第一章:災疫事変編

第一幕:ゲーム主人公は現れない

第一話:城塞都市≪グレイシア≫


 ドル大陸。

 その大陸において覇を唱える一つの国が在る。


 それこそが≪リース帝国≫。

 五百年の歴史を持つ大国。

 その帝国領の東の果てにロルツィング辺境伯領は存在する。

 つまりは帝国領土の縁であり、その外側はどうなっているかと言えばそこには人類未踏破の魔境が広がっている。


 東には大森林。

 北には山岳地帯。

 西には砂漠。


 それぞれに多種多様な大型モンスターが当たり前のように闊歩している。

 砂漠の向こうにある帝都ではここを僻地、蛮族の地とも呼んでいるものも多いとか。

 それも当然ではあるのだと俺は知っている。


 大陸の西の部分は人類生存圏として長い時間をかけて開拓されたが故に帝都の近くではモンスターを見たことすらない人間さえ居る。

 そんな都人からすればモンスターを命がけで狩猟する狩人など蛮族にしか見えないのだ。


 だが、モンスターの脅威は今も存在している。

 モンスターは変わらず自然の中により生まれ、そしてからやって来る。

 そう……からだ。


 それはつまり、このロルツィング辺境伯領は正真正銘モンスターと人類との最前線だということだ。

 酷いものだが、ここがゲーム内における主な活動拠点である以上そういう仕様であるのも仕方ない。


 何故なら『Hunters Story』は狩りゲーアクションを売りにしたゲーム。

 たくさんの大型モンスターを試行錯誤して狩るゲームというのがコンセプトな以上、ステージや大型モンスターをバリエーションを増やした結果、こんな地獄のような活動拠点設定になったのだろう。

 よくこんなところに都市なんて作れたなと不思議でならない。


 まあ、いわゆる廃人と呼ばれる程度にやり込んでいたタイプではあったが、残念ながら俺は世界観などの設定資料集についてはそれほど読み込むタイプじゃなかったので、このロルツィング辺境伯領の中でも最大の城砦都市である≪グレイシア≫のゲーム内で詳しい設定があったことどうかは知らない。

 案外詳しく設定されていたのか、それとも設定されてないのか……。


 まあ、どうでもいいことではある。


 問題なのはロルツィング辺境伯領≪グレイシア≫はプレイヤーが主に活動する拠点であるため、周囲はモンスターパラダイスであるということ。

 そして――


「アルマン様! お帰りなさいませ! ご無事で何よりです」


「そりゃ当然だ! あのアルマン様だぞ? 並の狩人では歯が立たない! 怪物狩りのアルマン! 我らが若き領主!」


「我らが若き領主様の無事の帰還を祝って!」


「「「乾杯ー!!」」」


「貴方たち! アルマン様を飲む口実にするんじゃないわよ!」


 ――今世の俺は「アルマン・ロルツィング」は貴族としてこのロルツィング辺境伯の領主となっていることだ。


「気にするな狩猟から帰って来たばかりなんだろう。酒ぐらいは自由に飲ませてやれ」


「し、しかしですねぇ……」


 受付嬢のミーナに俺は諭した。

 ここはギルドの建物の一つ、依頼クエストの受領や達成報告等々の狩人としての活動の諸々の手続きが行わる≪集合所≫と呼ばれる場所だ。

 待機所としての役割を兼ねて酒場も併設されており、依頼クエストに出かける前の最後の確認を仲間としている者も居れば、武具やアイテムなどの最終確認をしている者、単に待ち合わせに座っている者など様々だ。

 ミーナが眉を吊り上げて噛み付いた三人組は俺の記憶が正しければモンスターの討伐依頼クエストで街から出ていたはず。だが、あの様子なら大きな怪我もなくやり遂げてその祝杯の最中と言った所か、だいぶ酔いが回っている。ここではよく見かける光景だ。

 勝利に酔い、生き延び命あることを喜び、英気を養う。

 次への活力をつけるための狩人の習性とでも言える行為。水を差すのは無粋というものだ。


「さっすが、アルマン様! 話が分かる!」


 あと単に酔っ払いと絡むのは面倒だというのを俺は嫌というほど経験しているのだ。

 俺は騒ぎ立てる三人組を意識して聞き流しながら話題を変えた。


「それに祭りも近いからな。気が逸ってるところもあるのだろう。まあ、俺もわからなくはないからな」


「あら、アルマン様もですか?」


「意外か? 俺だってまだ二十にもならない若造だ。お祭りごとに興味があってもおかしくないだろう?」


「それも……そうですね。すみません、アルマン様はなんというか昔から大人びた御方でしたので……」


「そう見えたなら嬉しいな。必死に取り繕ってる甲斐もあったというものだ。でも、楽しみにしているのは本当だぞ? 楽しみで夜も上手く寝付けないぐらいだ」


「あら、可愛らしいですね」


 くすり、っと冗談と受け取ったのかミーナは笑った。


「本当なんだがなぁ……。ああ、これが今回の生態調査の報告書だ。調査した範囲では特段の異常はなかった」


「報告書の受領、確かに」


「それから出入り口から少し行ったところで≪ウルス≫を狩った。帰りに出くわしてな、まだ他のモンスターも持ち去ってないはずだ。手配を頼む」


「まあ、≪ウルス≫をですか?」


「ああ、成体でだいぶ肉も取れそうだった。取り分は今回は回さなくていいから明日の祭りにでも……と伝えておいてくれないか?」


「よろしいのですか?」


「折角の祭りだ。それに肉なんてあって足りないなんてことはないだろう?」


 ここには血の気の多い人間は有り余るほどに居る。

 むしろ、それぐらいの元気がなければやっていけないのがロルツィング辺境伯領≪グレイシア≫である。


「流石、領主様だ! わかってるぅ!」


「≪ウルス≫肉かー、クセがあって苦手な奴も多いが俺は好きだぜ! ああ、獲れたてなら内臓も……」


「あれはゲテモノ食いの領域だろう」


「あーもー、うるさいうるさい。静かに飲んでろ酔っ払い共! すみません、アルマン様」


 話が聞こえていたのか騒ぎ始める三人組の酔っ払いにミーナはぴしゃりと言い放った。

 愛らしい外見とは裏腹に、普段から荒れくれ者の多い狩人を相手にする名受付嬢は中々に気が強く頼もしい。

 俺は気にしてないことを身振りで示しながら、懐に入れていた記録水晶を取り出して渡す。


「いつも通りに」


「ありがとうございます、アルマン様。それではいつも通りに……。これから如何なさいますか? ギルドマスターにご用件なら少しお待ち頂ければ……」


「いや、今の時期は色々と忙しいだろう。邪魔はしたくない。武具と防具をゴースの所に預けに行きたいしな」


「かしこまりました。それにしても相変わらずですね。任務クエスト完了の報告が終わると真っ直ぐに工房区へ一直線。そこの三人組のように飲んだくれろとは言いませんが……」


「心配性なんだよ。狩人にとって何よりも重要なのは――」



「何よりも武具と防具。次にアイテム、正しい知識。最後に経験……でしょ? 何度も聞かされましたよー」



 三人組の一人、赤髪の男がそう言った。


「こら! また勝手に会話に入ってこない!」


「キチンとわかってくれているなら……何よりだ。じゃあ、ミーナ。俺はこれで」


「あっ、はい。それではお気を付けて!」


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