第2話

鼻歌好きの詩、聖書好きの律。


教会で今までの人生を生きた彼らは、いつの間にかそう呼ばれていた。

赤子の段階で親が捨てたのか、何か理由があって預け たのかは分からない。

二人が眠っていたゆりかごの中に、『詩、律』と名前の書かれた紙が入っていたらしい。

顔も見たことのない親から贈られた、最初で最後のプレゼント。

だがそれも、一卵性双生児という生まれの前では、まるで意味を成さなかった。

よく鼻歌を歌ってるほうが『詩』、信心深くて規律を重んじるほうが『律』。

表面上そう呼ばれたが、誰も二人を見分けられない。

教会でも、学校でも、二人が入れ替わっても気づかれない。

二人は別にそれでよかった。よかったはずだった。

何もかも同じで気味が悪い と言われようが、化け物扱いされようが。


いつの時代も、双子は好奇の目に晒されるものだと、それでも二人一緒なら笑って生きていけると――



「そう、思ってたのに」


日付が変わって、すっかり寝静まった真夜中。

真っ暗な部屋の中、綺麗な月明かりをぼんやりと見上げながら、律はそう言葉を落とした。


「大丈夫? ……違うよ、 お医者さん」


昼間の医者は慰めてくれたが、現実はそんな甘くないことを律は知っている。

声変わりしなかった、奇跡のボーイソプラノの歌声を持つ双子。

元々気味悪がられ、その歌声は嫉妬されてきた。

いじめに満たない嫌がらせは何度もあったが、命の危険に晒されるような事態になったのは今回が初めてだ。


いつ、またこんな事件が起きるか分からない。

人はいつだって、目立つもの、異質なものを排除しようとする。


――どうせまたきっと、化け物扱いの日々だ。


例え詩が無事だったところで、自分たちを取り巻く環境は変わらない。

今後は好きな歌すら、綺麗な気持ちで満足に歌えないだろう。


双子に自由は、なかった。


「僕はもう、詩をこんな目にあわせたくない。僕は傷ついてもいいけど、詩には傷ついてほしくないんだよ。……ねぇ、何であの時僕を庇ったの? ねぇ、何で、何でなの……」



ぽたぽたと涙が律の頬をつたう。

あれだけ散々泣いたはずなのに、それでも涙は溢れてくる。

泣き腫らしたその顔は、すっかりやつれていた。


「もう、詩を危険な目にあわせたくない。あわせるく らいなら、僕は――」


おもむろに立ち上がった律は、傍にあった椅子に足を掛ける。



その目の前にぶら下がるのは、輪っか状に結ばれた太いロープ。



ふらふらと揺れるロープを目で追った律は、その輪っか越しに窓から見える月を見上げた。

白く輝く満月は、律の姿を静かに見つめている。


「こんなことをしたら、詩は怒るかなぁ。神様は、天国へ連れていってくれないかなぁ」


止まらない涙を手で拭う律。

潤んだ瞳を細めて、「でも」と優しく微笑んだ。


「愛する人のためだったら、許してくれるよね。だって神様は、全ての人を慈しみ守り、愛する存在なんだよね。……僕は、大切な人を守りたいんだ。自分の命に替えてでも、守りたい人がいるんだよ」


いつも詩を優しく撫でるのと同じ手で、ロープの輪っかを愛おしそうに包む。

一度は否定した、神様なる存在。

だが、例え愛されなくても、拒絶されても、律はどうしても無下には出来なかった。


愛されないならせめて、愛する者のために――


「二人一緒がダメなら。僕は……君に、命を捧げる」


律の独白に、月は答えない。

その白く頼りない律の姿を 、淡く美しく、ただ静かに照らし続ける。


律は手に持ったロープを強く握り締めると、真顔で呟いた。





「化け物なんて、呼ばせないから」

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