貝渚ロイネ 4月――船橋オゾンモールにて4

 意識が回復した瞬間、視界の片隅にいるグッティ君が寝ぼけ眼をこすって、身体を寒そうにガタガタと震わせていた。……震わせていた?


「さ、寒い?」


「やっと起きたか、ロイネお姫様」


「……」


「どうした?」


「……キコ、私ね、前に作ったキョン肉の煮込みを食べていた夢を見ていたよ」


「ははっ……食いしん坊のロイネらしい夢だな」


「はあ……状況はどんな感じ? 私、いつから寝ていたの……」


「一時間前からだ。破壊したネコマタのCPUを解析したら、近くに資材搬入用のエレベーターが見つかってな、これに乗っていけば、目標の備蓄倉庫までの時間は短縮される。この異様な寒さの原因は、屋内スキー場施設のすぐ傍を通過しているせいだよ」


「スキー場……よかった、はじめユキオンナとかのキカイの仕業かと思ったよ……って、スキー場だって?」 


「知らないのか? 大崩壊前、ここいら一帯は娯楽レジャー施設が密集している区画だったみたいだ」


「温泉やプールとかなら、まだ分かるけどさ……どうして、わざわざスキー場なんて作ってるの? スキーなんて冬に、雪山でやればいいでしょ」


「俺に聞くなよ……大崩壊前の人間たちは、よっぽどの暇人か、アホだったんだろう」


「雪山のない場所に、山を建て、雪を降らせ、娯楽として消費し享受する……スキーの為だけに……」


「……滅んで当然かと思ったか?」


「ううん……そこまでは思ってないよ。ただね、私……大崩壊前の人類が、自分たちを神様のようなものだと思っていたのかもしれないな、って考えるときがあるの。暴走したキカイも言っているとかね。そうやって、自分を何もかも上の存在だと過信し、企業やシステムやキカイに依存してばかりいたから、天罰が下ったのかもしれない」


「ロイネは、神様を信じているのか?」


「ううん……あまり、信じていないよ。仮に神様という存在がいたのなら、どうして人間という、こんな不完全なモノを産み出したんだろう? 文明をここまで滅茶苦茶にする存在をさ。試練? ううん……それは違うな」


「ロイネ……」


「キコ、私ね……本当はキコのようなキカイたちに、とっとと、この世を作り変えて欲しいと思ってることがあるの」


「ロイネ……そんな悲しい事を言わないでくれ。俺まで悲しくなるから……」


「……ご、ごめん、キコ……」


「しばらくまだ休んでな、ロイネ……ほら、こっちおいで、俺を枕にしていいから……目的地に着いたら起こすからさ」


「うん……キコの身体、相変わらず暖かいなあ。時々、キカイだという事忘れちゃうくらい」


「単に排熱してるだけだろう、俺の中にある石とエンジンが回り続けているんだ。心臓は無いけどな」


「違うよ……キコは、キカイでも、ちゃんとした心を持ってると思うよ」


「どうしてだ?」


「それはね、キコは私の作った料理を、いつも美味しそうに食べてくれるからね」


「そっか……」


 キコを湯たんぽに代わりに、私は、雪山を模倣した巨大な建築物の中を通過していくのをボーっと眺めていた。


 そういえば、ラジオで知った知識だけど、大崩壊前、白銀のゲレンデには常に、スキーヤーを喜ばせるため、大音量で音楽が流れていたという。その名残だろうか、それとも、キカイの心遣いか模倣か。どこからか心地の良い、明るいポップソングが小さく木霊していた。

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