転生先はモンスター溢れる狩りゲー世界だった件

くずもち

プロローグ:生命の溢れたゲームの世界


 雄大なる自然がそこにはあった。

 巨木の連なった大森林、植物は生き生きとして逞しく生い茂り、多種多様な生物の息吹がどこからともなく風に乗ってやって来る。


 ここには生命が満ちていた。


 あるいは


 不意に地面が揺れる。

 強大なるが歩いてくるかのように重く、力強い足音と共に……。


 周囲に隠れていた小動物たちの気配が一斉に離れて行く。

 恐れ戦くようにただ逃げる。

 森の奥からやって来るから。


 はすぐに姿を現した。


 一言で印象を語るならば「巨大」の一言。

 昔ならば、これに尽きたのだろうなと男は思った。


 大の大人が見上げるほどの大きさの生き物など、まず目の前にすることなど無かったからだ。


 だが、この世界ではこれが普通なのだ。

 かつて、画面越しに見ていた、楽しんでいた世界では……。


 巨大モンスターが当たり前のように横行闊歩する世界。

 人は武器を鍛え、防具を鍛え、道具を駆使し、生きるために立ち向かう世界。

 その世界の名は――


 ――『Hunters Story』


 それがかつて男が愛したゲームの名前だ。


                   ◆


 咆哮が轟いた。

 同時に勢いよく薙ぐように振るわれた剛爪。

 まともに受けてしまえば矮小な人の肉体など一撃で挽肉に変えるであろう。


 俺は慌てず騒がず、バックステップで距離を取る。

 この時、距離を離し過ぎてはいけない。

 距離を離し過ぎると≪ウルス≫は四つ足をついての突進チャージ攻撃を多用してくる。

 巨体の質量と大きさに見合わない瞬発力から繰り出される突進チャージ攻撃は非常に厄介だ。


 だからこそ、一定の距離を維持して爪の攻撃を誘うのがやり易い。

 理屈の上ではそうなのだが、それはそれとして恐怖は別だ。

 皮手袋の中で冷や汗が滲むのを感じる。


 だが、恐怖に呑まれてしまってはそれこそ終わりだ。

 この世界では死は溢れかえっている。

 自身もその数多の一つにはなりたくないものだ。


 しっかりとモンスターを見据える。

 ≪敵≫を捉える。


 名は≪ウルス≫、獣種に属するモンスター。

 密に生えた紅い毛皮に短い尾、太くて短い四肢に大きな体。

 立ち上がった際の高さは三メートルに近く、下顎の牙が二本ほど大きく発達してるのが特徴だ。

 なんでも自分よりも巨大なモンスターに嚙みついた際に、死ぬまで離さないためにあるのだとかなんとか。


 ――ああ、いや。そんなのはどうでもいいんだ。重要なのはゲームで狩ってた時の経験だ。思い出せ。


 ≪ウルス≫はゲームでは序盤に出てくるモンスターで何度も狩った。

 迫力あるデザインではあるのだが序盤のモンスターというのもあって攻撃パターンが少ない。

 大きく分けて爪の攻撃、突進チャージ攻撃、噛みつき攻撃の三つだ。

 パワータイプのモンスターであり、食らえばダメージこそは高いが隙も大きく動作がわかりやすいため、次の攻撃や動作などが予想が付きやすい。


 故に初心者はこいつでモンスターとの戦いの基礎を学ぶ。

 間合いの取り方、隙の見つけ方、隙の突き方。

 それらを経験し、自身のスタイルを見つけていく。


 そういう意味で、前世では≪ウルス≫はファンの中で「教官」なんてあだ名で親しまれていたりもする。


 ――まあ、それも昔の話だな。


 咆哮を上げながら俺のことをただの肉としか見ていない眼で目の前に迫る獣、それに対して前世のような親しみを持つというのはちょっと無理があった。


 ――デフォルメされた人形とか持ってたんだけどなぁ。


 そんな呑気なことを思いながら俺は大剣を構えた。

 身の丈ほどの片刃の無骨な大剣。

 名は≪巨牛大剣【ミノス】≫


 ――今日は生態調査だけのつもりだったからそっちの方にスキルを盛ったからなぁ……。別に放って逃げてもいいんだが祭りも近い、肉はどれだけあっても困らないだろう。


 一向に爪の攻撃が当たらないことに苛立ったのか、≪ウルス≫は不意を突くように今度は噛みつき攻撃を仕掛けてきた。


 ――この動きはゲームにはなかったな……。


 それはある意味では当然ではあるのだろう。

 ここは確かに前世で見たゲームそっくりの世界だ。


 だが、この世界は生きている。

 人も、生き物も、モンスターも。


 だからこそ、モンスターがゲームのプログラム通りの動きしかしないなどあり得ない。

 そうとばかり思って死にかけた時に懲りたものだ。


 じゃあ、ゲームの時との知識が役に立たないのかと言えばそうとも言えない。

 確かにゲームのプログラム通りの動きばかりはしないが、例えば攻撃のための前動作や強力な攻撃の際のタメの癖などはそのままである場合が多いのだ。


 例えば今≪ウルス≫がやった嚙みつき攻撃のように。


 ≪ウルス≫の嚙みつき攻撃はそのまま獲物を振り回して地面に叩きつけて、最後には投げ飛ばすという拘束ホールド状態から連続ダメージを与える強力な技だ。

 そして、モンスターのそういう強力な攻撃はキチンと癖や前動作が明確に組み込まれていたのが『Hunters Story』の良いところだった。


 キチンとそれを察知して、適切な回避行動を取れば回避ができるのだ。


 ――≪ウルス≫の嚙みつき攻撃の前動作は攻撃の直前後ろに一歩だけ下がる。


 故に俺が察して相手が攻撃を放った時には既に攻撃態勢に入っていた。

 大技を放った後には必ず隙が出来る。

 そこをキチンと決めるのが≪狩人≫の戦い。


「……ここっ!」


 噛み付きのために前のめりになり、露わになった首筋。

 直立している時では狙いにくいそこも、≪ウルス≫の横を取った俺には絶好の場所にある。


 ――≪重撃≫


 ≪巨牛大剣【ミノス】≫の柄に嵌められたクリスタルが光った。

 それと同時に力が身体に漲る。

 ≪重撃≫スキルの効果だ、溜め攻撃の威力を増加させる。


 元々の≪巨牛大剣【ミノス】≫の攻撃力。

 そこに弱点部位への攻撃。

 更に≪重撃≫スキルでの威力増加。



 それらを全ての込めての一撃。



「グッ、ァアアァアア……ァァ……」


 その一刀を以て切り伏せ≪ウルス≫の頭と胴体を分けたることに成功した。 


「……ふう」


 ゲームならば倒してしまえばそれで終わりだが、現実ではそうも行かない。

 モンスターの断末魔が耳に残り、肉を切り裂く殺す感覚というのは何時までも手に残る。

 血と臓物の臭いは鼻に残るし、気分のいいものではない。



「帰ったら解体屋にでも言っておくか……。ああ、可能な分の肉と素材だけは取っておかないと。皮の方は任せるしかないけどやっぱ爪と牙だな」



 ああ、でも、そんなことをいいつつ俺は解体用のナイフを取り出す辺り染まってしまったのだろうか。


 ――この生と死に満ちた弱肉強食の狩りゲーの世界に。





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