船橋オゾンモール

貝渚ロイネ 4月――サトミにて1

 探索前夜、必ず同じような夢を見ている。


 その夢の中で、私は必ず、同じような制服を着て、同じような道を通い、同じような学友と、同じような学校へ通う、そんな夢だった。


 その夢の中では、今のようにボロボロでもなく、そこには全てのモノ、ヒトが在って、綺麗で、健全で、満たされた世だ。谷崎製パン、サイゼリ屋、オゾンモール、トトタウン、九十九重機などの企業体のシステムがまだ正常に活動していて、「ナシ」と呼ばれるペアーコンピューター製の携帯端末を駆使している人たちが、自由に外でも中でも、ネットワークを繋ぎ、広げ、発展し、ときに小さく友好的に、ときに大きく対立を繰り返している。


 その世は、光と音に満ち溢れた、豊かで満たされた世だった。


 そんな、当時ではありきたりで、他愛のない日常を送っている、大崩壊前の夢。


「またロイネ、あの夢を見ていたんだな」


「分かるの?」


 朝の五時、低血圧で朝が苦手な私を、キコに無理矢理叩き起こされ、顔を何回か洗って、やっと目が覚めたところで、昨日の晩に用意した装備を互いにダブルチェックしていた。


「笑っていたからな、あまりにも面白い笑い方だったから、録画しといたよ。テント、マット、寝袋、アルコールバーナー、クッカー、食器、三日分の食料、水」


「消してよね、キコ。ナイフ、拳銃二丁、自動小銃一丁、弾は二人合わせて、三百でいい?」


「いや、二百でいい……ロイネが銃を持っても意味ないしな。断固拒否するぜ、あの交易者のお姉さまがくれたアーカイブデータを見過ぎたんだろ? ほどほどにしろよ、あまり過去へこだわり過ぎると——」


「戻って来れなくなるでしょ? 小さい頃から耳にタコが出来るくらいに、キコから聞かされたよ。あと、銃の腕前はこれでも上達してるんだからね」


「ランタン、バッテリー、携帯端末、鑑別機、ほうほう、そうですか? 帰りの分は軽くしといたほうがいいぜ?」


「下着などの着替えに、雨具、タオル、歯ブラシセット、応急キット、メンテナンスキット、どうせ……私は、射撃音痴ですよー」


「だから、射撃音痴のロイネには……コレだな」


 キコは、冷蔵庫からパンパンに詰まった真空パックを持ってきた。


「うへえ……ソレやっぱり、かぶらなきゃ駄目なの?」


「当たり前だろ、第一、この二十キロ近い装備を背負って、最悪、キカイどもとやり合わないといけないんだからな」


 キコは、真空パックからヌルヌルした肉片のようなものを取り出した。


 そのヌルヌルの名は、「グッドスティック」。大崩壊前、谷崎製パンは文字通り、かつてこの国のパンの製造販売の殆どを賄っていた。いや、牛耳っていたと言ってもいい。スーパーから、コンビニ、学校、会社、公共交通機関、施設、自動販売機に至るまで、谷崎製パンのパンを見ない日はなかったと言われるくらいだ。


 主に、この国の主食であった米食の意識を変えるために、谷崎製パンは、総菜パンや食パンの弱点であった、短い賞味期限を延ばすため、イースト菌そのもの、バクテリア研究開発に着手し、カッコーマンなどの、バイオテクノロジー企業と提携、ハイブリッド型の強化イースト菌を発酵させた強化パンなるものを開発し続けた。


 ある、有機コンピューター開発のパーツとして、会話やコミュニケーション、ネットワーク構築能力を強化したツキヨタケに、この強化パンを合成シンセティックさせ(毒キノコでしょ)、たまたま、産まれたのが、このグッドスティックだ。


「そーっと、やってよ……そーっと」


 よくよく考えたら、この名前を付けた当時の開発者は、冗談か何かでこの、グッドスティックというふざけた名前を付けたんだろう。大崩壊後、この禍々しいキノコパンが、コロニーの外で生き残る為、必要不可欠な必需品になるとも知らずに。

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