貝渚ロイネ 4月――船橋オゾンモールにて2
「サボり蟻の抜け穴」を越えて、モール内へ侵入してみると、ムシムシと暑いかと思えば、しんしんと凍えるように寒いときもある。自律神経を一気に破壊されるような、異常な寒暖差だ。
キカイが「お客様の為に」の名目で、空調設備を無造作に増築しているせいで、エリアや階層を移動する度に、温度湿度設定がバラバラのエリアを、何度も何度も、私たちは通り抜けていた。
「あ、地図と若干誤差がある。ここに階段はないよね……」
「今、更新した。ったく、ガキの積木遊びじゃあるまいし……相変わらず、しっちゃかめっちゃかに、建てやがって」
「カサバケの数もかなり、増えたような気もするよ」
「気をつけろよ、あのカラーコーンもどきに見つかると、後々厄介だからな……」
「カサバケ」というのは、傘を閉じたような、円錐の形をした警備キカイであり、私たちのような、非会員の侵入者を発見すると、傘の下に隠したフジツボのような銃口から、無尽蔵の鉛球の雨をお見舞いするタレットユニットのような存在だった。
以前、コーヒー備蓄の場所を教えてくれた探索者の地図データを照会しながら、広大なモール内を進んでいたが、測量からの時間が経っている影響からか、地図には存在しない、区画や、通路、穴、柱、意味のない階段のようなものが現れる事もある。それを確認し、地図データを更新させ、コロニーへの帰還時などに、別の探索者へ売るか、交換などで、情報を継承させていくのが習わしだ。
「キコ、ここって、昔は食品が売ってたんだよね……ここの棚一杯に……」
薄緑の非常灯に照らされた、向こうの壁が見えないほどの広大な区画に広がる白い陳列棚の列。スーパーマーケットと呼ばれる、かつては食料や、日用品などを扱う、巨大な商店だったらしい。もちろん、物流インフラが完全に途絶えているので、棚を埋め尽くす商品らは、中身が空っぽのトレーや、箱だけである。それらが、見かけだけといえ、棚一杯に埋まっているその光景は、どこか異様であり、同時に物悲しさも感じた。
「元々、この棚には精肉や野菜、果物なんかが並んでいたんだろうな。処分するくらいの、有り余るほどの食料がな」
「でも今は、空のパッケージのみ……か」
「キカイの俺自身が言うのもアレだけどさ、暴走したキカイや管理AIは何考えているんだろうな。ネットワークから途絶され、排除すべき存在となったお客様である人間の為に、一途に棚を空の箱だけで埋めてやがる。オゾンモール会員どころか、客なんて誰も来ない事を、知ってかしらずかにも関わらずに……」
「キコ……きっとそれはね——」
キコが突然、私の口を遮り、手話での会話に切り替えた。
「(二時の方角に、ヌエがいる)」
「全ての男、全ての女、全ての男女に自由を! パッションファッション! 自由自由自由!
元々、ファッション系のブランドに所属していたヌエなのだろうか。こういう類の社歌か、PR曲を歌うヌエは、やたらテンポ(BPMってやつ?)の速い曲ばかりで、正直、私は苦手だった。
「(少し戻って、迂回しようか? さっきの区画なら、別の階段があったはずだし)」
「(了解、それでいこう)」
「全ての世界、全ての地球、全ての宇宙に自由を! パッションファッション! 自由自由自由! 自由の服!」
「(キコ、なんで企業の社歌って、こうも、世界だの平和だの、大袈裟で中身のない歌詞ばっか歌ってるんだろ?)」
「(知らねえよ。大方、大企業共が見栄を張る為とかだ——)」
突然、キコの顔が青ざめた。彼女の足元に、手のひら大の大きなドブネズミが、彼女の顔を、つぶらな瞳で見上げていたのだ。
「ひっ……ネ……ネネネネッズ……」
「(キコ! 叫んじゃダメ!)」
ネズミに驚いたキコは、思わず近くの棚に勢いよくぶつかった。キカイによる手抜きか、たまたま建付けが悪かったのか、棚がゆっくりと、ぶつかった方向へ倒れはじめた。やがてドミノ倒しのように、勢いよく棚と棚同士が、巻き込む形で一斉に倒れる。景色が見渡せるくらいになるまで、陳列棚の崩壊が止み、土埃が舞う中、呆然と立ち尽くす私たちを、歌うのを止めたヌエのキカイが、赤く発光した両の眼で、ジッと見つめていたのであった。
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