貝渚ロイネ 4月――船橋オゾンモールにて3

「……ちょっと、キコさん」


「……なんだい、ロイネさん」


「どうしてなんだろーなー、キコはとても強いのに、相変わらずネズミが駄目なんだろうなー?」


「……ほんとに、ほんとに……面目ないと思ってる」


 ヌエが、私たちの高速スキャンを開始した。


「失礼ですが、お客様? オズモール会員のネットワーク証明及び、ポイントカードなどをお持ちでしょうか?」


「まあ……見つかったからには、いつも通りの手筈でいくぞ、ロイネ」


「帰ったら、反省会だよ。キコ」


 私たちは銃を抜き、マガジンの銃弾数を確認しながら、グッドスティックを臨戦態勢へと活性化させた。


「違法銃刀所持を視認。失礼ですがお客様、そちらの銃器などは、当店では持ち込み禁止及び、銃砲刀剣類所持等取締法第3条に乗っ取り、当店で警察――」


 ヌエの眼が、火花を散らしながら、倒れる。キコがピンポイントで、キカイの弱点でもあるセンサー類が集中した箇所をバースト射撃したのだ。


「アがガがぎギギギ、とと当機への器物破損、業務ボ妨害行為をヲ確認。緊急事態発生、緊き急事態発生。警備部隊へ通達、対象のひヒ非会員のお客様へ、退店シ処理を要請。くくク繰り返します——」


 キコがライフルを発砲し、ヌエにトドメを刺す。活動を停止して、束の間の静寂が訪れたかと思えば、店の奥の方から、ドドドという地響きの重低音が、こちらに向かって木霊した。


「来るぞ……走れ! ロイネ!」


 グッドスティックが、「ネコマタ」からの最適な逃走ルートをナビゲートさせ、菌糸ネットワークたちが私の肺活量と、脚などの筋肉量を補強、補助を開始した。そのお陰で、重いバックパックを背負いながらでも、キカイであるキコと同程度の速度で走る事が可能となる。


「プランは? キコ!」


「C……いや、Dで行く! 目標の座標でな! やられるなよ!」


「合点承知の助って……うわっ!」


 吹き抜けの上から、突然ネコマタの鋭い鉤爪が頭上をかすめた。グッドスティック様様であり、事前警告表記が無ければ、とっくに、あの爪で頭を串刺しにされいていただろう。


 ネコマタ。オゾンモールだけでもなく、その忌々しいキカイの姿をよく見かける。主に、ヌエの警報によって呼び寄せられる、戦闘特化型のキカイの群れ。ネコという名の割には、その姿は、テナガザルにも似ていて、自分の体躯よりも長い腕にある長いブレード状の鉤爪によって、これまで数多くの探索者たちが犠牲となっている。


 ネコマタと、ツネちゃんのようなバケネコ。同じネコと呼ばれているのに、どうしてこんなにも差があるのだろう。特に、見た目やら、可愛さという点において。


 上のフロアから、銃撃音が聞こえる。恐らくキコが、逃げながら応戦しているのだろう。私も銃を撃ちたいところだけど、逃げながら撃つというか、射撃そのものがどうしても苦手で、無駄弾を消費したくなかった。


 ヌエが寄越すネコマタは平均十体ほどで、キコと分散しているので、私を追いかけているのは、五から六体ほどだろうか。また、網膜に事前警告表記が点滅し、道の突き当りに回り込んだネコマタが現れた。二メートルを超す巨大な腕から振り下ろされるブレードが、私を切り裂こうと空を切る。


「どおおおっせえええいっ!」


 グッドスティックが、上半身の筋肉量を活性化させた。脳内アドレナリンがブーストされ、時間の流れが遅延していく。鞘から抜いた、強化炭素繊維で編み込まれたニットブレードが、量産品っぽいナマクラな合金製のネコマタを腕のブレードごと、切り裂く。


「あっ……」


 力が入り過ぎたのか、ネコマタを斬った反動が強過ぎて、そのまま転倒してしまった。その隙を狙って、別のネコマタが私を突き刺そうとした瞬間、ネコマタが派手な火花を散らして、センサーが、頭部ごとグチャグチャに撃ち抜かれた。


「力を入れ過ぎるなって、言ったよなロイネ」


「グッティが加減させてくれないんだよ……でも、ありがとね、キコ」


 キコが私の腕を引っ張り、元々、従業員用の連絡通路に入り込む。の狭い連絡通路なので、一体ずつしか入れないネコマタたちを確実にキコが仕留め、撃ち漏れた別の手負いのネコマタを私が始末する。連絡通路の突き当りが、T状に二つに分かれていて、私とキコが再び別れ、突き当りの壁に衝突したネコマタの群れを私とキコで向かい合う形で、クロスファイアさせた。


 キコは立膝を付いたニーリングポジション。私は体育座りにも似たシッティングポジション(ここまでの姿勢じゃないと、射撃が安定しない)で、突き当りに現われたネコマタの群れを、確実に仕留め続ける。キカイ用のテフロン弾のマガジンが空になったかと思えば、向かいにいるキコが口笛を吹く。


「クリアっ! 反応はゼロだ、ロイネ!」


「……はーっ! 疲れたよ!」


 緊張感が一気に解かれ、今までグッドスティックによって筋力や脳内物質を増強していた反動によって、仰向けに倒れる私。ネコマタの残骸の山を越えて、キコが隣に座る。


「引き返すか? ロイネ」


「……ここまできて? 冗談じゃないよ、キコ……でもちょっと、頭痛と筋肉痛が収まるまで、休ませてくれないかな」


「だな……俺もちょっと、一服させてくれ」


「ありがと……キコ。でも、煙草は体に悪いから止めてよね……」


「ふん……お前は俺のお袋かよ」


 キコが私の手を強く握った。キコの吐き出すキノコ煙草の苦い香りが、私の意識を安らかに、夢の世界へと誘わせた。

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