第39話 『生き汚いヤツ』

 俺たちが遺跡から脱出したのと、完全に内部が崩壊するのはほとんど同時だった。


 ゴゴゴ……と地響きが轟き、入り口が瓦礫で閉ざされていく。

 どうにか断崖から上に上がると、ようやく一息つくことができた。


「ふう、危機一髪だったな」


 すでに俺の獣化は解けている。

 だが……


「おい、ソーニャ。そんなにまじまじと見ないでくれるか。そこの二人もだ」


「……眼福。もう少しだけ」


『お主、なかなかいい身体つきをしておるのう』


『鍛えてるねー』


「いいからポーチを返してくれ! その中に着替えも入っているんだよ」


 俺は 今や下半身をわずかに覆うボロ切れだけの姿になっている。

 上半身は完全に裸だった。


 ポーチはとっさに取り外しておいたから無事だが、獣化のせいで軽鎧が破損してしまったのだ。


 ちなみにそのポーチはなぜかソーニャが持っている。

 どうやら脱出のさいのどさくさで奪われていたらしい。


「ほら、返してくれ!」


「む……残念」


 俺はソーニャからポーチを取り返すと、中から着替えを取り出し、急いで着こんだ。


 クソ!

 こうなるのが分かっていたから《獣化》を使うのはイヤだったんだよ!


『わふ』


 俺の心中を知ってか知らずか、フェンリルだった子犬が俺をじっと見ている。つぶらな瞳と愛くるしいモコモコした姿は、結界の中で寝そべっていた巨狼と同一とはとても思えない。

 というか、どうやら自我も子犬レベルに退化してるっぽいな……


 一応体の中に、フェンリルの魂があるのを感じることはできる。

 契約自体は、有効に成立している。

 だが、これではフェンリルの実体化を解いたりするのは難しそうだ。


 それもこれも、元をただせばカーバンクルがこの遺跡のダンジョンコアを盗んだのが悪い。


『おイ人間。フェンリルはもともと力を失っていたんダ。僕のせいじゃなイ』


 俺の視線を感じたのか、隅っこでおとなしくしていたカーバンクルが文句を言ってくる。


『それト、お前の尻尾にしがみついていたことは謝らないゾ。僕はフェンリルと同じ実体だからナ。あんなところデ死にたくないんダ。……幻獣が生にしがみついて、何が悪イ』


「そっちは別に悪いとは思わないぞ」


『フン、お前なんかに僕の気持ちガ分かるものカ……んん? おい待テ人間、どういウ風の吹き回しダ? 僕はお前たちを殺そうとしたんだゾ?』


 カーバンクルが怪訝な顔になる。

 なにか変なことを言っただろうか?


「俺は別に生き汚いヤツを軽蔑する気はない」


 俺はそれを一度手放そうとした。

 だからこそ、俺はウンディーネと出会うことができたし、俺の召喚魔術の本当の力に気づくことができた。それは事実だ。


 だが……だからそこ、今を生き延びるためにできる限りの手段を尽くしたヤツを、それ自体で嫌いにはなれない。


 まあ、それはそれとしてコイツがいけ好かない幻獣なのは変わりないが。


『……フン。今まで見てきた人間の中でハ、ちょっとはマシみたいだナ。お前、ちょっとだけは認めてやル』


 カーバンクルがなんだか偉そうなことを言っている。


「偉そうなことをいうのはいいが、ほかのダンジョンコアを盗んだのもお前だろう。ソーニャ、コイツをギルドに突き出したらいくらになると思う?」


「……まだ懸賞金が掛かっていないから、大した額にはならない。でも、ダンジョンコアを押収できれば別」


「だ、そうだ」


『フ……フン! さっきはちょっと油断したガ、今度はそうはいくものカ! 僕から手を離したのは早計だったナ……ぐぺっ!?』


 当たり前だが、カーバンクルをただ自由にしているわけじゃない。

 俺はこっそりこの場を離れようとしていたカーバンクルに近づくと、素早く首根っこをひっつかんだ。


「逃げられると思ったか?」


『ナ……ナンデ!? 気配も魔力モ完璧に偽装したはずダッ……!? は、離セ!!』


 再び捕まえられたカーバンクルが俺の手の中でジタバタともがいている。


 今俺たちが見ているコイツがすでに幻覚なのは分かっていた。

 手の内はバレているというのに、懲りないヤツだ。


『お主、こやつは一度きちんと分からせた方がいいと思うのじゃよ……』


『ヒィッ!? 溺死だけは勘弁してくレ!!』


「いや、別に殺しはしないぞ……』


 しかし、この白イタチの幻獣たちの間でのポジションが気になるな。

 ウンディーネいわく光の霊獣らしいが、どう考えても三下だろコイツ……


 それはさておき。


「お前には二つ選択肢がある」


 俺はカーバンクルに条件を突きつける。


「ひとつ、今からでもダンジョンコアを各ダンジョンに返して元通りにする。ふたつ、ギルドに突き出されて罰を受ける」


 カーバンクルが固唾をのんで、俺が先を続けるのを待っている。


「……俺はどちらでも構わんが、後者はオススメしない。人間姿でギルドに連れて行くと衛兵に身柄を引き渡されたあと処刑、そのままの姿でギルドに引き渡した場合は魔物として討伐処分を下されるのは間違いないだろうからな」


『……待て待て待テッ! 実質一択しかない選択肢を突きつけるナ! お前、裏社会の人間カ!? 分かったヨ! ダンジョンコアを戻せばいいんだろウ!』


 カーバンクルが観念したように、俺の手の中で項垂れた。


「どうする、ソーニャ? 俺としてはどっちでもいいが」


「……私は今、賞金首の討伐依頼は受けていない」


「なら、決まりだな」


『ホッ……』


 首の皮一枚つながった形になったカーバンクルが、安堵の息を吐いた。


「逃亡を図ったら地の果てまで追いかけるからな」


『分かってるヨ! お前、本当に裏社会の人間みたいだナ! ……ウンディーネがいるのが分かっているのニ、そんなバカな真似をするカ!』


『むう……褒められているような、けなされているような……』


 ウンディーネが複雑な顔をしている。


「じゃあ、帰るか」


「……ん」


『なんだか、どっと疲れたのじゃ……』


『わふ』


 俺たちはもと来た道を歩き出す。


 ちなみにドリアードはすでにポーチの中に入ってお休み中だった。



 ……こうして、俺の幻獣探索はひとまずの決着を見せたのだった。

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