貝渚ロイネ 4月――船橋大神宮にて
「また……ヌエが徘徊しているの?」
早朝五時、神社の外で谷崎製パンの社歌を高らかに歌うキカイのせいで、叩き起こされた。再起動したグッドスティックが立ち上がり、網膜の隅で、寝間着姿のグッティ君が寝ぼけ眼で、起き上がる。
「三十分前からだよ。遠いところから鳴いていたから、こっちには来ないと思っていたんだがな」
「ヌエ」というのは、キカイの一種であり、キカイの群れの哨戒、
「目標のモールの直前で良かったよ。アレに追いかけられるのは、もう御免だからね……」
「たしか二年前、ヌエに追いかけれてションベン漏らしたしな」
「……てめ~……私の飲ませてやろうか?」
ムカッとした私は、ろ過された元々、尿だった緊急用飲料水が入ったボトルをキコに見せつけた。
「……ゴメンだ、そんなションベン臭い水は……」
『いっただきまーす』
モールへと向かう前に、朝食の時間にした。私はホットサンドを使って、ラブラブパック、メンチカツ味をマーガリンと一緒にこんがりと焼く。中火で片面を三十秒から四十秒、焦げ目ができたら、反対も同じことを繰り返せば完成。たった二分ぐらいで、真っ白で味気ないラブラブパックも、キツネ色の暖かく立派な、即席のトーストサンドに早変わりだ。
キコも、熱々のラブラブパックで舌を火傷したのか、一緒に入れたどくだみ茶で、舌を冷まそうとしたが、それも同じように熱かったらしく、ゴホゴホとむせた。
「なに、笑ってんだよ、ロイネ」
「ううん……ちゃんと、文句言わずに食べてくれるからね。前だったら、『俺はキカイだから、水だけで十分だっ!』って、頑なに食べなかったからね……」
「別に今でも食べなくて、構わないんだよ。手持ちの食料配分は、生身であるロイネが優先して食べるべきだと思う……けど」
「けど?」
「以前、ロイネが言ったことも悪くないと思ったんだよ。誰かと一緒に食べると美味いって話な。こうして、コロニー外で食べていると特に……な……」
恥ずかしそうにしているキコを見ていたら、私は嬉しさでたまらない気持ちになって思わず——。
「キ~コ~! コイツ~! 可愛いヤツだなぁっ!」
「おい止めろ! ロイネ! 抱きつくな! 頭を撫でるなよ! やめろおっ!」
二人でじゃれ合っていたら、神社の外の方から、「ドオンッ!」という巨大な爆発音が轟き、神社の巨木に留まっていた鳥たちが一斉に飛び立った。爆発音が静まったかと思えば、巨大なタービンが回転するようなモーター音が鳴り出し、割れんばかりに歌う、ヌエの街宣に引き寄せられたキカイたちの群れが、神社の周りを徘徊し、その足音たちが、けたたましく大地を揺るがした。
「野良キカイ共も、本格的に目覚めたな。群れがいなくなったら、すぐにここを発つぞ」
髪をクシャクシャにしている私の手を払いのけて、キコはテントの片づけを粛々と行う。
キカイは、どういう訳か、神社仏閣、墓場、史跡などの施設などには干渉しなければ、そこにいる人間にも手を出さない。企業の暴走したAIでも、本能的に神様や仏様の罰が怖いのだろうか。
大崩壊直後に生き残っていた人間も、たまたまそこにいた者も多くいて、キカイの干渉、襲撃から逃れられるコロニーと呼ばれる場所も、私とキコが所属しているサトミも含めて、元々、広大な神社仏閣の敷地内だったということもあるらしい。
私たち探索者は、このキカイの特性を狙って、キカイの群れの目を逃れながら、点々と神社から寺、墓場などをポイントとして、オリエンテーリングを行うのが鉄則である。次元転移や、汚染地帯を避けながら、ジグザグに進むので、徒歩で数時間掛かる距離でも、一日以上掛かる場合もあった。
「二礼二拍手一礼だな?」
一応、一宿の礼として、私とキコは、必ず泊めてもらった神社などには、お参りをするようにしている。無事にモールからコーヒーを回収し、キコと一緒に怪我もなく、サトミへ帰れることを願っていたら、ある疑問が浮かんだ。
「そういえば、なんでキカイであるキコが、神社に入れるんだっけ?」
「……俺は限りなく人間に似せられたキカイだからな。ある程度は、大丈夫らしいんだ」
「ある程度って?」
「例えばだ……」
キコは突然、銃を抜いたかと思えば、神社の境内に向けて発砲しようとした。
「ちょっと! キコ!」
「よく見ろよ、ロイネ……指を」
キコの指は、確かに引き金にかかっているが、微動だにしない。そのうち、腕や銃を握る手が震え始め、息を止めていたかのように、荒い呼吸を繰り返しながら、銃をホルスターに収めた。
「……本気なの、キコ?」
「……さすがに、人間を屠ったキカイ共でも、神様を屠るまで落ちぶれていないのかも。そうじゃないと、とっくにこの世は、キカイ共に全滅されていたかもしれないから……な……ハハ」
キコは笑いながら、余裕そうな素振りで去っていたが、銃を握っていた手がまだ震えていたのを、私は見逃さなかった。
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