第37話 『ウンディーネの過去』
『こっ、このおおオォォっ! 離せよ人間ンンッ!!!』
俺の手から逃れようと、イタチに似た白い小動物がジタバタともがいている。
白イタチの額には、真っ赤な宝石が埋まっている。
それが、ただの獣ではないことを示していた。
まあ、人語を話す時点で普通じゃないが……
「魔石の雨が……消えた」
我に返ったソーニャがあたりを不思議そうに見渡している。
どうやらこの白イタチを捕まえたことで、幻覚が消滅したらしい。
「ルイ君。この小さな獣は?」
「たぶんコイツがカール……カーバンクルの本体だ」
「この……可愛らしい小さな獣が? 本当に?」
ソーニャがしげしげと白イタチを眺めている。
心なしか、ちょっと目がキラキラしている。
どうやら彼女は、こういう小動物が好きらしい。
さっきまで死闘を繰り広げていた相手なんだが……まあ、さっきの魔物とコイツとイメージが繋がらないのはちょっと分かる。
『やはりお主じゃったか、しばらくぶりじゃな、カーバンクルよ』
と、そこにウンディーネが割り込んできた。
節約モードではない、いつもの水像の姿だった。
『げェッ!? その声と姿は……ウンディーネ!? な、なんで『封牢入り』のお前がなんで
『久方ぶりの邂逅が『げェッ!?』とはご挨拶じゃな? カーバンクルよ』
『おい人間! 離せ! 悪いことは言わなイ、お前らも早く逃げロ! コイツだけはやばイんだよオォ!』
『カーバンクル……』
カーバンクルは俺の手というか、ウンディーネから逃れようと、これまで以上に暴れまわる。まあ、逃がさないが。
「……ウンディーネ、君はコイツと知り合いなんだろ? なんでこんなに怖がってるんだ?」
『むう……昔ちょっとな』
なんかあったらしい。
『待テ人間! そもそもなゼお前らはウンディーネと普通に話してるんダ!? 幻獣だろうガ人間だろうガ現世にいるならバ、こいつが振りまく呪いデ肺にあっという間に水が溜まり溺死するはずだゾ!?』
何それ怖い。
歩く広域殲滅兵器かな?
だが、これまでそんな恐ろしい目にあったことはないぞ。
俺だけじゃなく、ソーニャだって街の人間だって、そうだ。
まさかコイツ、この期に及んでハッタリを……?
「お前、適当なことを言ってこの場から逃れようとしても無駄だぞ」
『待てお主よ。こやつが言っていることは本当じゃ』
そうぽつりとつぶやく彼女は、寂しそうな顔をしていた。
「ウンディーネ」
『まずはお主よ。悪気があって隠していたのではない。そこは信じてほしいのじゃ』
「まあ、君と契約したことで身体が悪くなったことはない。むしろ助かってばかりだ。気にしてないよ」
『……うむ』
頷いて見せると、ウンディーネはホッとしたような様子になる。
『そしてカーバンクルよ、お主も落ち着くがよい。我の本体はいまだ『神域』にある。この身体はただの水じゃ。呪いの力なんぞ存在せぬ』
『そ、そうなのカ?』
『うむ。じゃから、安心せい。我は今、この者と契約しておる。お主も召喚術士のことは知っておろう』
『なんだト? こいつ、本物なのカ……?』
怪訝な様子でカーバンクルが俺を見る。
「よく分からないが、俺は彼女と契約しているぞ」
『そうカ……ならば、僕の力が見破られたのモ、納得だナ……』
カーバンクルは観念したのか、俺の手の中でガックリと項垂れた。
もう、抵抗する気はなさそうだった。
「で、ウンディーネ。『神域』ってなんだ?」
彼女は幻獣界の住人だったはずだ。
そもそも『神域』とかいう異界は聞いたことがない。
『それは……』
ウンディーネが言いかけた、そのときだった。
『んあ~、それについてはボクが説明しようかな~』
「……起きてたのか」
気づくと、ドリアードが俺の隣に立っていた。
相変わらず眠そうな目をしているが、その瞳の奥には知性めいた光が宿っている。
『ボクがいつも寝ているような言い方は気になるけど~……まあいいかな~。それにディーネが話すと余計なことまであれこれ喋っちゃうからね~』
ドリアードが説明を始める。
彼女いわく、神域と幻獣界は対をなす異界らしい。
神域は現世とは違うが、似たような世界で、そこに住まう者はみな実体を持っている。
その世界の住人は精霊や霊獣など。
いずれも神性を帯びた、現世基準でいえば強力な存在だという。
そして幻獣界はこれまでウンディーネが説明したとおり、魂だけが存在する世界だが……その説明には続きがあった。
『幻獣界はね~。昔々戦争とかいろいろあって、あちこち位相がずれたり時の流れがおかしくなったり荒廃しちゃっててさ~。そんな場所だから、今は『神域』で悪さを働いた子が肉体をはく奪されて、魂を封印される場所として利用されているんだよ~』
『で、ウンディーネはね~。千年くらい前に『神域』にある王朝を一つ滅ぼしちゃったんだよね~。まあそれ自体はよくあることなんだけど~、ちょっとそれで偉~い神様を怒らせちゃったんだよね~』
「…………」
「…………」
俺とソーニャは顔を見合わせた。
いろいろと衝撃の事実が発覚して頭が追いつかない。
まあ、以前ドリアードと契約したときにウンディーネとなにやら不穏な内緒話をしていたが、そんなことになっていたとは。
というか、『神域』だと王朝を滅ぼすのってよくあることなのか……
まあ、この世もなんだかんだでいろんな王朝やら帝国やらが生まれては滅びてるから、よくあることと言えばそうなのだろうが。
『……お主よ』
考え込んでいると、ウンディーネがクイと袖を引っ張られた。
「なんだ」
『お主は、我が怖くないのか?』
ウンディーネが続ける。
俯いていて、表情が読めない。
けれども俺の袖を握る彼女の手は、ふるふると震えていた。
『本来の我は、いわば邪神のような存在じゃ。『神域』にある我の身体は、近づけば誰彼構わず呪いを振りまいてしまうゆえ厳重に封印されておる。……もしお主が契約を破棄するというのならば、我はそれに応じる用意は……あるのじゃ』
「……はあ」
俺はため息をつくしかなかった。
ドリアードが彼女に説明をさせなかったのがよく分かった。
それと、彼女が人見知りだった理由が。
呪いを振りまくのは身体の方だけだ。
でも、きっとウンディーネは魂だけでも誰かに害をなすことを恐れたのだろう。だから、人を避ける癖がついた。
本当に邪神ならば、人を傷つけることにおびえたりしない。
案外、ウンディーネが怒らせた神様というのも、彼女を幻獣界に封印したのは彼女を救うための苦肉の策だったのかもしれないな。
魂まで呪いに蝕まれ、本当の邪神になってしまわないように。
「……いろいろバカだな、君は」
俺はウンディーネの頭にぽん、と手を置いた。
彼女の身体がぴくん、と一瞬震える。
はあ……
こういうの、ガラじゃないんだけどな……
俺はあえて強い言葉で、彼女に宣言する。
「見くびるなよ、ウンディーネ。俺は召喚術士だ。君は俺が選んで、俺が契約した。俺は俺が死ぬそのときまで、契約を破棄するつもりなんてないからな。覚悟しておけよ」
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