第5話

転機は突然、やってきた。

事件から一年経った、ある日の昼下がり。

偶然耳にしてしまった話は、詩にとってこれほどにない衝撃と焦りをもたらした。


「律を、精神科の病院に送る?しかも、独り……?」


ドアの隙間から漏れ聞こえた話を、詩は口の中で転がして反芻する。


未だ回復しない律に見切りをつけて、精神科の病院に送ること。

それが明日明後日を予定していること。

そして、反抗するであろう詩には内緒で実行することを。


「あれはすっかり壊れ、役に立たなくなった」

「双子というのも神々しく てよかったんだがなぁ。片割れだけでは、やはり半減だ」

「壊れた一人と一緒にいたら、もう一人も直におかしくなる。二人ともダメになるよりはマシだろう」


その片割れが聞いているとも知らず、好き勝手に語る大人たち。


「人を……僕と律を、道具みたいに言うな」


ギリリと唇を噛み締める詩。

言ってやりたいことは散々あるが、今はそんなことを考えている場合ではない。


――このままだと、離ればなれになる!


精神科病院がどんなものかは知らない。

だが、やはりいいイメージではないし、何より律と引き離されてしまうことに、詩は危機感を覚えた。


離されたら、二度と会えなくなる――そんな予感がした。


「もう、ここにはいられない。逃げなきゃ……律と、逃げなきゃ」


直感でそう思う。だが、どうやって――


しばらく悩む詩。やがて、何かを思いついたのか、一人決心したように頷いた。









深夜、誰もが寝静まった頃。

詩は共同の洗面所で一人、鏡を見ていた。手には髪染めの道具を持っている。



「……これしか、手はないよね」


詩と何もかも一緒であることを好んだ律。

壊れたものをもう一度動かすには、衝撃を与えることが有効的な場合がある。

人で言うなら、ショック療法だ。

雪のようにふわふわの、真っ白な髪を撫でながら、詩 はちょっと勿体無いな、と思う。


出来るなら、いつまでも律と同じでありたかった。

でも、そうは言っていられない。

何事にも、犠牲はつきまとうものだ。



「……これは、賭けだ。吉と出るか、凶と出るか……」


詩が今考えている作戦が、上手くいくかは分からない 。

それでも、僅かな可能性に賭けてみようと思った。

律と共に笑って暮らせる、幸せな日々を夢に見て。



「律を救えるなら、一緒にいられるなら、僕は――俺は、鬼にでも悪魔にでもなってやる」



薄い色素の、氷のような淡い碧の瞳が静かに燃えた。


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