貝渚キコ 3月――サトミにて4

「――発掘、復元されたアーカイブ集から、ジェントル・ドワーフの代表曲、カラマリをお聞き頂きました。カラマリというのは、ギリシャ語でイカの唐揚げ、つまりイカリングの事だそうですぅ。名前の通り、ヘンテコな曲でしたね。FM83.0MHz、下総中央放送局からお送りしますぅ。続いては——」


 店内に流れるラジオを聴きながら、朝九時開店のカフェ・テコナで、いつも通り手持ち無沙汰となったロイネと俺は、いつも通りに、毎日行っているルーティーンを淡々とこなしていた。


「キ~コ~、お客さんが座るかもしれない、テーブルの上で銃を分解しないでくれるかな~? それに、股! みっともないから、スカートで股を開かないでよ!」


「えー、どうせ客なんて来ねえよ。それに、股開くなって言われてもな……俺はロイネの股開いて、ウンチオムツを取り換えていたのによ——」


 テーブルの上に、研ぎたてのハイカーボン鋼製のナイフが勢いよく突き刺さる。ロイネの射撃の腕は相変わらず下手なクセに、投げナイフの技術は日に日に上達しているような気がした。


「飲食店で~、汚物の話題はご法度でしょ~」


 並々ならぬ、ロイネの迫力に押された俺は、「ごめん」と言って、そそくさと分解した銃を組み立て直す。


「おー相変わらず、やってるにぇー」


 音も立てずに、突然背後で声をかけられるものだから、俺は思わず組み立て途中の銃をソイツに向けた。


「相変わらず、ビビりすぎだにぇー、背後にモップを置かれた猫じゃあるまいし……」などと、猫のような見た目のヤツに言われたくはなかった。


「あ、いらっしゃい、ツネちゃん! 相変わらずモフモフだねー! 肉球触らせてよ!」


「ロイネちゃんも相変わらずだにぇー、会うたびに一センチぐらい背が伸びてんじゃないのー」


「またまたー、ツネちゃんったらー、そうだったら、今頃私は怪獣になってるよー!」


 相も変わらず、ロイネと猫女は姦しく、ベタベタと他愛もない話をしていた。


「おやおや、キコちゃん……ミーたちがあまりにも、姦しいものだから、妬いちゃったのかにゃー?」


 相変わらず、胡散臭く、底が知れないヤツだ。


 今堀ツネ。このサトミのコロニーでの専属医師であり、キカイ類の保守点検を行う、技術者も兼ねた年齢不詳の「バケネコ」だ。バケネコというのは、次元転移の影響によって、皮膚や筋肉、骨格、体組織ごと転移してしまった元人間の事であるらしい。というのも、これはツネ本人からの情報であり、実際はどういう経緯で、二足歩行の茶トラ猫に転移したのかが全くの謎で、他のコロニーでも、そんな人間なんて、見たことも聞いたことなどない。


「ここは飲み屋じゃねえぞ、ツネ」


「ロイネちゃん! いつものやつー!」


「ロイネー! 出すんじゃねえぞ!」


「いつもより、倍払っちゃうにゃー!」


「おいっ! きったねえぞ!」


 ロイネは、グラスに松葉酒を注ぎ、氷とクエン酸で割ったもの。ツネの大好物である塩茹でした落花生と、揚げた食用オケラをおまけに出しやがった。


「あーっ、うめえにゃあ! この為に生きてるってもんよ!」


 オッサン臭い事を喚きながら、ツネはボリボリと美味そうに、落花生とオケラを頬張り続けていた。


「いいのかよ、ツネ。医者が真昼間から、酒なんて飲んでいてよ」


「んー? こちとら徹夜明けでにぇ、昨晩に帰還した探索隊の治療に追われていたんだにゃ」


「探索隊って、上総方面に向かったグループ?」


「そう、二人未帰還、ギリギリこっちへ搬送された探索者も、一人亡くなったよ。助けたかったのににゃあ……」


 ツネはオケラを持ち上げ、寂しそうな目つきでそれを見つめてから、それを口の中に放り込む。


「……お疲れさま、俺は水だけど乾杯でもするか?」


「頼むよ……」


「永き世に」


「永き命へ」


 俺とツネが、グラスをチンと鳴らした瞬間、ロイネが「ああああっ!」と、大声を上げた。


「ツ、ツネちゃん! その探索隊って、狩猟部隊もいた?」


「いたよー、何匹かの立派なキョンが荷台に乗っていたにゃあ」


「キコ! お店の留守頼んだよ! 肉買ってくる! 模造品イミテーションじゃない、本物の肉だあああああっ!」


 お店の制服姿のまま、ロイネは怒涛の如く、飛び出して行ってしまった。


「……相変わらずだにぇー、ロイネちゃんは」


「ああいう所、俺は別に嫌いじゃないぜ」


「ふうんー?」


 ツネがグラス越しに、その大きな猫の瞳で俺を覗き込む。


「なんだよ?」


「貝渚キコ……いや、ジャガーノートよ。いつまで、ロイネちゃんに黙っているつもりなんだい? あの子と……あなたの秘密をにぇ?」


 ツネの口から出た懐かしく、そして忌々しいその名前に、思わず握ったガラスのコップを割りそうになった。


「……ロイネの前で、その名前を呼んでみろ……ぶっ殺すぞ」


 松葉酒の入ったグラスの氷が、カランと音を立てる。


「ふうんー……その様子じゃ、まだ話していなんだにぇー?」


「……別に、俺から話さなくても、いずれロイネは気付いてくれる。そういう子だからな」


「その結果が不幸をもたらそうと……も?」


 俺は、何も言わず、ゆっくりと首を縦に振った。


「……酒のおかわりはいるか、ツネ?」


「ああ、頼むよ。濃い目のやつでにゃ、今日の記憶を忘れちまうくらいににぇー」

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