第5話
転機は突然、やってきた。
事件から一年経った、ある日の昼下がり。
偶然耳にしてしまった話は、詩にとってこれほどにない衝撃と焦りをもたらした。
「律を、精神科の病院に送る?しかも、独り……?」
ドアの隙間から漏れ聞こえた話を、詩は口の中で転がして反芻する。
未だ回復しない律に見切りをつけて、精神科の病院に送ること。
それが明日明後日を予定していること。
そして、反抗するであろう詩には内緒で実行することを。
「あれはすっかり壊れ、役に立たなくなった」
「双子というのも神々しく てよかったんだがなぁ。片割れだけでは、やはり半減だ」
「壊れた一人と一緒にいたら、もう一人も直におかしくなる。二人ともダメになるよりはマシだろう」
その片割れが聞いているとも知らず、好き勝手に語る大人たち。
「人を……僕と律を、道具みたいに言うな」
ギリリと唇を噛み締める詩。
言ってやりたいことは散々あるが、今はそんなことを考えている場合ではない。
――このままだと、離ればなれになる!
精神科病院がどんなものかは知らない。
だが、やはりいいイメージではないし、何より律と引き離されてしまうことに、詩は危機感を覚えた。
離されたら、二度と会えなくなる――そんな予感がした。
「もう、ここにはいられない。逃げなきゃ……律と、逃げなきゃ」
直感でそう思う。だが、どうやって――
しばらく悩む詩。やがて、何かを思いついたのか、一人決心したように頷いた。
*
深夜、誰もが寝静まった頃。
詩は共同の洗面所で一人、鏡を見ていた。手には髪染めの道具を持っている。
「……これしか、手はないよね」
詩と何もかも一緒であることを好んだ律。
壊れたものをもう一度動かすには、衝撃を与えることが有効的な場合がある。
人で言うなら、ショック療法だ。
雪のようにふわふわの、真っ白な髪を撫でながら、詩 はちょっと勿体無いな、と思う。
出来るなら、いつまでも律と同じでありたかった。
でも、そうは言っていられない。
何事にも、犠牲はつきまとうものだ。
「……これは、賭けだ。吉と出るか、凶と出るか……」
詩が今考えている作戦が、上手くいくかは分からない 。
それでも、僅かな可能性に賭けてみようと思った。
律と共に笑って暮らせる、幸せな日々を夢に見て。
「律を救えるなら、一緒にいられるなら、僕は――俺は、鬼にでも悪魔にでもなってやる」
薄い色素の、氷のような淡い碧の瞳が静かに燃えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます