第38話 『遺跡からの脱出』
『え……? あ……』
予想した答えと違ったのだろうか。
顔を上げたウンディーネが困惑した表情を浮かべている。
「聞こえなかったのか? 契約破棄なんて絶対にするつもりはない」
召喚術士は、魔獣を使役する。
魔獣とは、人に害をなす強力な獣や魔物のことだ。
知性の有無、戦闘力の強弱はあれど、それは変わらない。
父上の使役する炎竜だってそうだ。
さすがに一国を滅ぼすような力はないが、領土に侵攻してきた敵国の兵一万を一瞬にして焼き滅ぼしたことがある。
過去の逸話も似たようなものだ。
召喚術士とは、本来そういうものなのだ。
ウンディーネが過去、異界の王朝を滅ぼした?
上等じゃないか。
むしろ箔しか付かないだろう。
とはいえ、今それを言ってしまえば空気がぶち壊しになるのはさすがの俺でも分かっている。
『じゃが、我は』
「くどい」
『あうっ』
なおも言いつのろうとするウンディーネの頭に、俺は少し強めにぽんと手を置いた。
「召喚魔獣が強く恐ろしくて、喜ばない召喚術士がどこにいる。君は俺の自慢だ。なんなら『神域』に乗り込んで、呪いを振りまく君の本体も取り返してきてやろうか?」
『ははは……お主、さすがにそれは死んでしまうぞ……あと我は魔獣ではない、水の精霊なのじゃ……』
そう文句を言ってくるウンディーネの顔は、泣いているような、笑っているような変な表情だった。
「じゃあ、さっさとフェンリルと契約するか」
『うむ! あやつはなかなか面白いヤツじゃぞ! 現世で仲間が増えるのは嬉しいのじゃ!』
ウンディーネは元気を取り戻したようだった。
嬉しそうな表情で俺の腕を取り、フェンリルの封印されている魔石に引っ張っていこうとする。
『うんうん、早くフェンリルと契約した方がいいかもね~。そろそろこのダンジョンも崩壊するっぽいし~』
「……は?」
ドリアードの眠たげな声とともに、天井にびしっと亀裂が走った。
そういえば、このダンジョンはまだ制御の効いた、いわばまだ生きている建造物だ。
そんな安定した状態のダンジョンのコアを抜けば……やがて循環していた魔力が制御を失って暴走するのは想像に難くない。
そうなれば、急激に進行するダンジョン化で生じる混沌に飲み込まれるか、階層構造の変化に巻き込まれて生き埋めになるか……
どのみちロクなことにはならなさそうだった。
『お主っ! 上から岩が降ってくるのじゃ!』
「ぬわっ!? ――《水槌》ッ!」
ウンディーネが叫ぶ。
天井から次々と落下してくる巨大な岩塊を、ほとんど反射的に撃ち落とす。
どうやら階層構造が変化する過程で部分的に落盤が生じているらしい。
「くっ……!?」
ソーニャも蒼炎をまとわせた大剣で落下してくる岩を防いでいるが、そう長くはもたない。
「これならどうだ! ――《念動蔓》ッ!」
天井に大量のツタを這わせる。
すると、少しだけ崩壊が収まった。
だが見ている間にもブチブチとツタが切れ、その隙間から小さな岩が落下してきている。これもただの時間稼ぎにしかなりそうにない。
『ん~、暴走してるね~』
「ドリアードはのんきに見物していないでポーチに避難しておけ! 転移魔法陣は……ダメだ、コアがぬかれていて作動しない!」
広間のさらに奥にあった魔法陣はすでに、光を失っていた。
「おいカーバンクル! はやくコアを戻せ!」
『グググ……僕を逆さにして振っても無理ダ! さっきの戦いでは全力だったからナ! 僕はこう見えテ大喰らいなんダ! コアのエネルギーは完全に消費しきってしまっタ! お前も見ただろウ』
「開き直っている場合か!」
クソ、どうする?
このままじゃ、本当に全員ダンジョンの瓦礫で生き埋めだぞ。
『お主よ、今すぐフェンリルと契約するのじゃ。あやつの力は、きっと脱出に役立つはずじゃ』
「……っ、そうだな」
契約すれば、確実に俺ができることが増える。
ならば、やらない手はない。
「……っ」
フェンリルの封印された魔石に駆け寄ると歯で指を噛みきり、にじみ出た血を押し付ける。
「フェンリル! 俺と契約しろッ……!」
強引にもほどがあるが、魔石の姿で沈黙している以上こうするしかない。
だが、それは正解だったようだ。
魔石が淡い光に変化すると、徐々に狼らしき形へと変わってゆく。
それと同時に、荒々しい力が俺の中に流れ込んでくるのが分かった。
これは……!!
『……わふ』
光が形作ったのは、子犬の姿だった。
眠そうに、くあ……とあくびをしたあと、喉を後ろ足でカリカリと掻いている。どう見てもただの犬だった。
「ちょっとまて! なんだこのモフモフは! さっきと全然違うぞ!」
『うーむ、そもそも長きにわたる封印で力が弱まっていたところに、カーバンクルが魔石に封印したのがダメ押しになり、力がほとんどなくなってしまっておるようじゃのう』
「…………」
『おい待てヨ、なんだその目ハ! 僕のせいじゃなイ! すでにこの駄犬は消滅間近だったんダ!』
カーバンクルが必死に言い訳をしている。
まあ……実のところ、あまり期待していなかったのは事実だ。
というのも、フェンリルが囚われていたのは神殺し……というと大げさだが、徐々に魔力を吸い取り力を弱める魔封じの結界のようだ。
それがダンジョンコアのあった場所に接続されている。
フェンリルはこのダンジョンの動力源になっていたのだ。
数百年を経て、力が弱まっていたのは当然だった。
となれば……俺が力を使うしかないようだ。
正直、フェンリルと契約して流れ込んできた力は強力だ。
知識も、同時に頭に流れ込んできたからどう使うのかもわかっている。
だが……いや、よそう。
今は緊急時だ。やるしかない。
……ウンディーネたちはともかくとして、ソーニャにはちょっと迷惑をかけてしまうかもしれないが、あとでいくらでも謝ってやる。
「ソーニャ、悪いがしばらく目をつむっててくれ」
「……なぜ?」
「いいから!」
「む……私の貴方がそういうのなら」
ソーニャが目をつむった。
よし、これでいい。
「――《獣化》」
俺はフェンリルの力を開放する。
「ぐっ……があぁっ」
体が書き換わるような感覚。
意識と知覚が研ぎ澄まされると同時に、身体が膨張を始めた。
銀色の体毛が身体中を覆ってゆく。
お尻のあたりがムズムズするので触ってみると、尻尾が生えていた。
顔は……言うまでもないか。
そして……
『おお、お主、見違えたぞ』
『おー。わいるどだね~』
『狼人形態カ……契約してすぐフェンリルの力を使えるとカ、お前、本当に召喚術士だったんだナ』
『ガ……ガウゥ……』
幻獣たちが口々に感想を言ってくるが、返答しようにも獣の口ではうまく返答できない。まあ、今はいいか。
『ガウッ』
身体は……まるで羽のような軽さだ。
少し跳ねただけで、天井にぶつかりそうになる。
少し集中しただけで、世界の流れが遅くなるような感覚になる。
これが……フェンリルの《超知覚》か。
まあいい。ほかの検証はあとだ。
「きゃっ!?」
『わふっ』
律儀に目をぎゅっとつむったままのソーニャを抱きかかえる。
子犬姿のフェンリルも一緒だ。
『よし、脱出じゃな!』
『おい待テ! 僕を置いてゆくナ!』
ウンディーネがポーチに避難したのを確認したのを確認して、俺は広間の入口に駆け出す。
速い。
かなり魔力を消費している感覚はあるが、瞬きする間もなく広間を駆け抜け、入り口まで到達。
そのまま階段を駆け上がり、上の階層へ。
尻尾に何かがしがみついている感覚があるが、今は気にしている場合ではない。早く脱出するのが先決だ。
世界の流れが遅く感じる。
崩れゆく天井を悠々と躱しながら、俺たちはダンジョンの外へと脱出したのだった。
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