貝渚キコ 3月――サトミにて1

 大崩壊前の夢占いの本で読んだけど、ロボットが壊れる夢を見るというのは、トラブルを招くことの暗示だそうだ。じゃあ、壊れたキカイでもある俺が、人間を処理している夢の暗示の意味は何だろう。いや、暗示でも何でもなく、事実であり結果か。トラブルなんていう簡単な言葉で済まない事を、俺は招き、行い、処理してきたのだから。


「FM83.0MHz、こちら下総中央ラジオ放送局、午前六時をお伝えしますぅ」


 半世紀以上もの昔、太陽が派手に爆発し、色々なものが爆発し、トチ狂って、ブッ壊れて、文明が滅んだ。俺自身も、そのブッ壊れた存在の一部だった。


 朝、目を覚ます度に、俺の目の前で、呑気に寝ている彼女……貝渚ロイネが、忽然といなくなっていた。という、悪夢もよく見る。


 全てが幻だったと、俺の存在しない脳味噌が見せる夢やバグだったという悪夢を見る度に、俺は無性に寂しくなり、合成金属の冷たい手で、ロイネの柔らかい頬の感触を、体温を確かめた。


 本当は抱きしめたかったけど、ロイネにからかわれるのも嫌だったので、照れ隠しに、彼女の頬をつねる。


「いひゃいよ……キコ」


「グッッッモォォォォニィィィィインッグッ! この世の終わりでも、朝は必ずやってくるぅ! コロニーや、そうでもないところでも、このラジオを聴いてるリスナーのみんな! メインパーソナリティーのクロバラだよー! まだ、生きてるぅ?」


 鉱石ラジオから、耳小骨に響かんばかりの、けたたましい声が流れ出した。


「ふふ……ラジオ付けっぱなしだね、キコ」


 ロイネは、頬に当てた私の手を両手で取り、心地良さそうに、抱き枕代わりにした。その時になって、やっと俺は、これが現実だと認識し、得体の知れない多幸感に包まれる。


「相変わらず、うるせえ放送だよな……おはよ、ロイネ。二度寝するなよ、いつもの特訓するぞ」


 今日は空気が澄んでいて、穴だらけのタワー郡や、丹沢の山々と富士山が、望遠モードを用いらずとも、よく見渡せた。


 朝、六時半。日が昇るギリギリの時間に、俺たちは、江戸川の土手に上がり、過酷な下総の地で生き残るための特訓と称して、俺の戦闘知識、射撃、格闘技術をロイネに叩き込んでいる。


「ふっふっふっ……今日は負けないからねー」


 フェアバーン・システムからクラヴ・マガなど、ナイフ格闘術のやり方は色々あるけど、結局のところ、実戦が一番覚えやすい。他の実践訓練同様、基礎、型を教え、俺と戦い、反省、復習し、基礎、型を教え……の繰り返し。これを、毎朝何年も繰り返しているお陰か、ロイネもメキメキと上達していて、隣町のコロニーへのお使いぐらいなら、俺無しでの、往復ぐらいは造作もないだろう。


「……三手だな」


「先に結果を予測しないでよ……ねっ!」


 俺がダミーナイフを振り下ろした途端、その刃を避けたロイネは真っ直ぐ、急所……正中線と呼ばれる人間の弱点を高速で突いてくるが、やはりまだ——。


「まだ、脇が甘いな」


 ロイネは物覚えが良く、頭の回転も速い……が、いささか、正直過ぎる所がある。人を騙すのが下手というか、単純というか、優し過ぎるのだろう。俺がちょっとだけでも、フェイントを行うと、すぐにそれに引っ掛かりやがる。


「あ」


 ロイネのナイフが、刺さされる寸前に、身体を後退させて、思わず俺の体についていってしまったロイネの片足が浮いた瞬間に、地面を踏む足を軽く払い、彼女の腕を軽くひねる。


 バランスを崩し、地面へ倒れたロイネの頭頂部に模擬ナイフを優しく突き刺すフリをした。柔術の出足払という技にも似ていた。


「はい、三手で死んだ。何度も言うが、近接戦闘は、腕だけじゃなくて足にも神経を使えよな。ナイフだけじゃなくて、己の足も武器だということを忘れ……なんだよ」


 ロイネが、地面に倒れたまま、ぷくーっと、頬を膨らませている。よっぽど、悔しかったのだろう。少し、手加減してやるべきだっただろうが、それはそれで、ロイネに気付かれて、更に不貞腐れるに違ない。超面倒臭い。

 

「はあ……そろそろ、メシの時間にしようか、ロイネ……」


「そうだね、キコ! もう、お腹すいたよ!」


 俺のその言葉を待っていたといわんばかりに、一目散に土手を駆け上っていくロイネ。


「……ったく、そういう事は、得意なクセなのにな……」


 今朝のご飯は、何かとロイネに尋ねると「ラブラブパック!」と、大声で叫んだ。大声で叫ぶには、あまりにも恥ずかしい商品の名を。

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