第36話 『カールの正体』
『お前ラ、よくも僕の邪魔をしやがっテ……皆殺しダ!』
馬よりも巨大な白いイタチの魔物が咆哮する。
同時に、その身の周りに無数の赤い宝石が出現した。
大きさは小指の先ほど。
数えるのがバカらしくなるほどの量だ。
だがそのひとつひとつに濃密な魔力を感じる。
あれは……魔石!?
マズい。
嫌な予感が首の後ろをチリチリと焦がす。
「――《水壁》ッ!」
とっさに水の障壁を展開。
すばやく俺とソーニャを覆う。
魔力を消耗するが、相手の攻撃力が不明な以上、厚みはさっきの倍以上、念には念を入れて、間隔をあけた三層構造にする。
さすがにこれでしのげるはず……!
だが、魔物は気にした様子もない。
『そんなもの、効くカ! 喰らエッ!! ――《宝石雨》ッ!』
魔物の咆哮とともに、魔石が豪雨のように勢いで俺たちに殺到する。
もともと距離を離していたせいか、極度の集中のせいか、迫りくる魔石の豪雨は濃密だが速度は遅い。
日ごろからソーニャの振るう剣を見ていた俺からすれば、ハエが止まるような速度だ。
だがこっちは三重の、分厚い水の障壁を展開している。
あの程度の勢いでは、最初の障壁すら突破できないだろう。
回避するまでもない。そう考えた。
……それは間違いだった。
「ウソだろっ!?」
向かってきた魔石が最初の障壁をするりと通り抜けたのだ。
水の表面は揺るぎすらしていない。
「ソーニャ!」
「……っ!」
とっさにソーニャを押し倒すように床に転がったのと、水壁をすり抜けた無数の魔石が頭上を通り過ぎるのは、ほとんど同時だった。
――ギュギュギュギュギュギュンッ!
奇妙な音が俺たちの背後から聞こえる。
振り返ると、広間の壁面の無数の孔が空いていた。
一つの大きさはばらつきがあるが、だいたい手のひらほど。
まるでそこだけ削り取られたかのように、ぽっかりと空いていた。
あんなハエの止まりそうな速度であのサイズの小石をぶつけたって、当然あんな風にはならない。
「おいおい、あれを喰らったら、シャレにならねーぞ……!」
「間違いなく死ぬ」
ソーニャと抱き合いながら、顔を見合わせる。
さすがにこの状況ではいつもの調子は出てこないらしいらしく、息がかかるような至近距離にも関わらず彼女の顔は白いままだ。
まさかアレを喰らって即死するとまでは思えないが、喰らえば致命傷は免れない。それに傷が治らなくなる呪いを付与される可能性だってゼロじゃない。
宝石の効果が判明するまでは、かすることすら危険だ。
『ハハハハハハハーーッ! ようやく僕の怖さガ分かったみたいだナ! じゃあ、死ぬまデ逃げ惑エ! ――《宝石雨》!』
哄笑を上げながら、魔物がふたたび大量の魔石を出現させる。
今度は空間を埋め尽くすほどの量だ。
おいおい……
あれはさすがに逃げ場がないぞ!?
「ソーニャ、いったん退避だ! 広間から出る!」
「了解」
俺とソーニャは同時に跳ね起き、広間の入り口めがけて全力で駆けだす。
『甘い甘い甘い甘いいイィッ! この僕ガ! お前たちヲ! 逃すわけがないだろウ! 死ねヨォ!』
「……クソ、マジかよ」
駆け出した目の前に、突如濃密な魔石の壁が出現する。
それだけじゃない。
気づけば、完全に俺たちを包囲するように魔石が虚空を漂っていた。
いつの間に? とか、射程距離は? とか、様々な疑問符が頭に浮かんでは消えるが、結論は一つだけだ。
これは……逃れられない。
「万事休す……かも」
「………だな」
水壁が無効な今、さすがにこの量ではどうあがいても躱しようがない。
水槍か何かで無理やり床に穴でも穿って逃れればこの攻撃から逃れることはできるかもしれないが、続けざまの第二波でジエンドだ。
『お主、お主よ』
そのときだった。
ポーチからウンディーネが顔を出して俺を呼んでいる。
「なんだウンディーネ! 今忙しいんだ、用事は後にしてくれ! 俺が死んだら、君も終了だぞ!」
『いいから聞くのじゃ、お主よ! あやつの正体……我は知っておるのじゃ』
「なんだと?」
『最初は巨大すぎて気づかなんだが……あやつも我らと同じ幻獣じゃ』
「幻獣? それがどうしたってんだ」
それ自体は重要な情報だが、今欲しい情報じゃない。
今欲しいのは、攻撃をどうにかして回避する手段だ。
『お主よ、焦るでない。あやつの名はカーバンクル。『光の霊獣』じゃ。たしかに様々な宝石を生み出したりできるのじゃが……本質はそこではない』
「もったいぶらずに、結論を言ってくれ。時間がない」
『そう急くでない、我が主よ。あの攻撃で、お主らが死ぬことは絶対にありえぬ』
「……なんだと?」
『なに、簡単な話じゃ。あやつの攻撃はすべて光の屈折を利用しておる。じゃが、それだけじゃ。要するに『ハッタリ』じゃ。お主らが今見ておる宝石の
「……っ、――《水見》ッ!」
ウンディーネの言うとおりだった。
宝石が見える場所には何もなかった。
厳密にはごく微量の魔力が見えなくもないが、おそらくあれは、自分で位置関係を認識するための目印なのだろう。
まかり間違っても、床や壁を穿つような強力な力じゃない。
ネタが割れてしまえば、もう恐れる必要はなかった。
「ルイ君……?」
いきなりその場で力を抜いた俺に、ソーニャが慌てて駆け寄る。
「あれは幻覚だ。俺たちは死なない」
「……」
ソーニャが半信半疑で周囲を見渡す。
だ、すぐに俺の目を見て頷いた。
「ルイ君がそう言うならば……私はそれを信じる」
『ハーハッハッハッハ! そんなところで立ち止まるなんテ、観念でもしたのカ? じゃあさっさと終わらせてやル。死ねヨ!』
魔物――カーバンクルが吠えた。
それを合図に、空間を埋め尽くさんばかりの魔石が俺たちの包囲を狭めるように降り始める。
その様子は、さながら魔石の豪雨だ。
――ギュギュギュギュギュギュギュッ!!
床に魔石に衝突して穴を穿つ音が、徐々に俺たちに近づいてくる。
カーバンクルは俺たちを嬲るように、じわじわと包囲を狭めながら魔石の雨を降らせている。
いい趣味をしてやがるな、このイタチ野郎は。
『ほらほらどうしタァッ! 怖がれヨ! 泣いて命乞いをしてみろヨ! お前ら二人とモ、僕の《宝石雨》に穴だらけにされて死ぬんだヨッ!』
勝ち誇ったようなカーバンクルの笑い声が宝石の雨の外側から聞こえてくる。
「……っ!」
「焦るな。大丈夫だ」
ぎゅっと目を閉じ俺にしがみついてくるソーニャを、強く抱きしめる。
魔石の豪雨がついに足元まで穿ち始めた。
だが俺は、背後から……
「そこだ」
《水見》で感じた殺気に向かって、素早く腕を突き出す。
モフっとした奇妙な感触があり、俺は『それ』を鷲掴みにする。
『ぶぎゅっ!?』
「……なんだコイツ」
『げっ、げええぇェ!? な、なんデ? なんデ分かっタ!? うまく隠れたと思ったのにィ……ッッ!?』
見れば、俺の手から必死で逃れようと、白いイタチに似た小動物がジタバタと必死にもがいている。
宝石の雨は、すっかり消え失せていた。
◇ ◇ ◇ ◇
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