生する≪追加スキル≫は完全ランダムではなく、その武具や防具によってある程度決まってはいるものの……出ない時にはとにかく出ないなのだ。


「それについてはちょっとわからないな。俺もどうにか出来たらなとは思うんだが……」


「ふむ、そうか。なら、こちらでも調べてみようかのう」


「ああ、頼むよ」


 出来れば確かにそれは凄いことだ。

 俺にとっては仕様で絶対と諦めている事柄であるが、と恥知らずに思ってしまった。


「気にするな! こんな凄いことを教えてくれたんじゃ。こんな未知の技術、追及することに喜びを覚えぬ鍛冶師が何処にいる? ああ、今日使った武具と防具はそこにおいて置け、後でキチンと整備した後……いつも通りでいいんだな?」


「ああ、いつも通りで頼むよ。ゴース」


「ふん! ……用件はそれだけか?」


「まあ、な」


「それではもう日が暮れる時間だ。森から帰って来たばかりなのだ、屋敷にさっさと帰って英気を養うんだな」


「そうさせて貰うよ」


 俺はそう言って座っていた椅子から立ち上がると出入り口の方へと歩き出した。

 その背からは鉄槌の振るわれる音が響いた。



「アルマン坊……お前は……」



 扉を閉める際になにか聞こえた気がした。

 だが、俺の気のせいだったのだろうと思いこむことにして帰路を急いだ。

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