貝渚キコ 3月――サトミにて3

 ラブラブパックは食パンの耳を取った真四角のサンドイッチのようなものだ。中の具が漏れ出さないよう密閉されていて、ピーナッツ、たまご、ツナマヨ、ハムマヨ、イチゴジャム、マーガリン、マーマレードなどなどを模造した、人工塩甘味料で調整されたペーストが入っている。その千万無量の味の種類は、飽きる事はなく、強化イースト菌を用いた長期保存にも適していて、コロニー内だけではなく、外での探索活動中での高カロリー携帯、非常食として非常に重宝されていた。しかも、それが二つも入っていて、かなり安いポイントで交換できるから、文明の崩壊前でも、このラブラブパックが谷崎製パンの主力商品だったのも頷ける。


「さすがに本物は高価だから、イミテーションの卵、牛乳を一緒にかき混ぜて、ここにバニラエッセンスをひとつまみ……これにラブラブパック、ピーナッツ味を浸しまーす」


 ロイネは鼻歌を続けながら、料理を続けた。彼女は、交易者が拾ってきた過去のアーカイブから、料理の文献、映像などを見たり読んだりするのが趣味であり、それを再現している。そのロイネの様子を眺めるのが俺の楽しみでもあり、非天然物の人工食から、彩り豊かな、食べ物が生まれ出てくるのは、もはや魔法のような技にも見えてきて、いつも俺に驚きと興奮をもたらしてくれる。


「フライパンにマーガリンを溶かして、ラムレーズンと一緒に弱火で焼く……キコ」


「あいよ、お茶用のお湯沸かしてる」


「ありがと! そんで、いいカンジに焼き色が付いたら、お皿に盛りつけて、お好みのナッツとシナモンパウダーをかけて……完成! ラブラブパックの簡単フレンチトースト!」


 二つのお皿に、こんがりとキツネ色に焼けたラブラブパックが置かれていた。甘いクリームの香りが、シナモンと混ざり合い、キカイである俺でも、少しだけ食欲が湧いてくるような気がしていた。


「……毎度言ってるが、あくまで味見だけで、別に俺の分まで用意しなくてもいいのにさ」


「なに言ってんのよ、キコ。あなたが、キカイとはいえ、味覚もあれば、消化機能も出来るんでしょ」


「そりゃあ、俺はソフトマシンだから……」


「じゃあ、四の五の言わずに、一緒に食べよキコ。食事は誰かと一緒に食べたほうが、美味しくなるって、昔の雑誌にも書いてあったんだから」


 ロイネは俺に満面の笑みを浮かべた。この笑顔だけには逆らえない。


「はあ……あいよ、料理長殿」


「本日の天気は晴れのうち曇りが殆どで、最高気温は15℃、最低は7℃ほどで、風も弱く、例年通りの穏やかな気候となっています……が、次元転移の不安定化の兆候が観測され、キカイ群など活性化の恐れがありますので、コロニー外で活動中の方々は、警戒を強化して下さい。こちらからからは以上です」


「はーい、気象予報士の小栗原さんありがとうございますぅ! 次の予報は午前九時半頃からになりますぅ。お次のコーナーは、アーカイブデータから抽出した面白痛メール音読の時間ですがっ! その前にCMの時間ですぅ」


 ラジオから流れる音声を聴きながら、ロイネの作った朝ごはんを味わい、甘いキノコ茶をゆっくり飲み続ける。この瞬間だけ、俺がキカイであることも、文明が崩壊している事も忘れられた。次の曲が流れるまでは——。


「心を笑顔に谷崎製パン! みんなが幸せ谷崎製パン! 世界を平和に谷崎パン!」


 突如、食べているものの味が不味くなるような、けたたましい社歌が流れ出したのだ。

 

 

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