第1話
神聖な教会で、傷害事件が発生した。
聖歌隊の子供が刃物でその仲間を切りつけるという、前代未聞の事件。
動機は一方的な嫉妬と恨み。殺意のない犯行だったが、被害者は深い傷を負ったという。
この噂は瞬く間に教会、そして付属の学校にまで広まったが、世間に知られることはなかった。
騒ぎを起こしたくない大人によって、静かに揉み消されたからだ。
「可哀想にね」
「十三歳になっても声変わりしない、例の双子だろ?『奇跡の歌声』って大人たちにもてはやされた、あの白い双子」
「ただでさえ双子で珍しが られていたのに、あんな綺麗に歌われちゃあねぇ。目立ちすぎたんだよ。恨みの一つや二つ出てくるだろ」
「…………」
噂話をBGMにして、一人の少年がふらふらと歩く。
ふんわりとした真っ白なショートヘアに、薄い氷の如く淡い碧の瞳。その目は冬場のくぐもった硝子のように、冴えざえとしていて光がない。
好奇の目に晒され、噂話の的になっても、少年は気にしなかった。――いや、気にする余裕がなかったのかもしれない。
吸い寄せられるようにして、部屋のドアを開ける。
そこには少年と全く同じ姿をした、もう一人の少年がベッドで眠っていた。
「おや、君は馬酔木……どっちだったかな?」
「……律」
抑揚のない口調で少年―― 律が答える。
ベッドの傍で眠る少年を診ていた医師は、道具を仕舞いながら答えた。
「君のお兄さん? 弟さん? ……詩くん、だったか な。失血したショックで気を失ったんだろうね。少し時間はかかるけど、そのうち目を覚ますよ」
「もう大丈夫」と律を労る医師。
横たわる片割れ―― 詩の首の包帯を気の毒そうに見た。
「それにしても首を狙うとは、陰湿だね。一歩間違ってたら彼、死んでたよ」
「……のせいだ」
「ん?」
「僕のせいだ! 僕が、とっさに動けなかったから! だから詩は、僕を庇って ……!!」
虚ろだった目から、涙がぼろぼろ零れる。
透き通るようなその瞳は、はっきりと傷ついていた。
「知ってた。何もかも同じで気味が悪いって、そのくせ歌が上手くて、大人に贔屓されてるって……みんながそうやって僕等の悪口言ってたの、知ってた」
一言一言を区切りながら、 まるで自分の心を痛めつけるように呟く律。その頬から、止めどなく涙がつたい落ちる。
「だから、僕が一人の時に、図書室から呼んで。それで刃物で、もう歌えないように、僕の喉を潰そうと――」
「やめなさい!」
突然医師が怒鳴った。物凄い剣幕に、律はビクリと肩を震わせる。
険しい顔から一転、医師の顔は優しいものに戻った。
「やめなさい、律くん。君は何も悪くない。悪くないからどうか……どうか自分を責めないでくれ」
「……う」
一瞬止まった涙が、再び溢れだす。
ふらふらとベッドに歩みよった律は、眠る詩の上に被さるようにして崩れ落ちた。
「ごめんね、ごめんね詩… …」
目を覚まさない詩。泣き止まない律。
懺悔の時間は、日が沈むまで続いた。
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