具象
ナタデココ
具象
花弁をちぎる仕事をしている。
裁縫セットの中にあるデザインバサミを使って、掲示板で募集した人の花弁を一枚だけちぎってやるだけの仕事だ。二枚や三枚は受け付けない。
金額は指定していないというのに、仕事相手は富豪が多いのか、金はそれなりにもらえる。
タダでいい、と言っているのにも関わらず、相手は無理を言って私に金を支払おうとする。
そんなんだから、と私は思う。
だが、それはただの私情だ。
だから、私は何も言わない。
──今日の仕事相手は、公園での処置を希望した。
だから私は公園で仕事相手と待ち合わせをし、実際に仕事相手と会うと軽く会話を交わした。
そして、相手との会話通り、私はさっさとやることを終わらせて公園から去っていこうとする。
「すみません」
ちぎりとった一枚の花弁を左ポケットに入れて、デザインバサミを懐にしまおうとしていると、唐突にそう声をかけられた。
私に声をかけてきたのは警察らしき人物だ。
ついさっき公園で起こった殺人事件について、詳しいことを知りたいらしい。
「あの公園奥で倒れている人について、何か知りませんか」
まるでこちらのことを断定しているような言い方。
私はその公園奥を振り返ることもなく答える。
「ああ、知りませんね。何かあったんですか?」
「……『茎』しか、残ってないんですよ」
その言葉を聞いた私は、考えながら言ってやる。
「その方は何歳ですか?」
「二十歳です」
「ああ、自殺ですか。きっと……辛いことがあったんでしょうね。可哀想に」
まるで感情を含まない私の声を聞いて、声をかけた誰かは鋭く尋ねかけた。
「ところで、先程あなたがしまっていたハサミは何用のもので?」
「何用って……失礼なことを聞きますね」
そう前置きを置いた私はデザインバサミを取り出し素直に相手へと見せながら答えた。
「私、ドレスを作る仕事をしているんですよ。なので外にある自然でも摘み取って自然たっぷりのドレスにしようと思いましてね。……何しろ、今回の依頼人はとても『自然』が好きなお方でして」
***********************
自宅に帰った私は呆れた様子でテレビを見続けている姉に声をかける。
「帰ってきているのなら言ってくれればいいのに。ところで……依頼人のドレスはどこにやったの?」
私の言葉を聞いた姉は不機嫌そうに言う。
「洗面台の所まで下げたわ。気色悪いから」
「そんなこと言わないでよ、依頼人の方が可哀想じゃない。それに、その『気色悪い』ものを作ってる私も可哀想になるでしょう」
「はぐれ者が一体……何言ってんだか」
テレビの音量を上げながら言った姉に、私も不機嫌になって言い返してやる。
「はぐれ者なんかじゃないから。私がはぐれ者なら貴方はもっとはぐれ者になるでしょう?」
けれど、姉は嬉しそうに手をヒラヒラと振りながら嬉しそうに頷いて言う。
「ああ、私はそれでいいわ。貴方とはぐれ者の『度合い』が違うならそれだけで嬉しいから」
「もう寝てくるから」と、それだけを言い残した姉はテレビも消さずに自室に入る。
その姉の後ろ姿をしばらく眺めた私は、一言。
「テレビくらい、消してくれてもいいのに」
***********************
夜食を取った私は自室に足を踏み入れる。
自室の中心には、先程洗面台の所まで下げられていた依頼人のドレスが孤立していて。
「あと、何枚くらいだろう。……二枚くらいかな」
面白みのない白色のドレス生地。加えてその生地を覆い隠すようにして新聞が大きく広げられていた。
──姉がかけたのだろう。
乗せられている新聞をわざわざ取るのも面倒なのでそのままにしておきながら、私は昼間に手に入れた花弁を特殊な用具を用いてドレス生地に貼っていく。
そこまで珍しくはない、赤色の花弁。
特別抱く感情もなく、私はドレス生地に貼られた燃えるような赤色の花弁を見つめて呟いた。
「あと二枚必要だけれど……」
多分、一人で十分かな、と。
***********************
翌日の昼間。
今度は人気のつかない路地裏での処置を頼まれた。
今日の仕事相手は妙にまごつきながら言う。
「金は……有り金を全部やるよ。ここから右に二つズレたところに、ほら。家、あるし」
知らないよ、と思う。
誰が、仕事相手の家の場所なんて覚えているか。
だが、相手から家の合鍵を受け取りながら私は丁寧に聞き返してやった。
「金は目当てじゃないって事前に言ったでしょう」
「知ってるよ。でももう……使わないから」
やはり、富豪か。
この人も、前の人も、後の人も、あの人も。
金が有り余っているなら、募金でもすればいい。
金がいらないのなら、その辺にばらまけばいい。
なぜこうも私に渡してくるのだろう。
──そんなんだから……。
「……」
そう思いはするけれど、それは私情だからと自分をセーブして、私はさらに聞きたかったことを聞いた。
「募集内容は、きちんと読みました?」
「ん?……まあ」
「なら書いてあったでしょう。私は花弁が残り一枚でないと仕事をしないと。二枚や三枚はダメです」
バツが悪そうに顔を背ける仕事相手の手にあるのは二枚の花弁がついた花だった。
昨日の赤色の花弁とは違う──綺麗な青色の花弁。
私はため息を吐きながら言う。
「……帰ってください。合鍵もいりません」
「いや、待ってくれ!俺は知ってんだよ!」
そんな、大声も出せるのか。
少々感嘆しながら振り返れば、そこには二枚の花弁がついた自らの花を私に差し出す相手がいて。
「あんた……これがあと二枚必要なんだろ?」
「それ、どこで聞いたんですか?」
「あんたの姉から聞いたよ。少しだけ仲が良くてな」
なぜか自慢げに言う、仕事相手。
彼を目にした私は一際大きなため息を吐いて、先程と同じ言葉を言ってみせた。
「いらないですよ。二枚じゃダメなんです。それに一枚じゃないと仕事はしたくないです」
「でもあんた、言ってたろ?『一人で十分』ってよ」
「それは……貴方が姉から話を聞くと想定した上での言葉ですよ。少しは人を疑った方がいいですよ」
──そんなんだから……。
いつもはその先の言葉を心中で一人きりで呟くのだが今回は直接相手にぶつけてみることにした。
「そんなんだから……借金を背負わされるんですよ。それで勝手に裏切られたとか、馬鹿らしい」
言えることだけ言って私は場を後にしようとする。
けれど、相手は私の腕を力強く掴んで。
「もうそんなんいいから、さっさとこれ、ちぎって捨ててくれよ。必要なら手折ってくれてもいいからさ」
「だから、したくないと何度言えば……」
面倒な男だな、なんて思う。
どうして姉はこんな男と仲が良いのだろう。
──いや、面倒な者同士、お似合いか。
私がそう思っていると彼は改めて私に自分の花を突き出してきて。
「何十人もの『最後の花弁』をちぎってきたあんたなら、分かるだろ。……さっさとやってくれた方が俺もあんたも楽だって」
「だから、無理だと何度も……」
「頼むよ。もう時間がない、警察だって────」
彼がそう言いかけた、その時だった。
忽然と多くの人たちが現れたかと思えば、二人のいる裏路地を塞ぐようにして立ちはだかる。
その多くの人たちの中には──昨日、公園で私に声をかけてきた警察らしき人影もあって。
「……!」
彼らを見てびくりと肩を震わせる、仕事相手の男。
その一方で、私はスピーカーを取り出した警官たちを思い切り睨みつけると。
「……ああ。昨日の犯人でも見つかったんですか?」
少し笑いながらそう言ってやれば彼らはスピーカーで私たちを諭し始めた。
「連続殺人犯と、その共謀者に警告する! 今すぐに武器を捨てて投降を────」
『連続殺人犯』と『共謀者』。
その言葉を聞いた私は武器を捨てるとは反対に懐から武器を取り出した。
いつも仕事に使っている──デザインバサミだ。
デザインバサミを取り出した私を見て唖然としている彼に、私はキッパリと言い放つ。
「一人で十分だから、貴方は不必要よ」
そうして、私は彼から二枚の青色の花弁がついた花を受け取ると同時に──もう一輪の花を手にした。
私の花だ。
知ることすら珍しいほどに穢れた、黒色の花弁を一枚だけ残した花。
必要な花弁は二枚。
だが、人は一人で十分。
私は青色の花弁の一枚と、黒色の花弁の一枚を同時にハサミの刃に掛けて──最後の『仕事』を行う。
手元のデザインバサミを執拗に光らせて。
あのドレスを依頼した『依頼人』を思い浮かべて。
そして、いらない一言を口にする。
「テレビ、消してくれてもいいのにね」と。
***********************
男は言う。
「これが、あなたの依頼したドレスですか」
その言葉を聞いた姉はとても不機嫌そうに答える。
「まさか、気色悪い、とでも言いたいの?」
「いえ。相変わらず独特なセンスしてるなぁって。
……痛っ、叩かないでくださいよ」
青色の花弁と黒色の花弁を一枚ずつ手にしている男の背をいきなり右拳でぶん殴った女はすまし顔で言う。
「叩いてないわ。手折ったのよ」
「もっとタチ悪いですよ。……それで、なんで彼女が作ったドレスを洗面台に置いてたんですか。しかも、ご丁寧に新聞紙までかけてるし」
「気色が悪かったからよ」
相変わらずの辛辣な調子の姉を見て男は厄介そうにため息を吐くと、新聞紙をかけたまま白色のドレス生地に青色の花弁を貼る。
己の花弁を貼りながら、男は姉に尋ねた。
「言うほど気色悪いですか、これ? しかも、自分で依頼しておいて」
「気色悪いに決まってるでしょ。そのドレスに飾られている花弁は全部で47枚。それが全部『最期の花弁』なのよ。唯一、貴方のだけを除いてね」
「……あはは」
「あはは、じゃないわよ。責任取りなさいよ」
いじった言い方というよりかは、本当に責任を取れと脅してくるような言い方に男は淡々と尋ね返す。
「 別にいいですよ、もう。俺の花弁もあと一枚しか残ってませんし、貴方がやってくれるのなら」
「おあいにくだけど、私は妹みたいにわざわざ自殺志願者の花弁をちぎってやるほどの優しい心はないの」
「なら、誰の花弁ならいいんですか?」
「誰って……そうね」
姉はつきっぱなしのテレビに目を向ける。
そこには『速報、連続殺人犯捕まる!』という目を引く見出しと共に『犯人は46名の自殺志願者を殺害し、やがて自らも自決した』という紛れもない事実。
そして、ゲストによる、連続殺人犯への『賞賛』のコメントが告げられていて。
「──とりあえず、ああいうのは嫌いね」
ちょうどゲストが「人を殺すことは悪いことだけれどこの行為によって今まで苦しかった人が助かるのならば……」と言いかけたところで、姉は口を挟んだ。
そして、姉はさらに言葉を続ける。
「誰がなんと言おうと、妹は『はぐれ者』よ。どうせ生きてても死刑だったんだろうから、貴方もさっさと諦めなさい。妹のことを考えたって意味ないわよ」
「ああ、そうかもしれませんね。……できましたよ」
姉の言葉を完全に無視した男は黒色の花弁を付けずに『できた』と言ったドレスを姉に手渡す。
「……そういうセコいことをすると、そのうち家から追い出してやるわよ」
「いいじゃないですか。どうせ貴方だって『彼女』の花弁は手元に置いておくつもりだった癖に」
笑って、黒色の花弁を強く握りしめた彼は言う。
──赤、黄、緑、紫、灰、青。そんな色とりどりの『最期の花弁』があしらわれた綺麗なドレス、
姉はそのドレスを一瞥する。
一瞥した上で、不機嫌そうに舌打ちをすると。
「貴方に言われなくたって、テレビくらい消すわよ」
リモコン操作でテレビ画面を真っ暗にした姉は懐から一輪の花をとりだした。
まだ五つの花弁がついている。
燃えるような真っ赤な色をした、姉の花だ。
姉はその真っ赤な花をドレスに力強く押し付けると自らの命も同然である花弁がよれるのも気にとめず。
「ええ。──私は確かに『死然』が好きよ」
死然。
それは、しかるべくして死ぬこと。
具象 ナタデココ @toumi_yuki
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