貝渚ロイネ 4月――サトミにて2

「ンんっ!」


「変な声出すなよ!」


「だって……慣れる訳ないでしょ、この感覚……」


 慣れる訳がない。グッドスティックは読んで字のごとく、このキノコパンを頭に突き刺すのだ。とはいえ、物理的にではなく、細かいキノコの胞子がわたしの脳に宿り、寄生し、菌糸のネットワークを構築する形で突き刺すのだ。説明すると、かなりおっかないけど、この胞子は人用に調整され、アップデートされた人工胞子で、いわば、キコのようなキカイが用いているプロポーショングリッド……管制ソフト同様、私の行動を、特に危険地帯であるコロニーの外側を生き残る為の、補助と強化を行うのが、このグッドスティックの役割だ。


「調子はどうだ、ロイネ?」


「同期、キャリブレーションを確認。筋力、感覚フィードバック共に、問題なし……はあ、サイアクでキモイなぁ……」


「そりゃあよかった……」


 アーカイブデータでやったことのある、テレビゲームのような視点。アクティブソナー、簡易マッピング、射撃管制用の距離計、ロックオンサイト、私自身の生体情報が網膜に表記された。私自身のアバター替わりとして、三頭身のデフォルメ化された、頭にキノコを生やしたキャラクター「グッティ君」が、視界の隅で私に、ニコニコと微笑んだ。


「貝渚ロイネ」


「貝渚キコ、共に探索者として、開門を求める」


「管理者権限として、探索を許可する。気を付けて行っておいで、ロイネ、キコちゃん」


百目木どうめきの爺さんもな、俺たちが留守の間、店を頼むぜ」


「ほっほっほ、タダ酒が飲めるなら、お安い御用だよ」


「一応、お店の商品なんだから飲み干さないでよ、特に秘蔵っ子の……」


「もちろん、梅酒は残しとくよロイネちゃん、キコちゃんたちが無事に帰ったときの、祝い酒ということにしとくよ。ロイネちゃんもどうだい?」


「お・断り・しま・すっ! ちなみに、私、未成年ですから!」


 門番……このコロニーでは「辻切り」と呼ぶ役職を行う、百目木馬琴さんは、大崩壊前の時代を知っている数少ない人間であり、このサトミのコロニーの長老でもある。谷崎製パンの関係者であったという噂もあるが、三柱のコントロール権限を保有しているので、まんざらでもないだろう。


「そんじゃ、行こうかロイネ」


「うんキコ、背中は任せたからね」


「それは、俺の台詞だよ」


 門の外へ一歩踏み出し、無法と混沌まみれの下総の大地へと繰り出す。三柱の庇護から外され、私たちは企業の管理下から完全に孤立する。他のキカイと出会ったとき、企業に属しない非会員の、異物として見なされ、「退店処理」という名で、あっという間に、バラバラの肉塊にされるだろう。けれど——。


「怖いか、ロイネ?」


「怖くないよ、初めてじゃないしね……それに——」


 私は一人じゃない。これから、どんな想像を絶する、危険な事態が待ち受けようとも、私は何も怖くはなかった。だって——。


「キコがいるから、怖い訳がないでしょ」

 

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